『もしもし』
『明石さん、看護婦の高嶋です。直ぐに病院に戻って下さい』
『何かあったんですか?』
『五十嵐さんが、果物ナイフで手首を切ったんです』
『ぶっ、無事なんですか?』
『命に別状はありません。今、診察室で応急処置をしてます』
『直ぐ戻ります』
電話を切ったあと、ショックで動けなかった。手首を切って自殺をしようとするほど苦しんでいたなんて――1人になる機会をうかがっていたのに気付けなかった。まさか、そこまで思い詰めていたなんて想像も出来なかった。
「うぅぅぅぅぅ――――くっそおぉぉぉぉぉ――」
涙が溢れてきた。マナの心を理解していなかった自分と、マナを1人にしてしまった自分の愚かさが本当に情けなくて涙が止まらなかった。
それから病院に戻ったのは電話があってから30分が経とうとする頃だった。
「マナ――」
マナは個室に移されていた。病室に入ると、看護婦さんが見守る中、マナは眠っていた。精神安定剤を飲んで眠らされていたようだ。それからマナは6時間近く眠り続けていた。いつの間にかに俺も隣で眠ってしまっていた。
「圭ちゃん――」
「マナ?」
マナに呼ばれたようなような気がして起きた。
「圭――ちゃん――」
「まっ、マナ目が覚めたのか?」
時刻は既に夜中の3時だった。
「どうして私生きてるの? 何で死んでないの?」
マナはベッドに横になりながら俺を見てそう言った。
「死なせない――絶対に死なせないからな!」
「荻野さんは私のせいで死んじゃったんだよ!」
「マナのせいじゃない!」「私のせいだよ!」「違う! マナのせいじゃない!」
「わたっ――」
「違う! 違うって!」
俺はマナを抱きしめた。マナの悲しみを全て受け止め、取り除いてあげたかった。
「黙って聞いてくれ。荻野さんはマナを愛してた。本当に愛してたから自分の命と引き換えにマナを救ったんだ。だからそれを絶対に無駄にしちゃダメだ。マナの命はマナだけのものじゃない。マナと荻野さん2人分の命なんだよ。だからこれからどんなにツラいことや苦しいこと、悲しいことがあっても生きていかなきゃならないんだ。もし悲しくて寂しくて胸が張り裂けそうに苦しい時は俺も一緒に苦しんでやる。一緒に泣いてやる。今度はこの俺の命でマナを救ってやる。だからもう死のうとなんてするな!」
「圭ちゃん――」
俺はそれからもずっとマナの近くで見守り続けた。あとはマナの強さを信じるしかなかった。でもマナにとってはそんな簡単な問題ではなく、それからも何度かリストカットをした。だからマナの手首には今でも数ヶ所に渡って傷が残っている。その傷はマナの消え去ることの出来ない心の傷に他ならない。
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