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―――宝麟蜥竜人《ジュエルケイルリザードマン》―――
蜥蜴人《リザードマン》の変異種であり、”楽園浅部”にてごく稀に遭遇する事が報告されている希少種だ。現在、”楽園浅部”以外の場所で遭遇、発見の報告はされていない。
特徴はその名称通り、一枚一枚が宝石の様に透き通った非常に美しい鱗であり、何の加工もしていない鱗、それ一枚だけでも同じ大きさの宝石を遥かに上回る価値があるとされている。
それというのも、彼等も例外なく”楽園”の住民であり、その生物強度は”楽園浅部”の住民としては平均を下回る部類に入るものの一般的な人類とは比較にならないほど強く、保有している魔力量や密度も、非常に大きい。
そんな彼等の鱗には、当然彼等が持つ大量の魔力が込められている。
それはつまり、ただの鱗一枚だけでも宝石としてだけでなく、あらゆる魔術具や錬金術に用いられる魔石としても利用することができるのだ。
これまで、遭遇の報告はごく稀に挙がっていたが、斃したという報告は一度も無かった。
当然である。
今は緊急時であるため騎士団の精鋭を募って”楽園”に訪れてはいるが、普段”楽園”にて採取活動を行っているのは、彼等よりも実力が大きく劣る冒険者達なのだ。
“楽園浅部”の中では平均を下回るとはいえ、残念ながらそういった冒険者達が斃せてしまえるほど、宝麟蜥竜人は弱くは無い。
騎士という役職が人類の中で最も強いわけでは無いし、冒険者の中でも頂点にいる者達は、最上位の騎士に勝るとも劣らない実力を有している。
そういった人類の中でも頂点に君臨する者達ならば、1対1で宝麟蜥竜人を斃すことも可能だろうが、”楽園”にいるのは宝麟蜥竜人だけではない。彼等を上回る強さを持った魔物、魔獣は多数存在しているのだ。
遭遇率の極めて低い宝麟蜥竜人の鱗のためだけに命の危険を晒すには、少々どころでは無く割に合わない。というのが世界共通の認識だ。
だが、今回は事情が違う。カークス騎士団は、人類の強さでいえば上澄みの位置にいる。
そう、彼等ならば宝麟蜥竜人を斃せるのだ。騎士が取り出した3体の死体だけでも、巨万の富を得ることができるだろう。
「全て仕留めたのか?」
「いいえ!敢えて2体を下がらせました!集団でいるというならば、拠点にしている場所があるのかもしれません!勿論、『標印《マーキット》』は済ませています!」
その上でだ。集団で、かつ引き下がろうとしていたのを確認した騎士は、引き下がった宝麟蜥竜人に対象の現在地を把握する魔術『標印』を施した。これによって、彼等の巣ないし拠点を発見できるかもしれないのだ。
団長はその報告に、この騎士がここまで興奮し、あまつさえ我が国が莫大な富を得られると言っていた理由に納得がいった。
確かに、宝麟蜥竜人が去って行った先に、彼等の巣ないし拠点があったのならば、更に彼等の鱗を大量に入手できるだろう。国の繁栄を願う者として、団長の選択肢は一つしかなかった。
「総員に通達!身を隠しながら去って行った宝麟蜥竜人の追跡を行う!移動が止まり、そこから半日間大きな動きが無い場合、そこを宝麟蜥竜人の巣、ないし拠点と判断する!諸君、我が国の未来、我らの手によって繁栄に導こう!」
団長が騎士団員全員に、これからの行動方針を周囲の魔物、魔獣に気取られないよう、声を抑えて通達する。団員達は、鬨の声で応えたい気持ちを呑み込み、静かに頷く。
もしも、団長がこの3体の死体で満足し足早に国へ引き返していたのならば…。
彼等の国、ティゼム王国は間違いなく彼等カークス騎士団の手によってささやかではあるが、繁栄を迎えていただろう。
国で待つ友の、親の、兄弟の、恋人の、妻の、我が子の、国民達の生活を、自分達の手で豊かにすることができるのだ。
団長を含め、騎士団員達の愛国心は強い。それ故に、自分達の手で国の繁栄に大きく貢献できるであろうこの機会に、皆の気持ちが一つになった。騎士団の士気は最高潮と言って良い。
彼等の、その強い愛国心が、彼等にとっての悪夢の始まりとなることも知らずに。
追跡を開始してから日が沈みきり、野営を行う。
食事を終え、装備のメンテナンスを済ませた団長が簡易コテージの中で日記を書きながら、首にかけたロケットペンダントを見つめている。
ロケットの中には、10歳前後の可憐な少女の姿絵が描かれていた。
「娘さんですか?」
「あぁ、この姿絵は五年前の姿だがな。今では妻に似て、日に日に美しくなってきている」
ロケットを愛おしそうに眺める団長の表情に釣られ、つい団長に訊ねてしまったことに、若い騎士は後悔した。
団長は妻や娘の話になると長い上に、過激になるのだ。しかも、会話に乗らないと、酔ってもいないのに執拗に絡んでくる。
自分で蒔いた種だ。仕方が無いので、若い騎士は惚気られるのを承知の上で団長と会話を進めた。
「今は花も恥じらうってやつですね。団長と奥さんとの間の子なんですから、さぞ同年代の少年達の心を掴んでやまないんでしょうねぇ」
「大した度胸も覚悟も実力も無く娘に近づくような輩には、漏れなくカークス騎士団の訓練を体験させてやるがな。私の目に適う者でなければ、大事なシャーリィは任せられん」
団長の発言に若い騎士は流石にドン引きする。
彼等の訓練は、騎士団の若きエースでさえ地獄の特訓と比喩するほどなのだ。団長の愛娘、シャーリィに恋慕する、まだ見ぬ少年達に、若い騎士は同情した。
「団長の目に適うって、[娘と結ばれたければ、私を倒して見せろ]とか言うんじゃないですよね?」
「フッ、当然だろう」
このカークス騎士団団長に勝てる人物は、現在確認されていない。
当然、軽口を叩いて談笑している若い騎士も、現時点でまるで勝てる気がしないのだ。団長の答えに少しだけ安堵する。
「それは最低条件だ」
「娘さんを結婚させない気ですかっ!?それじゃ、奥さんトコの実家の連中と変わらんじゃないですか!?」
安心したのも束の間、さらに続いた発言に思わずツッコミを入れる。
人類最強の候補の一人である人物を打ち負かすことが最低条件など、[娘は絶対にやらんっ!!]と言っているのと等しい。
「愛娘の成長を見守る中で、初めて連中の気持ちが理解できたよ。だからと言って、連中を叩きのめしてやったことには、何の謝意も後悔も無いがな」
「ヒデェ…」
団長の妻の肉親達は、確かに彼女を深く愛していたのだろう。
だが、その振る舞いは決して彼女の意に沿ったものでは無かった。あまつさえ、愛する女性を悲しませることとなったのだ。それ故、団長は妻の肉親を徹底的に叩きのめしたことを、全く後悔していない。
「ならばスカイム=スカッド、お前が私を越えて見せろ」
「っ!?」
心情を理解した相手であろうと容赦なく叩きのめしたことに対し、一片の後悔も無いと言い切った団長の言葉に若い騎士スカイムが辟易としていると、団長から名指しで自分を越えろと無茶ぶりをされた。
「私よりも強くなりたい、なって見せる。その気持ちは、今でも変わっていないのだろう?」
「…んな昔の事、よく覚えてますね…」
スカイムが、まだ幼い少年だった時に団長に助けられた時の話だ。
団長に憧れ、追いつき、越えたいと強く願い、団長に約束をしたのだ。[何時か必ず貴方を越えて見せる]と。その気持ちは、今も変わらない。
今は届かずとも、何時かは必ず、と。
自分でも朧気になっていた光景をサラッと持ち出され、スカイムはたじろいだ。
「言ったはずだ。日記はそういったことを振り返るのに役立つとな」
「今までの日記、全部残してんですか!?」
「当然だろう。私は私の過去を捨てるつもりは無い」
以前の日記についての話を掘り返され、その全てを保管しているという事実に、スカイムは驚愕した。
答える団長の表情は、実に誇らしげだ。彼は自分の行動に対して一切の後悔をしていないのだろう。
「さぁ、今日はもう休むぞ。明日以降、私達にとって、国の命運が掛かった戦いがあるかもしれんのだ」
「了解。ははっ、まだまだ全然勝てる気がしねぇ…」
団長から自身との差を感じ取り、まだまだ目標には程遠いと思いながら、スカイムは眠りについた。
翌日。『標印』を施した宝麟蜥竜人の動向を観測させたところ、騎士団が野営を行ったのとほぼ同時刻から、今の時間まで大きな動きが観測されなかった。
「良し、現在観測している場所を宝麟蜥竜人の拠点と仮定して移動を開始する!”死神の双眸”の反応はどうか!?」
「現在、反応はありません!この周辺には居ないものと見て問題ありません!」
―――死神の双眸―――
“楽園”にて、最も危険な存在は一体何か?
その質問に対する回答の約9割以上が、この”死神の双眸”である。
それは”楽園”上空に2つ存在し、”楽園浅部”よりも奥から”楽園浅部”へ向かって来てほぼ定期的に”楽園”全域を移動している。一説によると、”楽園深部”を根城にしているとの説もある。
姿が確認されたことは一度たりとも無いが、その魔力量、密度は”楽園浅部”に生息する魔物、魔獣の比では無く、文字通り桁違いに膨大だ。
“死神の双眸”に認識された場合、認識された者は問答無用でバラバラに切断されてしまう。
過去に隠蔽や隠形を怠った、もしくは未熟だった冒険者や騎士が”死神の双眸”に認識されて被害に遭う瞬間を、優れた隠蔽能力と隠形技術で認識を逃れた者達が幾度も確認し報告している。
幾重にも張った防御結界や強固な防具でさえも、まるで役に立たずに結界や防具ごと纏めてバラバラにされてしまったことも確認されている。
現在に至るまで認識されてから生存することができた人類は一人としておらず、反応が二つあることから、いつしかこの反応は”死神の双眸”と呼ばれることとなったのだ。
それ故、”死神の双眸”に認識されて殺害されることを、世界共通で睨まれると比喩されている。
その正体は、やたら食い意地の張ったお調子者で光物が大好きな2羽の大烏なのだが、彼等にそんなことを知る由は無いだろう。
ともかく、そんな危険極まりない”死神の双眸”の反応は、今の所確認できない。騎士団達は迅速に『標印』が示す場所まで移動を開始した。
日を跨ぎ、目的地に到着した騎士団達の目に映った光景は、まるで超大国の宝物庫の様な光景だった。
集落。
巣や拠点どころの話では無かったのだ。総勢500近くにも迫る無数の宝麟蜥竜人が、その場所には存在していたのだ。これらを全て斃し、死体を回収する事が出来たのならば、超大国すら凌駕する国庫を得るも同然となるだろう。
「団長、此方の10倍近い数ですが、いかがいたしましょう」
「今はまだ、決して集落に入ろうとするな。集落から出た所を各個撃破だ」
確実に勝利し、富を国へ持ち帰るために、相手に気取られぬよう必死に自分達の存在を隠蔽する。数で劣るのならば、少しずつ数を減らして、その差を埋めていけば良いのだ。
騎士団達は複数班に分かれ、集落を取り囲み、確実に、少しずつ宝麟蜥竜人の数を減らしていった。
そうして、彼等の数が400を下回った頃、団長は一つの事実に気が付く。
宝麟蜥竜人は全員が全員、強力な個体ではない。特に、集落から出ないものは成体であったとしても、1対1でも余裕を持って斃すことが可能だと判明したのだ。
そこから先は、一気に攻勢に出ることになった。集落に乗り込み、特に実力の高い者達で強力な個体を相手取っている間に弱い個体を仕留めていったのだ。
強力な個体の中には弱い個体を庇おうとして隙が生まれることもあり、極めて順調に宝麟蜥竜人を斃し、その死体を回収することが出来た。
弱い個体を庇おうとしたということは、少なくとも他者を思う心が彼等にもあり、一つの集落を潰すという事実に罪悪感を覚えたが、自分達の国を救うために、騎士団員達は止まろうとしなかった。
毎日襲撃を仕掛けられたわけでは無い。
強力な個体の宝麟蜥竜人は例えカークス騎士団の精鋭であっても非常に手強く、撤退を余儀なくされる負傷を負うこともあった。
特に、団長が宝麟蜥竜人の長と思われる極めて強力な個体と対峙した際には大きな負傷を負い、騎士団全体が窮地に陥りかけもした。
だが、すぐさま撤退し、高品質の回復薬や高度な治癒魔術によって騎士団が受けた負傷は回復している。
頻繁に襲撃を仕掛けられない理由は、それだけではない。
“死神の双眸”だ。あの反応が集落の近くを何度か通過することがあるのだ。いかにカークス騎士団の精鋭といえど、睨まれてしまえば、助かりようは無い。
反応を確認した時は一時待機し、様子を見る。恐ろしいことに、一度通過した後そう時間を置かずに再び近くを通過することもあったため、必ず二度目の接近が無い事を確認してから襲撃を仕掛けることにした。
襲撃を仕掛けてから13日目。
途中、上空で五体のドラゴンが”楽園”に炎を吹きかけたり、そのドラゴン達が信じられない程の馬鹿げた魔力によって一瞬で消滅させられてしまうという衝撃的な事件があったが、騎士団達は現状全員無事である。
既に残りの宝麟蜥竜人の数は、100に迫る程となった。
このままいつも通り襲撃を仕掛けたいが、丁度”死神の双眸”が集落の近くを通過するタイミングであったため、一時待機をしていたところだ。
今日に限って二度も集落周辺を通過する経路を取っていたので、彼等は未だに出発できずにいた。
しばらくして、”死神の双眸”の二度目の集落付近の通過を確認した。
「長かったですが、ようやく終わりが見えてきましたね」
「もう、一ヶ月以上家族の顔を見ていないんだな」
「国へ帰ったら、両親を安心させてやるんだ。これからは今までよりもずっと楽ができるぞって」
「俺は、とりあえず、行きつけの店の冷えた一杯を一気飲みするんだ。そんで、皆に伝えるんだ。俺達は偉業を成し遂げたってな」
「皆、まだ気を緩めるなよ?例えここで上手くいったとしても、”楽園”から抜け出すまでは安心できないのだ」
各々国へ帰った時の自分達のやりたいことを語り合う騎士達を、団長が窘める。
団長自身も、国へ帰ったならば家族を思いっきり抱きしめたいという感情があるのだ。
だが、それを思うのはまだ早い。
「諸君、今日で全てを終わらせよう。我ら全員で任務を成し遂げ、国へ帰還するのだ」
団長の声に頷く騎士団達の表情は、期待と自信に満ち溢れている。
もうすぐ、国へ帰れるのだ。
自分達ならば、絶対に成し遂げられる。そんな気持ちを抑え、気を引き締めて騎士達は宝麟蜥竜人の集落へと足を運ばせた。
おかしい。
先程まで観測できていた宝麟蜥竜人の魔力が確認できなくなったのだ。
急ぎ足で集落に訪れてみれば、集落はもぬけの殻であった。当然、魔力反応は無い。
いや、正確にはもぬけの殻ではない。
集落の中央に、何かがいる。魔力は感じられないが、確かに何かがいる。
近づいてその存在を確認してみると―――
白に近い灰色の体毛をした、1羽の大きなウサギが、そこにいた。