テラーノベル
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ほいっぷ🍰☕️
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珍しく一杯食わされた挙句、九割被害者🏺の話
CPなし
昼の終わり、夕方になるかならないかという時間だった。ロスサントスの街が朱く染まりかけている。
「夢が覚めー夜の中ぁー、ながぁい──フフフーフフン──」
夏が過ぎた時期だからという単純な選曲。母国の曲だが、結局続きのわからなくなった歌詞をハミングで誤魔化しご機嫌に車を走らせる男がいた。歌も運転も自由気まま。サングラスを煌めかせる彼は、犯人の見つからなかったカージャックの帰り際。軽い効果音で告げられたこの街ではさして珍しくもない銀行強盗の通報で、いつものようにお気楽な格好のままその対応に赴くところだった。
「特殊刑事課ネゴシエーターつぼ浦匠ィ現着ゥ!!コレェイ!!人質解放しねぇとブッ飛ばすぞおらぁ!!」
ジャグラーの扉を蹴り破る勢いで飛び出したつぼ浦は、トレードマークとなったバットとロケランを装備していた。現場には既に金を盗んだ犯人・バーバリアン田中と人質常習犯・牧田ここな、警察側はまるん、ニックスリア、青井、オルカに成瀬、猫マンゴー、ニトロが揃っていた。警察はどうやらとても暇していたらしい。
「ネゴシエーターがぶっ飛ばしてどーすんだ」
「ナイスタイミングだな、つぼ浦!今ちょーど呼ぼうとしてたトコだったんだ!」
「はーいちょっと大人しくしましょーねーつぼ浦くーん?」
次々に投げられる言葉と現場の状況把握よりも先に、つぼ浦は青井の華麗な手捌きで後ろ手に手錠をかけられた。まあよくあることであるが。
「ちょっとアオセン、何すンすかァ!拘束する相手間違えてやがりますよ」
「いーや大正解だね。あー俺、対応課として100点だわ」
「さすがだなーらだお。要求聞いたら匠ぜったい爆破しちゃうもん」
「間違いないね、突発的にロケラン撃たれてキャップ大量爆殺事件の二の舞なんて冗談じゃない」
「チクショウやられたぜ。警察がここまで杜撰な対応だとはな!」
「どの口が言ってんダヨ」
ガヤガヤとつぼ浦という火薬に場は盛り上がる。渦中のつぼ浦はというと犯人がバーバリアンであることで、要求の傾向を察して背中に嫌な汗が伝っていた。碌な要求がないのがこのババアだと街の住人ならば知っている。
様子を見るに他の警察は既知のようで、つぼ浦に要求を丸投げするのは目に見えていた。狙って笑いをとるギャグの類いを実は不得意としている彼は、人知れず静かに唾を飲む。
「何でもいいけど要求は呑んでくれるのかい?」
場をまとめるのはバーバリアンだ。そういえば。成瀬はまだ要求をつぼ浦に聞かせていないことを思い出す。
イイこと思いついた、普段の意表返しをしてやろー、とほくそ笑む口プ課に、内心穏やかでないつぼ浦は気づかない。
「そうそう。今回のバーバリアンの人質解放の要求は“感動させる歌を警察が歌うこと”なんすよ」
成瀬は仲介するように説明をした。
「頼んますつぼ浦さん!!」「はァ?なんでそれを俺が??」つぼ浦は食いつく。
「そんなン、カニくんやひのらんが適任じゃねェの。この前要求で歌ってやがったまるんでもイイだろ。感動なんてモン陸の孤島の特殊刑事課にや縁のないハナシだぜ」
「そう言わずにさあ、ひのらんは今日休みだし、成瀬は普通に恥ずかしいんだってさ」
「ババアの対応は特殊刑事課って相場が決まってんだよねー」
「ソウソウ。キャップはまだ寝てるシ」
「つぼ浦よく歌ってるし頼むよ!」
「オルカ、つぼ浦が歌上手いの知ってる!」
「オレつぼ浦先輩の歌聞きたいっす!!」
もう完全にオレが歌う空気になっているらしい。つぼ浦は息を吐いた。自由を誓う特殊刑事課として“流れ”に流されるというのは癪だが、コイツらの前くらいならマァ歌ってやっても良い。特殊刑事課つぼ浦匠は空気が読めるイイ男なので。これまでのギャグの要求よりは遥かにマシである。
彼は捻くれた照れ屋であるため、人前で真面目に歌うことは初めてであったが、人数が多くなかったのとギャグよりマシという状況が思考を鈍らせていた。
なにより歌うこと自体は好きなので。
「よォし、わかった。特別にこのつぼ浦匠が一曲披露してやろう!」
ありがたく思うことだな!胸を張るつぼ浦は手錠で拘束されてるとは思えないほど堂々としていた。
一方、バーバリアンと牧田は国家ギャングが歌う歌が想像出来ずにいた。どこからその自信が湧いてくるのかわからない。
「ねぇヒーローって歌うのー?」
「ん?ああまぁ聞いててよ」
まるんはそう言って爽やかに牧田に笑った。 実はつぼ浦の知らないところでそれなりに警察署員の名物になっている彼の歌だが、警察外では歌ってるのを聞く機会はあまり無い。外部にはほとんど知られていないのだ。
署や現場で自由に歌うつぼ浦とその歌声が、まるんは無意識に口角が上がるくらいには好きだ。ふいに初めてつぼ浦の歌声を聴いたときには、その歌声の優しさと耽美さに聴き惚れすぎて、彼の声だと信じたくなかったほどである。
つぼ浦の歌はやはり自由きままで、短いフレーズを楽しそうに歌っていたり、無駄にいい声で替え歌を歌っていることが多い。無論、それも上手い上に元気をもらえたり笑えたりと隠れて人気ではあるのだが、真面目に歌っているところを聴けるという中々無い機会に、その実、まるんたちは心を弾ませていた。
「リクエストとかあるかー?」
「そうだね、じゃ──、」
「そうかオレのセンスに任せるってことでいいなァよォし」
「まだ何も言ってないんだけど」
「ドムドムのTonightでいいかー?」
「……ええ、もう自由にしてちょうだい」
こんなんで大丈夫なのか、まぁ気に食わなかったらそのまま逃げればいいだけとバーバリアンはため息を吐く。特殊刑事課はいつもこんななので。
「アオセン、手錠あると歌いにくいんすけど」
「いや、ちょっとお前何するかわかんないから終わるまでこのままで」
「ええぇ!?信用してくださいヨー」
「日頃の行いを顧みてから言おーね」
「チクショウ、埒が明かねェな。アオセンはオレの輝かしい功績を忘れちまったらしい」
「この前聴いてただけでテーザー撃たれたの忘れてないからな覚えとけよ。ま、頼んだ、俺もお前の歌聴きたいし」
「ちょっと困りますよォー、歌の方にまでファンが出来たら忙しくなるじゃないっすかー困るなァ」
「まるで既にファンがいるみたいな」
「エ?いるぜ!つぼ浦Theファンクラブも知らないンすか??」
そんなこんなでネゴシエーターつぼ浦は、後ろ手に手錠をかけられた奇怪な状態のまま、9人の前で歌うこととになった。
つぼ浦は目立ちたがりではあるが(というよりも天性の性や衝動が目立つことに繋がっているのだが)、実のところ発表のような形で何かをしたことはない。
そもそも、警察であるから市民の平和を守るために戦うことが1番である。市民に何かを与えたり生み出したりするパフォーマンスよりも、つぼ浦はただ目の前の悪を倒すことの方が向いていた。そういう性質だった。
「ヨ!待ってマシタ!」
パチパチと猫マンゴーが手を鳴らす。いつの間にか9人はつぼ浦を囲むように輪になって、思い思いに座ったり車に腰掛けていたりしている。やはり少し気恥ずかしい主役には夕方のこの時間は好都合だった。後で署長とキャップからボーナスもぎ取ろう。
「カラオケ音源はいるかしら」
「アーんや……いいや、アカペラで」
バーバリアンは少し驚いたが「そう、じゃあお願いね」と先を促した。
傾きが進み、焼けるようなオレンジをバックにつぼ浦は立っている。主役の彼が目を閉じると、拍手と声が止み、車の走る音や鳥の声が遠くに聞こえる程度に静寂が訪れる。
特殊刑事課がいる現場で過去イチ静かかも、なんて誰かが思ったとき、つぼ浦は息を深く吸った。
爽やかでありながら穏やかな声がしかし十分な声量で響く。伸ばす母音に強めのビブラートがかかり、余韻を強調しながら心地よく次の音へ流れる。思わず、その場の全員が目を閉じて声に聴き魅入った。
Bメロで落ち着いた声が、どうしようもなく悲しみを誘う。しかしサビに向かうと前を向くように力強く、声量も大きくなった。
小気味いいサビのテンポに、跳ねるようで柔らかい歌が続く。次第にリズムに体が揺れる。
特殊刑事課の普段とは正反対であるようで、根底の愛が滲み出ている歌声だ。
全体を通して本家よりもローテンポだが、それが活かされて伸ばした溶けるように消える声が、どうしようなく心を揺さぶった。ゆったりと、特段に優しく歌われた『今夜』のなごりが耳に残る。ああなるほど、だからアカペラなのかと、何人かは気づいた。
なごりに浸っていると今度は、鼻歌と声が混じる間奏が紡がれる。少し慣れてなさそうな不安定さまで、趣にあふれる良さがあった。もう一度音が大きくなる。ブレスが入ってからラストのサビへ。
先のサビより歌声が響く。今度はまた彼の性格に似合った力強さが節々に表れ、曲の雰囲気が明るく変わる。高めの音で安定するらしい透き通る声が、盛り上がりにマッチして自然と笑みが溢れた。
牧田は少しの好奇心で目を開けて、歌声の主を見た。彼も目を閉じ少し眉間に皺を寄せ、しかし楽しそうにリズムに揺れながら笑って歌っている。はためくアロハがやけに目に残る。照れ臭さも垣間見えるが、それよりも歌うのが大好きだと全身で表現していた。
──Tonight!
穏やかであり、励ますような感情が乗ったラストフレーズで締めくくられた。
拍手喝采とはまさにこのこと。何人かが歓声と共につぼ浦に駆け寄った。
「めっっっちゃ良かったぞつぼ浦!!我の国に欲しいくらいだ!」
「匠ー!!!最っっ高だったよ!!感動した!!」
「歌ウマすぎでしょー!!本気で歌ってるトコろ初めて聞いたー!!」
「こんなにすごい歌歌えるなんてっ、ここな知らなかったっ!ここなヒーローの歌好き!」
「つ、つぼ浦先輩さすがっす!オレ、ほんとッ……泣くかと……!」
更に囲まれたつぼ浦は「フン」といつも通り得意気である。「当然だ。これに感動しない方がおかしいだろう」、目を瞑って胸を張る。
盛り上がる傍、一歩下がって青井や成瀬、まるんがなにやら話しているのにつぼ浦は気づく。さらにはバーバリアンも混ざり始めたので、気になった特殊刑事課はすかさず聞き耳を立てた。
「──これ今度──ったりしよーっと」
「──爆破──知らないぞー」
「それに──意外だったわね、見直したわ」
「ホント上手いよね。なんで普段はふざけた歌ばっかなんだか。それも良いってのは少しムカつくし」
「わかります。……やっぱビジネスの匂いがするな」
「まーだ金儲けしようとしてんのか」
「今度カニメイトで歌ってもらえばいいんじゃないかしら」
「つぼ浦はそう言う場じゃ金出されても歌わないですよ」
「だね。今だってアレだいぶ内心は恥ずかし──、」
「アオセェン!!手・錠!!!そろそろ外してくれやァしませんかねぇッ!!!??」
あの野郎テキトーなこと言いやがって!
力の限りつぼ浦が叫ぶと、ゲッやらワハハやら思い思いの反応をされる。青井は「今いくー」と半笑いの気の抜けた声で言いながらつぼ浦の元へ来た。
「ごめんごめん、歌よかったよ。ホントーに」
かちゃん。手錠は簡単に外れ、青井の懐に仕舞われる。つぼ浦は肩の力を抜いて「アー疲れた」と首を鳴らした。
その姿かあまりにもチンピラのようで、青井はさっきまでとのギャップに苦笑する。警察には見えないのは勿論、先程までの歌を歌っていたなんて見てない人にはわからないだろう。
「アオセンにも感動する心あったんすねェ」
「オマエな……んまぁ、そんだけつぼ浦の歌が良かったってことだ」
「なッ、んか今日キメェや!落ちてるモンでも食ったんすか金に困ってんすか」
「んははは、照れンなよ。マジで良かったんだって」
ゲェ、とつぼ浦は顔を顰めて、腕を摩り、数歩距離を取る。
「アオセンが人のこと褒めるとかあり得ンだ……明日はロケランでも降ンのか?」
「こ、コイツまじで…………同情してた俺がバカだったのか……?」
空を見上げていたつぼ浦は、ため息混じりの青井の言葉に首を傾げた。なにか、引っかかる。ン?同情?
つぼ浦はイヤな予感がした。
「……アオセン、同情ってどーゆー意味、」
そのとき、ピロンとそれぞれのスマホの通知が 鳴った。何人かがスマホを確認する。TwiXの投稿だ、IDは@bbatnk。文はない、一本の動画。
さて。今回の要求に応じたのは、自由を謳い、いつも奇想天外な方法で人の先を行こうとする彼にしては迂闊であったと言える。しかし迂闊だったと言っても元来頭の回転が速いため、すぐに様々な違和感と違和感が線で繋がってしまい、イヤな予感は一つの結論へ昇華された。
成瀬が歌わなかったこと、『要求を聞いたら爆破される』という言葉、終わるまで何をするかわからないと判断されたこと。そう、要求は“感動する歌を歌うことだけではなかった”のではないか。
頼むから違っていてくれ。スクロールする指は、思い至った最悪の答えを否定するための答え合わせだった。
動画のサムネはこの場所、夕陽をバックに手錠をかけられたつぼ浦匠。動画時間はおよそ2分。
確定である。
そこからはもう怒涛の展開であった。逸早く動いたのは全てを察したつぼ浦だ。素早くスライディングでその場から離れる。
「おいババアッ!!投稿んのが早ェ──」
成瀬が反射的にバーバリアンに文句を言いきるよりも速く──そこにロケランが着弾した。
それにより爆殺されたのは犯人バーバリアンと、参謀口プ課成瀬。その近くにいたまるんは危機を察して離れてたいた。離れていたのだが、爆風がまるんのバイクと青井のヘリに引火して爆発し、まるんも牧田も、ニトロ、ニックスリアまでダウン。延焼によってオルカも倒れた。
叫び声が絶えず上がり、ダウン通知がけたたましく鳴る。最高のコンサート会場は一転、目も当てられない地獄絵図と化してしまった。
「つぼ、つぼ浦!!ちょ、ちょちょ流石にやりすぎだって!!」
「ソッチがその気なら撃つヨ」
間一髪生き残ったのは対応課・青井とハッピーセットがひとり・猫マンゴーの二人。猫マンゴーは素早く銃を構え、青井はつぼ浦のジャグラーの陰で警察無線に手を伸ばした。無線は突然の警官の大量ダウンにてんてこ舞いである。いつぞやに似た大量爆殺事件を起こした当本人も飛び起きたようで「なななな何が起こったんだっ!?」と無線に問いかけていた。
「この大量ダウン事件です!つぼ浦をキレ──」
「ハ!!??らだおヤバい!!!」
「詐欺野郎がよゴラァ!!喰らいやがれェーッ!!!」
3度目の大爆発。つぼ浦がロケランの2発目を自分のジャグラーをも巻き込み爆発させた。流石の二人も揃ってダウンした。
やられた、自分の車ごと撃つやつがあるかよ。てか普通二発もロケラン持ってねぇだろ。青井はそう考えたが相手が相手である、理由なんてそれで十分なことを改めて実感した。
「特殊刑事課つぼ浦匠ィ!詐欺組織 壊・滅!!!」
──オレを騙そうなんて100年早ェんだよ!
それは騙される前に言うセリフだっての。
ダウンした全員が思ったが、つぼ浦に反論する勇気を持つ者はいなかった。
おまけと言わんばかりに成瀬の車が爆発した。
つぼ浦は火が収まってからの行動も素早かった。
「一旦、ここらのモン全部500万で押収しておきますね」
自分の大破した車を0円押収したかと思えば、いきなりそう告げたのだ。聞いたことないくらい温度の持たない声に、数人はやってしまったことの大きさを知る。
「ホント勘弁してください……つぼ浦サマ……」
そう倒れたまま呟くのは万年金欠男、ニックスリア。
「ン?あー大丈夫っスよ、全員一律なんで」
「そういうことじゃ……」
「よくわかんねェな。ア!もっとお金くれンすか!あざす!じゃあ1000万で押収しときますね」
ニックスリアは黙って項垂れた。それもそうだ、つぼ浦の目は笑っていない、反論は許されない。誰がどう見てもキレている。そういう圧があった。大量ダウンの現場にしては異様に静かだった、と後のオルカは語ったとか。
爆発していようがいまいが構わず、車4台とヘリ・バイクを1台ずつを押収したつぼ浦は「チッ、無線ウルセェな」と吐き捨て警察無線を切った。よくあることだが、いつにも増してトゲがある、気がする。
同時、つぼ浦のスマホに着信が来た。相手はギャガー・キングスターダイヤモンドズズ。
「アイ、こちら特殊刑事課つぼ浦匠」
『あ、つぼ浦ー?動画観たでお前すごいやん!オレにも今度聴かせ』
「今事件対応中なんで後でイイっすかイイっすねあざしたァ!!」
声量でごまかして電話を切ったが、すぐまた着信があった。相手も確認せずにもう一度電話に出る。
『つぼ浦!お前あんなキレイに歌え、』
「誰だテメェ!」
『ハァ!?まだ覚えてねェの??銭形、』
「おうそうか!!指名手配つけとくな!」
ぎゃいぎゃい喚く電話をまた切ったつぼ浦は、結構な絶望に苛まれていた。動画が広まっていることが明白であったからだ。現に今もまだ電話は鳴り止まない。今度の着信は神崎であった。
とりあえずスマホをマナーモードに設定してから、ポッケの奥底にしまう。ダウンしている9人を見やって、切符を切りまくってやろうと決心した。そもそもコッチはロケラン×2で4000万の赤字だ。
「ンじゃあ、順番に切符切りますね。えー詐欺罪、虚偽申告罪……オレの心を傷つけたんで暴行罪」
後で払ってくれ、と言ってから順番に切符を切っていく。結構な額だ。
「す、すみませんつぼ浦先輩……オレがつぼ浦先輩ににちゃんと要求の内容言っておけば……」
気づかなくて、とめそめそ言うのはニトロ。仁王立つつぼ浦を見上げながら彼は続ける。
「本当は“感動する歌を歌いそれをTwiXに投稿すること”だったんですけど、先輩の歌が聴けるってなってド忘れしちゃったんです。ぜひ切符でもなんでも切ってください!」
「……マァ、あれはカニくんの言い方が悪かったしな」
今考えてみれば口プ課に状況説明させたのが失敗だった。オレとしたことが、上手いこと会話の内容が“要求の詳細”よりも“オレが歌う理由”になるよう誘導させられたのだ。
ニトロの言葉に昂りが収まってきたつぼ浦は、離れたところで静かに倒れるペンギン頭を冷静に一瞥して考える。
つまりは、他の人間は成瀬の作戦に乗ったか、うっかり流されたかということ。
「でもオレがそれに気づいてれば、」
「水掛け論になってきたな、埒が明かん。よし、よくわかんねぇから請求しないでやろう」
「えっ!?いやいやオレも同罪ですよ!切ってください!」
「ダメだな、冤罪はよくない」
つぼ浦せんぱぁい……!、と感極まるニトロの横からいくつか声が上がる。
「そういうことなら俺もそうなんだけどなー!」
「ちょ匠ー!オルカもー!ノリに乗っちゃっただけなんだって!」
つぼ浦の同期の二人だった。仲良く横並びに倒れている姿に、つぼ浦は失笑しかけるが咳払いで誤魔化した。そんな様子を見て、青井は「口滑らせなきゃ良かった……」と嘆き、猫マンゴーは「その人達にも容赦イらないよー!」と叫ぶ。因みに両者とも切符は切られ済だ。
ニックスリアとバーバリアンは無駄なことをと呆れている。
「あー、お前らはダメだ」
「え!?なんでよー!」
「オレの直感だ、お前らはカニくん勢力だろう!」
「クッソ、意味わかんねェコイツマジで……」
「証拠はあるのかー!」
「そうだそうだ証拠がないだろ!」
実際のところ、つぼ浦はそれなりに確信を持っているが説明が面倒なだけであった。
まるんは成瀬と同じようにつぼ浦が歌うよう誘導していたし、オルカはつぼ浦が嫌がることをわかっていた。同期として長くいる勘もほぼ黒で間違い無いと言っている。
しかし証拠が存在しないのも確かか。
「マ無いなら見つけるだけだぜ?」
つぼ浦はザ、ザ、と倒れる二人に近づいた。まずはオルカのポッケから弄る。「お、あったあった」とつぼ浦の手に握られていたのはスマホだった。オルカの表情が強張る。
「プ、プライバシーの侵害だ!」
「捜査だからな、仕方ないぞ」
顔認証でパスを解除して開いたアプリは写真フォルダ。最新の動画はバーバリアンとは別の画角で撮られたつぼ浦だった。オルカは観念したように俯く。
「どの口がプライバシーとか言ってんだァ?ナァ??」
「……ごめんなさい」
「肖像権の侵害ってヤツじゃあねェのか??」
「はい、本当……申し訳ないデス」
「ジャ、動画消しとくな」
「えっ!それだけは!!」
勢いよく顔を上げたオルカに、今度はつぼ浦がたじろいだ。
「ほんっとうにオルカお前の歌が好きなんだ!いつもの替え歌でも癒されてる!」
「お、おう……そりゃ、ありがとう?」
「匠の歌う声をいつでも聴きたいんだ!」
「良いセンスしてんじゃねェか」
「お願い!今日しかないと思ったんだ……オルカ、みんなとの思い出が欲しかったから」
目を伏せるオルカにつぼ浦は声にならない声で呻く。どこか遠くを見る憂いを纏ったオルカの目を見ていると、似合わないシリアスに呑み込まれそうになる。歌を褒めちぎられてニヨニヨとした笑みが出そうになる。
ごちゃ混ぜになった感情に支配されたつぼ浦は、苦し紛れにオルカのスマホを自分の額に当て視界を遮った。しかし。
彼女の撮った動画が再生され画面に表示されていた。男は無意識のうちにそれを見ていた。
画面の中には自分を撮りながら静かに楽しそうに笑うオルカや、その後ろで目を瞑り歌に聴き入るニトロと猫マンゴーがいる。成瀬とニックスリアがカメラにピースを向け、まるんと牧田がリズムに乗って揺れ動いている。微笑んだバーバリアンが徐に銃をしまい、誰かと思えば鬼面を脱ぎ歌声の主を見る青井がいる。
つぼ浦は目を開けていればと後悔した。
「もし……匠と別れても、匠の歌が聴きたかったから」
オルカの湿度を持った声が落ちる。周りも同調するように静かにそれを見守っていた。
チクショウ、やられたぜ。
そんなことを言われて嬉しくないはずが、許さないわけがない。自分の歌がこんなに影響を与えていたなんて、想像もしていなかった。
せめて、せめてシリアスにまで呑まれてたまるか!とつぼ浦は勢いよく立ち上がった。
「よォォし5000万でどうだァ!!!」
「買った!!!!」
あまりの勢いと即答に場の空気が崩れる。「早ぇーよ!」「俺も買う!」「オレは1億出スー!」弛緩した雰囲気につぼ浦はほっと隠れて息を吐いた、のちに「限定販売だァ!」と吠え返す。
ギャグ時空の特殊刑事課にシリアスはあっちゃダメだからな、ギリセーフだろ。
「ンで、次はまるんだな」
「俺のも見てもいいけどホントにないよ?」
「ほーん?」
ドヤ顔をするまるんを見ながら、つぼ浦は彼の写真フォルダを開いた。
「確かに動画はないか」
「でしょ??」
「動画“は”、な」
「…………ヱッ」
つぼ浦はまるんのスマホを高く投げ、バットを振りかぶる。
「録音で誤魔化せるかよォゴラァッ!!!」
スマホが吹っ飛ぶ音とまるんの絶叫が響いた。
その後、ちょうどつぼ浦がほぼ全員の切符を切り、TwiXの投稿を消させたと同時に警察と救急隊は到着した。彼らはバーバリアンのTwiXの内容や、青井の遺言、ダウンのタイミングを鑑みて事態をなんとなく把握していたようで、かんしゃく玉に詰め寄る者はいなかった。強いて言えば箱根が「まぁドンマイでしたね」とすれ違い様につぼ浦の肩を叩いたくらいである。ニヤケ面であった。
つぼ浦がその場で切符を切っていたのもあり、ほとんどのダウン者はそのまま病院へ搬送され、いつぞやのように居た堪れなくなったバーバリアンは釈放されることとなった。
そう、“ほぼ”、“ほとんど”のである。
さて。現在、つぼ浦は留置所の牢屋の前にいる。左にはため息を隠さない署長・馬ウアー、右には松葉杖を突く青井が、後ろには腕を組むトラボルタことキャップ。
そして、鉄柵を挟んだ向こう側には、この事件の主犯と言ってもいい成瀬力二がいた。正座である。メイドインジャパンだ。
「でェー?なんでこんなことしたんだァ?」
つぼ浦は成瀬の切符だけ放置していた。その方が面白いと思ったのと、ひとつ名案が思いついたからだ。
「ホント、出来心だったんです。面白そうだなぁ、って……」
「それだけじゃねェだろ」
「つぼ浦さんの本気の歌が聴きたかったんです!」
「だァからもう一歩あるだろ、カニメイトオーナー?」
「ッスーーーー……はい、店内BGM、CD化まで考えてました」
「と、とんでもないな……動画も録音も消しとくぜ」
「ハイ」
成瀬は周到であった。動画と録音、二つのデータを作っていたのだ。しかしバレてしまっては元も子もなく、ましてや火に油を注ぐだけであったせいで彼は今ココにいる。つぼ浦もまた周到な男であった。
「商売根性もここまできたら病気だな……」
「アオセンも共犯っすよね」
「はいすみません黙ります」
青井は牢屋の外にはいるが、つぼ浦を拘束した張本人である。静かに部屋の端へ寄った。
「甘んじて罰は受け入れます」
「ジャ汚職罪も切っとくな!」
「うっ、ハイ、申し訳ないです……」
もう成瀬が出来るのは平謝りすることだけであった。これ以上つぼ浦の逆鱗に触れるのは危険だと本能が告げている。数刻前の絶対零度なつぼ浦の声色がフラッシュバックした成瀬は身を震わせた。本気で怒らせてはいけない人の類いだとは思っていなかったのである。
「で、それはどうするんだ、つぼつぼ」
キャップが指したのはつぼ浦のポッケで未だ震えているスマホだ。およそ事態から20分が経過していたが、多種多様な人間からの着信はついぞ絶えなかった。
「…………ほんと、どーしましょうね」
スマホを取り出して見つめるつぼ浦は、かつてないほどの哀愁が漂っている。署長は初めてつぼ浦を気の毒に思った。
護送中や成瀬の治療中も、それは健気に「市民対応かもしれねーしな」と電話に幾度か出たが、全てが先の動画の件であったせいでつぼ浦は疲弊していた。
電話の内容は歌を褒めるもの、揶揄うものだけでなく、今度のイベントで歌ってくれないかという誘いや、デュエットの申し出、自分の曲を歌ってくれないかという話まであったのである。つぼ浦は恥ずかしさやら、いつもと違う扱いへの違和感やら、ストレートなオルカの言葉やら、ともかく特殊刑事課としての矜持が崩れそうな気がして内心グチャグチャな感情に支配されていた。ちょっとしたパニックだった。
もういっそのこと電話かけてきたやつからロケランぶち込んでやりましょうか!とつぼ浦は震えるスマホを持ったまま、装填されていないロケランを構えた。
その画面に映っていた名が、かのMOZUのボスであることに気づいた馬ウアーは速急に対処しなければと強く考えた。忙しい男である。「良いじゃないか、ワタシも手伝うぞ」なんて抜かすキャップに馬ウアーはまた胃が痛くなった。
「そ、その件については俺がなんとかしよう。今回はつぼつぼが完全に被害者であるしな」
「ン?マァはい、お願いします。オレが加害者だったことなんてないんだがな」
「よく言うな!今朝もワタシはお前にダウンさせられたぞ!」
「あれは道の真ン中にいたキャップが悪いっすよ」
「あぁそうか?そうか。ウンその通りだな。ワタシが悪かった」
「えぇ、気をつけてください」
「よく分からないが謝っておこう。ごめんなさい」
「ウス。オレが加害者なんて、ッハ、まさか!」
「そうだ、ワタシの勘違いだった」
「もー頭おかしくなりそうだぁ」
閑話休題。
署長は頭を抱えながら留置所の角にいた青井と相談をし、警察タブレットを操作し始めた。止まる気配のない電話の対処であろう。
キャップとの会話で調子を取り戻したつぼ浦は、よし、とひとつ手を叩いた。
「ともかく!カニくんへの切符はこれで終わりだ」
「ハイ。ああ、もう……すげぇ罪状ついてる……」
公務執行妨害罪、詐欺罪、虚偽申告罪、汚職罪と暴行罪、なぜかプレイヤー殺人、イベントテロ罪、中々見ないセクハラ罪まで切られていた。ぽちぽちと成瀬は反論せず請求を順に受け入れる。一応反省しているので。
マァでも、こんくらい全然いいか。成瀬は思った。切符を切っているのはつぼ浦で、この罰金の収益はつぼ浦に入るからである。
あの歌を聴いた投げ銭だと思えば安い。というか払いたかったほどだから丁度良かったかな。成瀬力二は前向きな男だった。
「で、プリズンなんだが」
「あー、そっすよね。ハイ、いくらでも構いませんよ」
「10時間でどうだ」
「ヴッ、ハイ」
「しかしオレは気づいちまった」
「は、はぁ。何にです?」
「カニくんから感想を聞いてねェぜ」
「ハイ???」
「歌の感想もらってねェからくれ」
感想次第でプリズンを調整してやってもいい、とつぼ浦は胸を反らして言った。堂々としているようでしかし、表情はどこか照れ混じりである。
めんッッどくせぇかもこの人!
成瀬は口角が引き攣った。ペンギンマスクをしていて良かったとこれほど思ったことはない。
つぼ浦匠は捻くれた照れ屋であった。褒められれば喜び頷く割に、真面目な感想を言われ続ければ恥ずかしくなり手も出る。が、かと言って一言も言われないのは癪なのだ。賞賛、評価されるのは当然と思っているので。
「で、どうなんだ」
「チョット感情を言葉に変換してるんで待ってください」
そこそこに長い付き合いで、それらを感覚でわかっている成瀬は悩んだ。褒めすぎても褒めなすぎても刑期が伸びる、口プ課と言えどそのラインの調整が難しい。
静かな間が部屋に満ち、全員の視線が成瀬に向いていた。いつの間にかつぼ浦のスマホも動きを止めている。
改めて言うの恥ずいな、とマスクの下で汗が伝うが、言葉と思考をまとめ深呼吸。成瀬は口を開く。
「めちゃく──」
成瀬がプリズンへ送られた。キャップと青井が声を揃えて笑った。
「よし、一件落着だ」
声高らかに宣言したつぼ浦の傍ら、キャップが腹を抱え、青井が壁に手をつき肩を震わせている。馬ウアーは苦笑いという言葉がよく似合う表情だ。
「ヒィーッあははは、つぼつぼォ!お前最高だ!」
「キャップ!オレはいつでも最高ですよ」
「ああその通りだな、100点だ」
「ええ、覚えておいてください」
通常通りの会話の二人に青井と馬ウアーは近づいた。青井は笑いが堪えきれていない。
「はーァ、もう天才だよお前。10時間で送った?」
「あぁいえ10分です」
「おお、思ったより短かったぁ、良かった」
「コレやりたくて護送したンで」
満足だ、と落ち着くつぼ浦に「お疲れ様」と署長は普段彼には中々かけない言葉をかけた。一件落着とは言え、所謂デジタルタトゥーを残した今回の事件には同情してしまったのだ。
「そう言えばだがつぼつぼの着信がなくなっているな。署長、何をやったんだ?」
ひとしきり笑ったキャップがつぼ浦も気になっていたことを訊いた。青井は「やっぱり無線聞いてなかったんだ」と呟き呆れてまた少し笑う。
署長は苦虫を噛み潰したような顔でタブレットの画面を見せた。馬ウアーのTwiXだ、勧告らしき長文の投稿がされている。
特殊刑事課の二人が揃ってそれを覗く。がしかし。
「ンァー?あ?よくわかんねぇな、つまりどういうことっすか」
「文が多いぞ、署長。書き起こしても話が長いのかアンタ」
「キャップの言う通りだ。簡潔に頼んます」
「もう……ハイハイ、だからね──」
要約は以下の通りである。
まず、件の動画について、つぼ浦に電話・対面で必要以上に話題に出した場合は、公務執行妨害罪が適応される。この判断はつぼ浦の裁量で決定される。逃走などの場合は特殊指名手配も可。また、公務執行妨害罪適応の時点で、経費によるロケラン現行処刑も許可される。
つぼ浦へのStateでの匿名通報は一定期間使用を制限される。
「なるほど、やったなつぼつぼ。お前の犠牲でロケランがタダになったぞ」
「ウス、オレの犠牲は無駄じゃなかったみたいですね」
「100点だ。撃ちまくってやろう」
「要約しても分かってないじゃぁあん!タダじゃないからね」
「えぇ!?経費って言ってるじゃねェか!」
「違う違う!それは表向きね。ん?いや経費もタダじゃないんだけどなぁ!」
表向き?、とキャップとつぼ浦の声が重なった。純粋にクエスチョンを浮かべる特殊刑事課に「そう、表向き」と注釈をしたのはもうひとりの対応課。いつの間にか松葉杖は取れている。
「今回は俺らがやりすぎたからね、その経費は警察金庫じゃなくて、さっきの現場にいた警察7人から捻出されることになったんだよ」
「警察金庫からなんてすぐ底尽きちゃうよぉ……」
署長が弱々しく言う。青井は鬼の下で少し笑って肩を竦めた。
「つまり連帯責任ってこと」
「はぁ、じゃあ一人頭……?ン?いくらだ??」
「あ、算数弱いんだっけ。ロケラン1発につき一人頭だいたい430万円弱。結構な出費だよね、特に皇帝なんかには」
「そっすね」
「でもそういうことになれば、俺らはそうならないように手を尽くす、ってわけ」
「……おお!ボディーガードってコトか!」
「うん。ん?……ちょい違うけどマそれでいいや」
要はロケランの引き金がより軽いつぼ浦に手を出す奴は中々いない、いたとしても他の警察がなんとかする。つぼ浦はこの件で暴れてもマイナスにはならない。そうなるよう馬ウアーと青井はしたのだ。
流石は対応課の二人か、と特殊刑事課No.0は感心した。
フー、と青井は長く息を吐く。
ため息とは違うそれにつぼ浦が疑問に感じていると、彼は不意に鬼のフルフェイスを脱いだ──かと思えば。
「つぼ浦、ごめんね」
──なんて、青い双眸を逸さず、そう実直に言われてしまうのだから、つぼ浦は鳩が豆鉄砲を喰らったが如く反応をしてしまった。
「今回のは流石に、やっちゃだめなことだった。勝手にこんなことしておいて勝手に謝るなんて虫の良い話だけど……だからって謝らなくていい理由にはならないし」
青井の腕に抱えられた鬼が、苦い軋む音を鳴らす。
「信頼を裏切るような、陥れるようなことをして……、」
その言葉によって、つぼ浦のぐちゃ混ぜだった心情がストンと落ち着いた。わだかまっていたものに納得したような感覚。
信頼していた。
口の中で転がした言葉につぼ浦はハッとした。少しの間の後、また青井が口を開く
「ごングッ、いっったぁあ!!!」
のをつぼ浦が思い切り殴って止めた。それはそれは思い切りのいい攻撃だった。ヘルメットが軽快な音を立てて転がる。頰に繰り出された意識外のグーパンによって、青井は3歩4歩とよろめいた。根性とプライドで踏みとどまったが、倒れ込まなかったのが奇跡だった。
ただでさえ口を挟む隙のなかった馬ウアーとキャップはまさかの展開に言葉を失った。
「いった!!いやえ?ハ??痛、痛ぁ!!」
「特殊刑事課にシリアスは要らねェぜ!けぇりな!」
「今のでだいぶギャグ時空に戻ってきたわ!こわぁ!お前怖い!」
「ウジウジウジウジやかましいンすよ!オレは気にしてないんでこの件は終いだ!」
「気にしてないだぁ?!嘘だなァ!お前さっきからチラチラとスマホ見てんじゃん!全然気にしてんじゃん!」
「うぐッ、なン、は、ハァ?チンチラがどうしたってんだ!埒が明かねェな!」
「誰も小動物の話してねェっての!シリアスは嫌だとか言うけど、気にしてるお前に謝らないのはこう、なんか、うんダメだろ!」
「それ結局自己満足で謝ってるだけじゃねェか!そういうの良くねぇと思うぜ!」
「ぐはッ、そ、それは無くはないけど……確かに悪かっパッた!痛い!だからなんで途中で殴んの!?」
「良いすか!オレはもう切符切りまくって、カニくんで遊んで満足したンすよ!」
つぼ浦の一際大きな声に青井は押し黙った。2発も拳を受けた青井が静かに顔を摩るのを見て、つぼ浦は「ちくしょう」と一つ呟く。手の早いアオセンならすぐに殴り返されて有耶無耶になる、と考えていたのだ。青井はそこまで心無きではなかった、というよりつぼ浦は動揺でそんな策しか思いつかなかったのだが。あの青井が素顔を晒すことすら珍しいというのに。
「要は!もうケジメはついてっからそれで終わり!オレが殴られた分はオレが殴り返して完結だ!」
──アオセンが頭下げる必要ねェんだよ!
真面目な謝罪ほど特殊刑事課に要らないものはない。遊びの中の「ごめん」と畏まった中の「ごめん」は重みが違う。
その重しが嫌でああいう対応をしていたのに。至極真っ当に仲間だと思われていることが照れ臭いのに。信頼なんて当然だったから。「ごめん」なんて自分に言わなくていいように、やりすぎくらいの対応をしているのに。
戻ってきたシリアスに似た空気の静寂に、溢した本音に、つぼ浦は顔を逸らすことしか出来ない。組んだ腕の手のひらに汗が滲む。
ただ、そうして誰もいないところを見ていたせいで、つぼ浦は自身に指を指す青井に気づかなかった。
それどころか。
なにいまの!と口パクでキャップとつぼ浦を繰り返し交互に見る青井と、わからん!!と激しく首を振り手を広げるキャップ。馬ウアーは一歩二歩と後退り、目を輝かせながら口を抑えている。三者三様リアクションは違えど、人を想うつぼ浦の言葉が嬉しかった。
とまあ、彼らがジェスチャーしてることもわからなかった。つぼ浦が勝手に緊張しているだけで、3人の空気は至って緩々、シリアルであった。
「つぼ浦ぁーあ!」
「ちょ、ハァ!?アオセン!?」
そっぽを向くつぼ浦に、青井が飛びつくように肩を組む。そのまま青井が無造作に髪を掻き回すので、セットは崩れサングラスがずれた。
「ぽまえはホントォに生意気な後輩だなぁ!」
「なにッ、すんすか!ちょっと!ッイテ!」
「グーパンの借りだよ!」
不意を突かれたつぼ浦の無防備な額に、青井がデコピンを喰らわせる。微かに赤くなった額とズレたサングラスから見えるあどけない目に、青井はなんだかおかしくなってまた笑った。
「ほら、とっとと成瀬の迎え行こうぜい!」
青井はそう言うと、転がっていたヘルメットを軽快に拾って被り直した。「迎えに行くから10分なんでしょ?」表情は見えなくなったが声の弾みがわかる。
なんでこんなご機嫌なんだ??アオセンがおかしくなっちまったのか??
つぼ浦は口癖の通り状況がよくわからなかったが、シリアスな空気とはかけ離れていたのでヨシとした。よくわからなくても楽しければ良いのだ。
「そ、そっすね、行きましょう。あー、ついでに飯も食いてェなァ」
「何それ、俺に奢れってこと?」
「えぇ!?アオセン奢ってくれンすか!?あざァす!」
「しまった、拾う言葉ミスった」
「オレいい焼き肉屋知ってんすけどォ」
「もう……はいはい、分かった分かった。俺も肉の気分だからいいよ、行こうか」
署長とキャップもどうですか?、と青井はドアを開け振り返りながら問う。二人を温かい目で見守っていた馬ウアーとキャップは、互いに目配せしてから揃って手を振った。
「俺はまだ業務残ってるし、部下に奢らせるわけにはいかないよ。退勤していいから行っておいで」
「ワタシも大丈夫だ。そもそもオッサンにはもう焼き肉はキツいしな」
「あぁ……マジでそうなんだよなぁ、もう次の晩まで胃もたれしちゃうんだよ」
「気が合うな署長、ワタシもだ。キミたちの分までワタシが働くから安心して行ってきなさい」
腕を組むキャップを見て、コイツに言われても安心出来ないな、と他三人は思った。
「じゃあお疲れ様でしたー」
「お疲れっしたー」
すっかりいつも通りの調子を取り戻したつぼ浦は、青井の後を追って留置所を出て行った。いつもの通りどころか異様に足取りが軽かった。もう頭の中は人の金で食べる焼き肉のことしかない。どれだけ食べられるかのプライドの闘いが始まる。
「……でもそんな良かったのかぁ、俺も聴きたかったなぁ」
二人を見送った馬ウアーがため息混じりに呟いた。件の動画はTwiXで瞬く間に拡散され、起きていた住人たちの大部分が見ていたが、馬ウアーは仕事に忙殺されて見逃していたのだ。やはり署長もつぼ浦の歌は好きなのである。
「なんだ、聴けてないのか」
「みんなから感想だけ聞いて生殺しって感じだよ」
キャップは気落ちする馬ウアーを見て顎髭をいじった。
「……ふむ、仕方ないな。特別だぞ、二千万でどうだ」
「…………え??」
「ワタシは優秀だからな、あの動画は保存してある」
「……まぁじで?」
「勿論だ、特殊刑事課No.0として見過ごせんだろう」
「それ、本人が知ったら……」
「署長、世の中には知らない方がいい事実もあるってもんさ」
キャップは悪びれもしなかった。というより、あの動画を保存した者は少なくないとキャップは予想しているが、そんなことはパニックだったつぼ浦の頭では考えられなかった。そのことを言えば間違いなく事態は悪化する、と上司は分かっていたのだ。嘘も方便である。
馬ウアーは悩んだ。部下のデリケートなものを知らぬところで金銭のやり取りをしていいわけがない。いやそもそもそれについて話すのも良くないのではないか。
「試しに聴いてみて買うか決めてはどうだ」
キャップは悩む馬ウアーに言った。それは悪魔の囁きと同義だった。馬ウアーの脳裏に、部下達の歌の感想がフラッシュバックする。
馬ウアーの返答よりも先に、キャップは自分のスマホに入っている最新の動画を再生した。
程なくしてキャップに二千万が振り込まれた。
そんなこんなで歌うつぼ浦の動画の一件は、ニックスリア率いる警察部隊の健闘もあり、徐々に沈静化していった。途中、つぼ浦がMOZUの集団にロケランを撃ち込むという事件もあったが、ロケランの消費はそれきりであった。
しかしそれは表の話。
あの後、キャップの予想通りTwiXの動画は何人かによって保存されており、水面下で取引され始めたのである。中には億を超える値段で売っていた者もいたとか。
その影響もあり、彼の歌は急速に広まり更には歌声のファンまでつく事態となったのだが……つぼ浦当人がそのことを知るのは、また別の話である。
コメント
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読ませていただきました!つぼ浦さんの自由奔放なキャラクターと、まさかの美声のギャップがめちゃくちゃ面白かったです。手錠をかけられたままアカペラで歌うシチュエーションも、夕陽の描写も、ドラマチックで映像が浮かぶようでした。それなのに動画がバレてからのロケラン大爆発!最高のギャグ回でした(笑)オルカさんの「匠と別れても匠の歌が聴きたかった」にはジーンと来ました……。続き、気になります!