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【それでも海は美しかった】
僕は、あの頃のことをずっと後悔している。今になって分かる苦しみがとても憎い。けれど、あの頃の僕はまだ、どうしたらいいのか分からなかった。
もしも、過去に戻れるのなら僕はもう一度人生をやり直したい。
「海晴、今から雪かきするから手伝ってくれない?」「わかった。すぐ行く」せっかくの休日なのに朝の10時から雪かきか。正直、かなり面倒くさい。せっかく二度寝しようと思ってたのに。けれど、母がそう言うのも無理はない。何故なら、今までで最も多く雪が降った日だからだ。僕は渋々ベッドから身体を起こし、背伸びをする。そして厚手の上着を着て外に出た。外は空気が冷たく、兎のようなふわふわとした雪が辺り一面を真っ白に埋めつくしていた。母から渡されたスコップを持ち、一歩踏み出した。すると、雪は長靴の中まで入ってきて、一瞬にして身体を凍らせた。曇りで太陽の光が当たらないから尚更寒い。「早く終わらせて家に入ろう」「この量、一日で終わらないよ」「気合いよ!気合い!」そう母が言うと、スコップを雪の中に突っ込み、どんどん雪を掻き分けていく。やる気満々だ。それに対して僕は寒過ぎて動く気になれない。そう思っていると、母はもう敷地内の半分まで進んでいた。僕はその様子を見て、慌てて雪を掻き分けた。
どのくらい時間が経っただろう。足元に雪は無く、薄らと茶色い土が見えていた。顔を上げると、両側には低い雪の壁が出来ており、それは敷地内のずっと向こうまで続いていた。「やっと終わった。手伝ってくれてありがとう!」「はぁ、疲れた」「早く家に入ってお昼ご飯にしようか!」二人とも息を切らせて、頬を赤く染めている。それなのに、母はずっと笑顔だ。
家に入り椅子に座ると、全身の力が解け、まるで氷が溶けるかのようにぐったりとした。家の中は暖かく、外で凍った身体が次第に溶けていくのを感じた。「やっぱり家の中が一番だね!」「このままだと霜焼けになりそう」「たしかに。じゃあ、お母さんご飯作っておくから先にお風呂入っちゃいなさい」「いや、僕は後でいいよ」「いいから!ほら!」そう言うと母はキッチンへ行き、昼食の準備を始めだした。
お風呂から上がると、ホワイトシチューの良い香りが鼻をくすぐった。「母さん、お風呂上がったよ」「おかえり。ちょうどご飯も出来たところだから先に食べてていいよ」そう言いながら母は浴室へと向かった。先に食べてていいと言われたものの、一人で食べるのは寂しいな。そう思い、椅子に座って本を読み、母が上がってくるのを待つことにした。数十分後、お風呂から上がってきた母は清々しい顔をして、タオルで髪を拭いている。母がふとテーブルを見て、僕がまだご飯を食べていないことに気づき、「待っててくれたの?ごめんね!」と慌てた様子で来た。「大丈夫。今食べようと思ってたところだから」本をしまい、母と僕のお皿にご飯を盛った。
ご飯を食べていると、母が少し躊躇った様子で口を開いた。「何か困ってる事とか悩んでる事ない?」まただ。もう聞きたくない。「別にないよ」「そっか、なら良かった。何かあったらすぐお母さんに言ってね」「うん」「本当は欲しい物とか買ってあげたいんだけど…。こんなお母さんでごめんね…」いつからか、母が執拗に僕の心配をしてくるようになったのは約2年前。僕が中学3年生の頃、両親が離婚して以来だ。今はアパートを借り、母と2人で暮らしている。決して裕福とは言えないが、母は僕の前で弱い姿を見せたことがない。だが、『こんなお母さんでごめんね』。これが母の口癖となっていた。僕は母の口癖と、しんみりとした空気が好きじゃない。思ってる事を素直に言えば、きっと母さんは傷つく。そう思うせいで、返す言葉がなかなか見つからず、咄嗟に嘘をついた。「僕、これから友達と遊びに行くから」「えっ、そっか。わかった。寒いから着込んで行きなさいよ」「うん」僕は、その場から逃げるように食器をキッチンに下げ、母がいる部屋を後にした。厚手の上着を着て外に出ると、先程まで雲で隠れていた太陽が顔を覗かせ、雪はキラキラ輝くダイヤモンドに見えた。