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#にょたスト
238
#溺愛
オレンジ
53
午後の陽光が、柔らかく斜めに差し込む武装探偵社のオフィス。いつもなら国木田の説教する声や、敦の慌ただしい足音、谷崎兄妹の賑やかなやり取りで満ちている室内は、今や嘘のように静まり返っていた。
社にいる全員が、それぞれの依頼や買い出し、打ち合わせなどで一斉に席を外しているからだ。
静寂が支配する部屋の中で、太宰治は事務所の中央に置かれた大きな長ソファに身を沈め、ぼんやりと天井を仰いでいた。ゆったりとしたチュニックの裾から伸びる柔らかな脚を少し崩し、頬をソファの肘掛けに預ける。
「……静かすぎるのも、なんだか調子が狂うなぁ……………」
ぽつりと呟いた声は、静けさの中に溶けて消えた。女性特有の少し高めで掠れた甘い声は、誰に聞かせるでもなく空気の輪郭を揺らす。
そんな静寂を破るように、パタパタという不仕付けな靴音が聞こえてきた。探偵社でこれほど足音を隠そうとしない人物は一人しかいない。
「だざいー」
執務室の奥から現れたのは、茶色のハンチング帽を少しあみだに被った江戸川乱歩だった。腕には色とりどりの駄菓子の袋を抱えている。
太宰が視線だけを向けると、乱歩は迷いのない足取りでソファへと歩み寄ってきた。そして何の前触れもなく、太宰の膝の上にぽんと自分の頭を乗せて横たわったのだ。
「ちょっと、乱歩さん……?」
「膝枕してー」
当然の権利とばかりに言い放つと、乱歩はポケットから棒付きキャンディを取り出し、慣れた手つきで袋を破った。イチゴ味の甘い香りが、一瞬で二人の間の空気を満たす。
乱歩は太宰の太ももに頭を預け、居心地が良い場所を探すように少し頭をゴロゴロと動かした。太宰の履いている柔らかいスカートの生地越しに、乱歩の頭の重みと温もりがダイレクトに伝わってくる。
「まったく……いつもいつも、人がぼーっとしてるとすぐこれなんですから」
文句を言いながらも、太宰は乱歩を退かそうとはしなかった。慣れた手つきで乱歩のボサボサとした黒髪に指を差し入れ、優しく撫でてやる。乱歩は満足そうに目を細め、音を立てて棒付きキャンディを舐めた。
「だって太宰の膝、柔らかくて気持ちいいんだもん。社内に誰もいないし、僕の自由時間でしょ」
「私の膝はクッションじゃありませんよ。それに、駄菓子を食べながら膝枕だなんて、まるで大きなお子様ですね」
「大物って言いなよ。ほら太宰、あっちの机の上にある限定の金平糖取ってー」
乱歩は膝の上から動こうともせず、横着に小さな指で遠くのデスクを指さした。太宰は呆れたように小さく溜息をつく。
「はいはい、これですか?」
太宰はソファから身を少し乗り出し、テーブルの上に置かれていた瓶から色鮮やかな金平糖を数粒手に取った。乱歩の口元へ差し出すと、乱歩はキャンディを頬の片側に寄せ、あーんと口を開ける。
太宰がその口の中に金平糖をぽんと放り込んでやると、乱歩はポリポリと音を立てて噛み砕いた。
「ん、美味しい。太宰が食べさせてくれると余計に美味いね」
「調子のいいことばかり言って……。自分で食べられるでしょうに」
「やーだね。今日は太宰に甘える日って決めてるんだから」
乱歩はそう言うと、太宰の腰のあたりに腕を回し、ギュッと抱きついてきた。急に強まった体温に、太宰の心臓が不意に小さな跳ねを見せる。
(……不思議な人)
太宰は、自分の膝の上で気持ち良さそうに目を閉じている乱歩の顔を見下ろした。
江戸川乱歩という男は、恐るべき頭脳を持つ世界最高峰の名探偵だ。この男の目にかかれば、世のあらゆる真実、人の隠したがる醜悪な本性や秘密など、一瞬で暴かれてしまう。
それなのに、なぜこんな子供のような甘え方をしてくるのだろう。
太宰は己の過去を思わずにはいられない。自分は港カジノや闇社会の泥をたっぷりと吸い上げてきた人間だ。体にも心にも、消えることのない傷と暗い影を抱えている。女性としての柔らかさをどれだけ装おうと、内側に潜む冷徹な闇は消えないはずだった。
それなのに乱歩は、そんな太宰の過去も闇も、すべて知った上でこうして膝の上に頭を乗せてくる。あたかも太宰が、世界で一番安全で、心地よい場所であるかのように。
(乱歩さんは……なんで私に、こんなことをしたがるんだろう……?)
彼のことだ。太宰が自分に対して抱いている小さな戸惑いや、自己評価の低さすら見抜いているのかもしれない。だとしたら、これは名探偵なりの慰めなのだろうか。それとも単なる気まぐれなのだろうか。
「太宰ー、顔が難しいことになってるよ」
不意に声をかけられ、太宰はハッと我に返った。
見下ろすと、いつの間にか乱歩が目を開けており、そのグリーンの鋭い瞳がまっすぐに太宰を見つめていた。いつもの細い無邪気な瞳ではなく、すべてを見透かす名探偵のそれだ。
乱歩は口から棒付きキャンディを抜くと、その濡れた先端で太宰の下唇をちょんと突いた。
「あ……ちょっと、乱歩さん、冷たいし甘いです」
「ふーん。太宰さ、またバカなこと考えてたでしょ」
乱歩はキャンディを傍らのテーブルに置くと、膝の上でくるりと身を翻し、太宰の体を押しつぶすような体勢になった。太宰の腰を挟むように両手を突き、上から覗き込む形になる。
「な、なんですか急に……」
「僕がなんで太宰に膝枕させたり、甘えたりするか分かんないって顔してた」
ずばりと当てられ、太宰は息を呑んだ。分かってはいたものの、こうも完璧に心の内を読まれると、いくら太宰でも頬が熱くなるのを抑えられない。
「……別に、そんなこと思っていませんよ」
「嘘つけ。超推理を使うまでもなく、太宰の顔に『私は暗い過去のある女だから乱歩さんの意図が分かりません』って書いてあるよ」
乱歩は不満そうに眉をひそめると、太宰の柔らかい頬を両手でむにっと引っ張った。
「いたたた……乱歩さん、やめてください」
「やめない。太宰は頭が良い癖に、自分のことになると途端に頭が悪くなるんだから。本当、名探偵として呆れちゃうね」
「……じゃあ、教えてくれればいいでしょう。名探偵様のご意向ってやつを」
太宰が少し拗ねたように瞳を逸らすと、乱歩は満足そうにふっと微笑んだ。そして、太宰の顎にそっと指をかけ、自分の方へと向き直らせる。
顔と顔の距離が、息が触れ合うほどに近くなる。乱歩の瞳には、太宰の少し赤くなった顔がはっきりと映っていた。
「理由は簡単だよ。太宰が僕のものだからに決まってるでしょ」
「……は?」
思いがけない言葉に、太宰は間抜けた声を漏らした。
乱歩はそのまま身を乗り出し、太宰の唇に自分の唇を重ねた。
「ん……っ」
甘い、イチゴの味が口内に広がる。乱歩の唇は少し熱く、強引に太宰の唇を割り開いて、キャンディの甘い味を擦り付けるように深く重なってくる。
太宰の細い手首を捉え、ソファの背もたれに押しつける乱歩の力は、普段の横着な姿からは想像もつかないほど男らしく、力強かった。
「んふ……ん、っ……乱歩、さん……」
何度も角度を変えて重ねられる熱い口づけに、太宰の頭の中は次第に白く染まっていく。いつもなら言葉巧みに相手を翻弄するはずの太宰治が、今や乱歩の腕の中で翻弄され、ただ息を荒くすることしかできない。
しばらくして、唇が離れる。銀の糸が小さく引きちぎれ、太宰の唇はツヤツヤと赤く濡れていた。
太宰はハァハァと乱い息をつきながら、潤んだ瞳で乱歩を見上げた。
「……乱歩さん、ズルいです……急にそんな……」
「ズルくなんかないよ。僕はいつだって本気なんだから」
乱歩は太宰の耳元に顔を寄せ、低い声で囁いた。
「膝枕してほしいのも、お菓子を食べさせてほしいのも、全部太宰に触れたいからだし、太宰の時間を僕だけで占領したいから。そんなの超推理使うまでもない、ただの男の欲望だよ。分かった?」
いつも「大人」「子供」という境界線を曖昧に漂っている乱歩が、はっきりと「男」の顔をして自分を見つめている。その事実に、太宰の胸の奥がキュッと締め付けられるように熱くなった。
自分の中にある暗闇も、複雑な思考も、乱歩の前では何の防壁にもならない。彼はただまっすぐに太宰という女性を求め、愛し、自分のものだと主張してくる。
「……まったく、大層なおねだりですね」
太宰は顔の火照りを隠すように、乱歩の首に自ら手を回した。
「そんなに私を占領したいなら……もっとちゃんと言ってくれないと、分かりませんよ」
「へえ、太宰の癖に可愛らしいこと言うじゃない」
乱歩は嬉しそうに目を細めると、再び太宰の唇を奪った。今度は先ほどよりも優しく、慈しむような深い キス だった。太宰も素直にそれを受け入れ、乱歩の背中に回した手に少し力を込める。
静かな事務所の中に、二人の甘い衣擦れの音と、小さな水音が響く。
「……あ、そうだ」
不意に乱歩が唇を離し、太宰の顔を見下ろした。
「なに、ですか……?」
呼吸を整えながら太宰が尋ねると、乱歩はニカッと無邪気な笑顔を浮かべた。
「イチゴのキャンディ、太宰にあげるから、ちゃんと味わってね」
「……もう、わかりましたよ……………」
太宰が照れ隠しに乱歩の胸をぽんと叩くと、乱歩は声を上げて笑い、再び太宰の膝の上に頭を乗せて横になった。今度は太宰の腰をしっかりと抱きしめたままだ。
「あー、満足満足。じゃあ社長たちが戻ってくるまで、このままね」
「まったく……ホントに勝手なんですから」
文句を言いながらも、太宰の口の中には、乱歩から分け与えられた甘いイチゴの味をしっかりと感じていた。太宰は優しく微笑みながら、乱歩のサラサラとした髪に指を通し、再びゆっくりと撫で始めた。
窓の外では、夏の柔らかい風が吹き抜け、誰もいない探偵社のオフィスには、二人だけの甘く温かい時間がどこまでも穏やかに流れていくのだった。
なんか変な感じになっちゃった
コメント
9件
愛重めな乱歩さん最高すぎる 需要ありまくりです 太宰さん♀も、考えてることバレて恥ずかしくなってる姿カァイイすぎ!!
rrrrr乱歩さぁぁぁぁん!?ん!?独占欲つよつよなのですね。甘々展開……!表現できるのが凄いっ……!
わああああ読んだ読んだ!!😭💕💕 乱歩さんの膝枕からの甘えん坊ムーブ、もう尊すぎて心臓持たないんですけど!!太宰さんの「私の膝はクッションじゃない」って言いながら結局撫でちゃうのが女の子太宰すぎて最高〜〜〜!! 最後の「僕のものだから」発言からのイチゴキャンディキスは反則でしょ…!!あの甘ったるい空気感、二人だけの秘密の時間って感じがエモすぎてずっと浸ってたい…!😇💕