コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「宗親さんっ! これ目立ち過ぎて会社でめちゃくちゃ気にされまくっちゃうんですけどっ」
社内では、今のところ社長や上役といった、ごくごく一部の人間を除いて宗親さんと私の関係は内緒と言うことになっている。
それなのに宗親さんが、私に出来上がったばかりの〝婚約指輪〟を社内でも付けることを義務付けているものだから目立って仕方がないの。
左手薬指に鎮座ましましたキラッキラの大きなダイヤ付きリングを、まるで拳をくり出すようにして宗親さんの眼前に突き出したら、「キミに悪い虫が寄り付かないように付けさせてるものなんですから目立つのは当たり前です。逆に目立ってもらわないと意味がない」とか正気ですか!?
そもそも私のことを絶対に愛してくれないって分かってる、一番〝性質の悪い虫〟が目の前にいる気がするのは気のせいですかね?
仕事中、基本的には私、ずっと宗親さんのそばにいるからか、みんなやり手の彼を恐れてちらちらと私の左手薬指に視線を投げかける程度で何も言っては来ないのだけど。
***
今日はお昼前、たまたま宗親さんから少し離れて九階の資料室に必要な書類を探しに行ったら、偶然顔見知りに出会ってしまったからたまらない。
「あっ、柴田さんじゃん」
同じフロアにあるリラクゼーションルームから出てきたばかりと思しき同期の足利玄武くんに呼び止められてしまった。
「あ、足利くん!と――えーっと……」
作業服姿の足利くんと一緒にいるスーツ姿の彼は、確か同じく同期の――。
名前が思い出せなくて、胸元の名札を見てやろうとぐっと眉間にしわを寄せて目を眇めたら、その人からめちゃくちゃ不機嫌な顔で睨みつけられてしまった。
やだっ、怖いっ!
そもそも私、元々同年代の男性が苦手なのに、そんな冷たい目で見下ろされたら物凄ぉーく萎縮してしまうんですがっ!
思わずキュッと縮こまった私に、足利くんが「ほら~。北条が怖い顔すっから柴田さんおびえちゃったじゃん」と間に入ってくれる。
そうだ。
思い出した!
足利くんが名前を呼んだのを聞いて「あ」と思ったんだから厳密には思い出したわけじゃないけど、この人は確か――。
「経理課の北条湊人だ。たった四人こっきりの同期の名前ぐらい覚えとけ、管工事課の柴田春凪」
そうそう。
このめちゃくちゃ偉そうな物言い。
眼鏡の奥から鋭い眼光で品定めでもするみたいに私を睨め付けてくるのも、いかにも値踏みしてるみたいで〝経理課〟っぽい。(あ、経理のかた、すみません! あくまでも北条くんは、の話です)
入社式のときにも一番近付きがたいオーラが出ていて、関わり合いになるのはよそうと思ったのを思い出す。
もう一人いた子犬みたいに人懐っこい印象の男性は、確か営業にまわされたはず。名前はやっぱり覚えていないんだけどっ。
「だぁ~かぁ~らぁ~。そんなに親しくなってもねぇのにいきなり呼び捨ては良くないぞ、北条」
足利くんがすぐにフォローを入れてくれたけれど「だったらお前も俺のことは北条さんと呼べ」と即座に切り返すとか、言われた張本人は一向に意に介した様子はない。
私はふたりのやり取りに圧倒されて、思わず二歩・三歩と後ずさってしまっていた。
あーん、やっぱり同年代の男の子、怖い!
「あ、ごめんね。柴田さん。俺ら結構つるんでっからいつもこんなんよ。引かんで?」
その気配を目ざとく察知すると、足利くんがズイッと距離を削ってきて。
私はあっという間に壁際に追い詰められる。
「書類重そうじゃん? 持とうか?」
言われて足利くんに手を差し出されたけれど、私はふるふると首を振って辞退申し上げた。
「上司に頼まれてる大切な書類ですので」
人様の手に渡すわけには――。
実際は別に大した書類ではないんだけど、宗親さんから頼まれたのは私だと思うと、何となく意地を張りたくなった。
「そっか、了解」
全然気分を害した感じもなくそう言ってくれる足利くんにホッとしたのも束の間。
「――結婚すんの?」
今まで黙って私と足利くんのやり取りを眺めていた北条くんが、いきなり口を開いてドキッとしてしまった。
しかも内容がそれ。
手がフリーのときはなるべく身体の影になるようにして隠していた指輪なのに、今はたまたま両手で書類を持っていて隠し損ねてしまっていた。
それを、北条くんに見咎められたらしい。
「あ、あのっ、えっと……その、こ、婚約をしたと申しますか……何というか」
実際には入籍まで済ませているのに今更「婚約しました」というのは何だかはばかられて。
でも指にはまっているのが〝婚約指輪〟な以上、そう伝えるのが一番しっくりくるし説明が面倒くさくない、よ、ね?とも思ってしまう。
「婚約!? ――って……え!? ちょ、嘘だろ? この前恋人いないって……。あー、婚約者はいるけどってやつだったか。はぁー、マジかぁー。地味にショックだわぁー」
私の言葉を額面通りに受け取って驚いてくれる素直な足利くんに対して、――北条くん!
「何というかって何だ? したのか、してないのかはっきりしてくれないか? 曖昧な物言いをされるのはすごくイライラするんだが」
えええ!? そこ突っ込んできます?
やっぱり私、北条くん苦手です!
「なっ、何でそんなこと気にするんですか……? 北条くんには関係ないですよね?」
百歩譲って興味本位だとして、そんなの要らないお世話だよ?