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テラーノベルの小説コンテスト 第3回テノコン 2024年7月1日〜9月30日まで
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エルンたちは、イーリスでは相手にならないと内心で思っていた。もちろんヒルデガルドでは勝てるはずもないが、その弟子ならば? ただの冒険者あがりで、これまで大賢者の傍にいたとはいえ、一介の冒険者が急に強くなれるわけがない。そんなふうに捉えて、しかし加減は一切せずに勝利を掴み取りに行った。


それがヒルデガルドに対する自分たちの答えになると思ったからだ。彼女が一人で出来ないことも、自分たちはパーティとして協力しあえば、本来の実力以上の成果を挙げられる。それくらいのチームワークがあると信じていた。


だが、現実は。勝利の女神は。彼らに微笑んだりはしない。


「……クオリア、どうなってる?」


剣を構え、地に膝をついて、エルンは息を切らしている。それはクオリアも同じだ。魔力をほとんど吐き尽くし、次に撃てる魔法の威力などたかが知れている。得意だった雷撃系の素早い攻撃でサポートに回ったが、対してイーリスは汗ひとつ掻いていない。かすり傷さえつけられないで、二人はただ唖然とする。


「わかりません。なぜ、こうまで届かないのか……」


イーリス・ローゼンフェルトはただの魔導師だ。いや、魔導師|だった《・・・》が正しい。彼女自身も驚いていたが、勝てるのは当然のことだった。ヒルデガルドだけが、その理由を明確に理解している。なにしろ既に、多少の加減はあれど、やや厳しく迫ったデミゴッドとの戦いを経験しているのだから。


「もういいだろう、イーリス。彼らにこれ以上は何もできまい」


「あ……うん。でも、こんなに簡単に勝てるなんて」


「それだけ君が強くなった証拠だ。イルネスも楽しみだろうな」


ヒルデガルドは満足して彼女の頭を優しくぽんと撫でる。


「私の弟子は勝てそうな相手に見えたか? 君たちの潜ってきた修羅場というのは、ずいぶん知れたもののようだ。相手の実力も見極められないのに、どうやって飛空艇が落ちるのを阻止できたのか、今ここで、説明してみたまえ」


彼らは口をつぐむしかなかった。大賢者と、彼女が連れる優秀な弟子。その二人がかりで──そのうえ現場にはアーネストまでがいて──大多数の犠牲が出ているのだ。彼女たちの代わりに自分たちがいたところで何が出来た? と振り返った。


「所詮、私も含めて、誰もが思い通りになどできはしない。それが現実だ。簡単なことじゃないんだよ、一人の命を救うことでさえままならないんだ。自信と驕りは違うことを肝に銘じておけ。戦った者たちに敬意を払うこと忘れるな」


彼女は言うべきことを言い終えたら、アディクに手を振った。


「すまない、今日のところはこれくらいで勘弁してくれ。大事な話は、明日、直接ギルドへ行って話そう。……それから、今日のことは他言無用でよろしく頼む。目立つのはあまり好きじゃないんだ、わかってもらえたら助かるよ」


イーリスを抱き寄せ、竜翡翠の杖を手に、石突で地面を叩く。アディクが呼び止めるのも聞かないまま、ヒルデガルドは転移魔法で、あっという間に自宅の前に帰ってくる。もう十分すぎるほど疲れた、と首を傾けてぽきっと鳴らした。


「ヒルデガルド、さっきクオリアさんが転移魔法と言ってたけど……」


「ああ。使わない方がいいぞ。ポータルより安全性に欠けている」


ポータルと違い、大量に魔力を消費するうえ、転移に失敗すれば待っているのは消滅だ。どこへ行ってしまうかも分からず、的確に扱えるのはヒルデガルドだけで、勝手に文献を漁って実験した者が死亡した例もある危険な魔法だった。


「さ、とにかく中に入ろう。もう今日は疲れた」


「そうだね。でも、本当に帰ってきて良かったの?」


「誰も、わざわざ余計なことは言わないさ」


アディクはよく弁えた人物だ、とヒルデガルドは一定の信頼を寄せている。エルンやクオリアにしても、気に入らない言動は多々あったが、ヒルデガルドについてあれこれと言いふらすほどの馬鹿ではない。


彼女は大きなあくびをして、さっさと家の中へ入った。


「なら問題ないかな? ボクはとりあえずシャワーを浴びるよ」


「ゆっくり入ってこい。私は軽く二ヶ月先までの予定でも立てておく」


イーリスといったんわかれて、自室へ戻る。目の前に整えられたベッドは、今にも飛び込みたくなるほどの誘惑があったが、彼女は頬を軽くぺちぺち叩いて、窓際に置いていた机に向かう。ランプを点け、とりあえず突っ伏す。


「……なんでこうも気楽に過ごせないのか」


緩々と過ごすはずだったヒルデガルドの日常は急流の勢いだ。これがまだ二ヶ月も続くのかと思うと、辟易した。


『その願い、叶えてあげようかぁ?』


不意に聞こえた、薄笑いを浮かべていそうな男の声に顔をあげ、立ち上がって即座に杖を手に持った。──だが、遅かった。疲れによる影響か、ほんの僅かな油断に、やや大きな手がヒルデガルドの顔を鷲掴みにする。


指の隙間から見えるのは、身体の細いやせぎすの男。黒い布を身に纏い、片手には小さな鎌を握っている不気味な姿。


『こんなにも立派できれいな魂を持つ人間がいるとはなあ。だが、せっかく捕まえたのに、殺そうとすれば良くて相討ちか。おまえ、本当に人間かぁ?』


黄ばんだ歯をかたかた鳴らして笑う男の足下に黒い渦が広がり、身体がゆっくり沈んでいく。彼は決してヒルデガルドを離そうとはしなかった。


「いったいどうやって気付かれずに……!」


『フヒッ、それはあとで教えてやるさね』


抵抗しようとするが、相手に殺意がない。ヒルデガルドは、まんがいちにも争って無防備なイーリスに被害が出てはならない、と奇妙な魔物らしき男に連れられるまま、黒い渦に呑み込まれ──どこかへ消えていった。

大賢者ヒルデガルドの気侭な革命譚

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