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新任務指令
ブリーフィングルームで、レヴィンが深いため息をついた。
その顔を見た瞬間、俺は嫌な予感がした。
「陽菜、今回の任務は厄介だ。敵は《ケルベロス・サークル》という新興傭兵ネットワークだ。訓練された元軍人が多く、組織力も高い」
「聞いたことねぇな」
「最近急速に勢力を伸ばしている。お前には“鹵獲された輸送車両の奪還”を任せたい。中には機密兵器が積まれている」
レヴィンは地図を指差す。
「輸送車両は砂漠の峡谷地帯へ移動中だ。敵の防衛網が厚い。単独での接近と奪還は危険だが」
「俺しかいねぇってわけか」
「その通りだ。頼めるか?」
「任せとけ。で、敵は俺の存在を知ってる?」
「まだ知らない。だが、今回で知ることになるだろうな」
俺は肩をすくめた。
「いつもの事だな」
砂漠潜入
砂丘を越え、峡谷の縁へ到達した頃、
俺は双眼鏡を取り出し、敵の輸送部隊を確認した。
武装車両6台。
見張り、計14名。
そのうち狙撃手2名。
(正面突破は不可能じゃねぇが、時間がかかりすぎる)
俺は左翼の岩場に移動し、M16A4を構えながら敵の巡回パターンを観察する。
すると
風に乗って、妙な音が聞こえた。
カラン、カラン、カラン……
(なんだ?)
砂漠であんな音が鳴るわけがない。
俺は音源の方へ慎重に近づいた。
そして、視界に入ったのは――
砂漠に現れた変人
パラソル。
クーラーボックス。
そして、ビキニに迷彩パンツという意味不明な格好で――
マリアが砂漠でアイスクリームを売っていた。
「Hinaaaa!(ヒナァ!) 久しぶりねー! アイス食べる?」
満面の笑み。
パラソルには手書きで“ICE CREAM 2$”と書いてある。
俺は思わず額を押さえた。
「お前、なんで砂漠で
アイス屋やってんだよ」
「え? 気温40度超えるんだから最高の商売じゃない?」
「この辺り、敵の武装組織しかいねぇぞ」
「だからよけい売れないのよ〜。みんな銃ばっかりでアイス食べないの。変よね?」
(変なのはお前だ)
マリアは胸を張って言う。
「でもね、わたしはここで仕事もしてるの。アイス屋は趣味」
「趣味でやるな」
マリアの協力
「で、ヒナ? 任務?」
「輸送車両の奪還だ。敵の狙撃手が2名いる」
「ふむふむ。じゃあ手伝ってあげる!」
「いや、今回は俺が――」
と言いかけたが、マリアはすでにTAC-338を組み立てていた。
「わたし、敵スナイパーの位置も知ってる。北の岩場と、輸送車両の後方ね」
「マリア、お前もしかして本当に仕事中だったんじゃねぇか?」
「アイスも売ってたけど?」
「どっちがメインだよ」
マリアはにこっと笑って言った。
「仕事と遊びは半々がちょうどいいのよ、アミーゴ」
共同作戦開始
俺は仕方なく、マリアの観測提供を受け入れた。
「ヒナ、北側のスナイパー、距離は878メートル。砂塵で視界揺れてるけど、今のタイミングなら狙えるわ」
「任せる」
マリアが息を止め、トリガーを絞る。
ズドンッ
低い銃声が砂漠に響き、北側の狙撃手が崩れ落ちた。
「後方の奴は?」
「まだ動いてるわ。あ、アイス食べる?」
「食わねぇよ」
「えー美味しいのに
じゃ、もう一人いくよ!」
彼女は次の狙撃に移る。
そしてまた一発 ズドンッ。
2人目の狙撃手も沈黙。
(やっぱこいつ、腕は本物だ)
突入戦
「ヒナ、道は開いたわ!」
「助かった。ここからは俺がやる」
俺は斜面を駆け下り、M16A4を構える。
まずは周囲の歩哨を優先。
MROサイト越しに頭部を正確に撃ち抜く。
敵が慌てて遮蔽物に隠れ、無線で叫ぶ。
「侵入者! 東だ!!」
俺は距離を詰め、岩陰まで転がりこんだ。
敵が三人まとめて前進してきた瞬間、俺はレーザーサイトで素早くポイントして三点バースト。
銃声が砂を跳ね、敵兵が次々と倒れる。
その間にもマリアの狙撃が援護射撃として飛んでくる。
「ヒナ、左側の岩陰に二人!」
「了解!」
俺はフラグを投げ、爆発と同時に飛び出す。
敵は吹き飛び、最後の一人をM9で確実に仕留めた。
あとは輸送車両のみ。
奪還成功と、変人の報酬要求
車両を確保し、周囲が静かになったのを確認してから、俺はマリアのもとへ戻った。
マリアはパラソルの下でアイスを食べながら手を振る。
「ヒナー! お疲れ!」
「助かった。あれがなきゃ時間かかってた」
「でしょでしょ? じゃあ、報酬ね」
「なんだ?」
「アイス一個でいい!」
「売れよそれは」
「じゃあ2ドルね!」
「最初から金取る気満々か」
俺はため息をつきながら、財布から2ドル渡した。
マリアは嬉しそうに、俺にバニラアイスを手渡す。
「ヒナ、砂漠で食べるアイスは格別よ?」
「まぁ、悪くねぇな」
「でしょ!」
アイスを食べながら、マリアは唐突に言った。
「また会えるといいわね、ヒナ」
「どうせまた砂漠で変なことしてんだろ、お前は」
「たぶんね!」
輸送車両を引き渡し、任務完了。
レヴィンは報告書を読みながら言った。
「マリアに会ったのか?」
「ああ。砂漠でアイス屋やってた」
「あいつは何者なんだ?」
「変人だが腕は確かだ」
俺は淡々と答えた。
(またどこかで出会うんだろうなあの変人とは)
砂漠の風の匂いが、なぜかふと蘇る。
そして俺は次の任務に向け歩き出した。
《砂嵐の救出》
新たな任務
レヴィンが机に地図を叩きつけるように広げた。
その顔は
いつもより重かった。
「陽菜。今回の任務は危険だ。敵は《ケルベロス・サークル》の前線部隊。最近、動きが活発だ」
「またか。で、ターゲットは?」
「彼らが奪った“暗号化データ”の回収だ。回収できれば国際レベルの紛争を防げる。単独潜入でいけるか?」
「問題ねぇよ。俺の得意分野だ」
「敵は今回、本気で警戒している。油断するな」
レヴィンの声は珍しく険しかった。
だが、俺は自信を持って頷いた。
「やるさ。俺を誰だと思ってる」
潜入開始
夜の砂漠に潜り込み、峡谷地帯の敵前線拠点に接近する。
M16A4を抱え、砂地を腹ばいで進む。
見張りは多いが、パターンは悪くない。
(左の巡回、二十秒ごと…右側は死角。突入しやすい)
俺は一息おき、闇へ飛び出した。
サイレンサー越しの短い銃声が二度。
巡回兵が静かに崩れる。
続けて後方から二名。
俺は岩陰から飛び出し、フォアグリップを握りしめ三点バースト。
パンッ、パンッ、パンッ。
(順調だな――)
そんな慢心が、後で俺の命を奪いかけた。
罠
データがある建物の裏手へ回った瞬間だった。
“カチン”
(トリップワイヤー!?)
俺が反応した時には遅かった。
背後から雷のような衝撃。
砂が跳ね、地面に叩きつけられる。
視界が揺れ、耳鳴りがした。
「確保! 生け捕りだ!!」
敵が一斉に押し寄せる。
俺は立ち上がろうとしたが、身体が動かない。
爆風で呼吸が乱れ、M16A4は手から落ちていた。
銃床で殴られ、意識が遠のく。
最後に聞いた声は――
「こいつが“陽菜”か…本部に連れていけ」
尋問
意識が戻った時、俺は椅子に縛られていた。
腕は後ろ手に拘束され、呼吸するだけで痛む。
(肋骨にヒビ入ってるな)
男が目の前に立ち、俺の顔を掴む。
「データの目的は? 所属組織は?」
「言うわけねぇだろ、バーカ」
拳が飛び、視界が白く弾けた。
続けて腹、脚、肩――
何度も殴られ、痛みで呼吸が乱れる。
だが、不思議と恐怖はなかった。
(俺は、こんなとこで終わるタマじゃねぇ)
男は苛立った声で言う。
「死ぬぞ、仲間は助けに来ない」
「俺に仲間なんか」
一瞬、脳裏に浮かんだ顔。
砂漠でアイス売っていた、あの変人スナイパー。(マリア)
(いや、来るわけねぇか。あいつは気まぐれだし)
俺は苦笑した。
処刑の準備
敵兵が俺を拘束したまま、外へ引きずり出した。
「ボス、処分しますか?」
「そうだな。こいつは危険すぎる。ここで始末する」
俺は地面に膝をつかされ、銃口を向けられた。
(終わりか?)
胸が軋み、身体は動かない。
M9もM16A4も、すでに取り上げられている。
敵兵が銃の安全装置を外した。
「さらばだ。」
その瞬間―
“銃声”が砂を裂く
ドォン!!
遠方から重く低い衝撃音。
次の瞬間、俺の目の前にいた敵兵の頭部が弾け飛ぶ。
「な…なんだ!? どこから撃って―」
ドォン!!
ドォン!!
敵兵が次々に倒れていく。
狙撃に迷いがない。
着弾が正確すぎる。
(TAC-338の音じゃねぇ。もっと重い)
敵が叫んだ。
「距離は…1800以上だ! 化け物か!?」
そして――
砂丘の上に立つ人影が見えた。
巨大な銃を肩に担いだシルエット。
(あれは…まさか―)
“変人スナイパー”マリアの帰還
砂嵐を切り裂きながら、
マリアがバレットM82A1を構えていた。
手を振りながら叫ぶ。
「ヒナーーーーッ!!迎えに来たわよーー!!」
「マリア」
(なんでお前ここにいんだよ!)
だが、敵の俺を処刑する予定はこれで完全に狂った。
マリアは引き金を引く。
ドォン!!
M82A1の圧倒的破壊力。
壁ごと敵兵が吹っ飛ぶ。
「囲め! 狙撃手を潰せ!!」
だが誰もマリアに近づけない。
近づく前に撃たれる。
そして――
マリアは銃を置き、TAC-338を背中から引き抜く。
「ヒナ倒したら許さないからね〜?」
砂丘の上から、彼女は笑っていた。
(相変わらず…とんでもねぇ女だ)
救出
敵が半壊したところで、
マリアは砂を蹴って駆け下りてきた。
「ヒナ!立てる!?」
「無理だ。肋が…折れてる」
「任せなさい」
マリアは俺の腕を回し、肩を貸してくれた。
その細い身体からは信じられない力が伝わる。
「なんで来た?」
「アイス売りの時、言ったでしょ?
“また会えるといいわね”って。
で、心配になって偵察してたら捕まってるの発見したの」
「偵察のついで感がすげぇな…」
「ついでじゃないわよ! 本気よ!」
マリアは怒りながらも笑っていた。
「ヒナを見捨てるわけないでしょ?
相棒じゃなくても、大事な仲間なんだから」
その言葉は、爆音より重く響いた。
救助地点まで辿り着く頃は、
俺は限界ギリギリだった。
「ヒナ、死ぬんじゃないわよ。
死んだら…アイス食べさせる相手いなくなるんだから」
「…そんな理由で助けに来たのかよ」
「他にもいっぱいあるけど、言わない」
俺はかすかに笑った。
「助かったよ、マリア」
「うん!」
マリアは満面の笑みを浮かべた。
砂嵐の向こうで、救援ヘリのライトが点滅している。
(また借りを作っちまったな)
胸の痛み以上に、
心の奥が熱くなるのを感じながら、
俺はゆっくりと目を閉じた。
退院の日
野戦病院のテントを出た瞬間、
俺は砂漠の乾いた匂いを胸一杯に吸い込んだ。
包帯はまだ胸に残り、呼吸すれば鈍い痛みが走る。
だが俺は歩ける。撃てる。動ける。
(戻ってきた)
医官は言った。
「本当はもっと休ませたい。でも、どうせ聞かないんだろ?」
「ああ。悪いな」
「まったく。死ぬなよ」
俺は無言でうなずき、
長く使い慣れたM16A4とM9を受け取った。
この瞬間、
“患者”だった俺は、また“傭兵”に戻った。
依頼の再開
基地の外れにある通信ハブで、
俺は久しぶりに連絡端末を起動した。
すると、一件の暗号化メッセージが届いていた。
【緊急依頼:単独潜入任務】
【標的:武装組織《オルテン・ライン》新拠点】
【報酬:高額】
【条件:サポートなし/発覚時は見捨てられる可能性あり】
(相変わらずだな、クソみたいな条件)
だが、任務が来ただけで十分だった。
(これで俺は、まだ“使われてる”ってわけだ)
俺は短く息を吐き、
装備を確認する。
・M16A4(MROサイト、レーザー、フォアグリップ)
・M9
・ナイフ
・最小限の弾薬
・鎮痛剤
・止血パック
(よし…行くか)
誰の助けもいらない。
俺は、また一人で闘えばいい。
オルテン・ラインの新拠点へ
標的は、砂漠地帯の奥に建設された武装組織の前哨基地。
小型無線塔、兵舎、弾薬庫…小さな拠点だが、武装は強い。
俺は夜の砂漠を歩いた。
星の光だけを頼りに、
包帯越しの痛みに耐えながら、
足跡を残さぬよう慎重に進む。
やがって拠点の灯りが見えた。
(警戒は薄い
内部の警備もローテーションが甘いな)
能力はあるが、慢心した組織によくあるパターンだ。
こういう敵は、静かに殺せる。
潜入
俺はナイフを抜き、歩哨一名を無音で処理した。
そのまま影に紛れ、第二歩哨の背後へ。
すると――
胸の古傷がズキッと痛み、足が一瞬もつれた。
(クソッ…まだ完全じゃねぇか)
その一瞬の遅れで、歩哨が振り返る。
「……!」
俺は飛び込み、口元を押さえて倒した。
心臓が早く鼓動している。
(焦りすぎだ。落ち着け、俺)
深呼吸し、痛みを抑えて進む。
接敵
弾薬庫前の通路に差し掛かった時だった。
“金属の擦れる音”
俺は瞬時に身を伏せた。
「待て! 誰だ!」
敵兵が三名、ライトをこちらに向けて照射してくる。
逃げ場所はない。
(撃つしかねぇな)
俺はM16A4を構え、
ライトの光を辿って三点射を放った。
一人倒れる。
二人目が遮蔽物に隠れ、反撃してくる。
弾が俺の頭上を掠め、砂が舞った。
胸骨が疼き、息が荒くなる。
(まだ早い…死ぬにはな)
俺は姿勢を低くして横へ滑り込み、
レーザーサイトで二人目の胸部を捉えて撃ち抜く。
最後の一人が逃げようとした。
それをM9で仕留める。
(やっぱ…この銃は信頼できるな)
M9の反動が、妙に懐かしかった。
標的破壊
弾薬庫にC4を設置し、
俺は外へ走った。
距離を十分に取ってから、起爆スイッチを押す。
夜空が真っ赤に輝き、
爆風が砂を巻き上げる。
(よし…これで任務完了だ)
そう思った矢先――
背後から銃声。
弾丸が肩を掠め、俺は砂に倒れ込む。
「…っ!」
まだ生き残りがいたか。
足音が近づく。
「侵入者を見つけた! 応援を――」
そいつの通信が終わる前に、
俺は砂に転がるM9を掴み、反射的に三発撃ち込んだ。
敵は倒れたが……
今の銃声で増援が来るのは時間の問題だ。
(やべぇな)
血が肩から流れている。
胸の傷も疼き、視界が揺れる。
(それでも…歩かなきゃ死ぬ)
俺は歯を食いしばり、砂の中を歩き出した。
孤独な帰還
夜明け前、
ようやく味方の地域に帰還した。
しかし、出迎えは誰もいない。
無線で任務完了を報告しても、
返ってくるのは素っ気ない通信のみ。
【確認した。報酬は規定通り支払う】
【以上】
(やっぱ、俺は必要最低限の“道具”か)
苦笑しながら基地に戻り、
俺は応急処置を受けた。
そして、ベッドに横たわりながら思う。
(仲間がいなくても、任務はこなせる。
だが――人間ってのは、案外脆いもんだな)
静かな病室の天井を見つめ、
俺は眠りに落ちた。
再び、孤独のまま。
だが――
俺は明日も戦う。
一人でも、誰に期待されなくても。
それが“黒崎陽菜”という傭兵だからだ。
新たな任務
砂漠の朝は、妙に冷たい。
俺は補給拠点の簡易オフィスで、新任務のブリーフィングを受けていた。
「標的は武装組織《グレイ・ヴァイン》の通信車両だ。破壊して帰還してくれ。単独での行動を前提としている」
「了解。細かいサポートは期待してねぇ」
「君はいつも期待してないだろう」
担当官は苦笑したが、俺は一言だけ返す。
「任務があればそれで充分だ」
この胸の傷、肩の古傷…どれもまだ完治はしていない。
だが、銃は撃てる。歩ける。潜れる。
(問題ないやれる)
そう言い聞かせ、俺はM16A4を背負って砂漠へ出た。
潜入
《グレイ・ヴァイン》の通信車両は、砂丘に隠すように停められていた。
周囲には兵士が三名。
(こいつらは緊張感がねぇな)
のんびり煙草を吸ってやがる。
俺は砂地を這い、距離を詰める。
まず、最も遠い歩哨をナイフで沈黙させ、
そこから一気に距離を詰めて残り二人に銃を向ける。
三点射。(さんてんバースト)
1秒もかからず終わった。
(さて、通信車両はどれどれ)
俺はC4を設置し、距離をとって起爆スイッチを押す。
轟音。砂が舞う。
(よし、任務完了だ)
俺は帰還ルートへ歩き出した。
砂丘の向こうの違和感
帰還中、不意に“妙な音”が聞こえた。
風ではない。
車両のエンジン音でもない。
もっと軽く…金属の細い震え。
(これは…狙撃銃のボルト音か?)
この砂漠で、そんな奴は限られてる。
俺は砂丘に登り、そっと身を乗り出した。
そこには――
信じがたいほど静かに息を潜めた女がいた。
薄い茶色のポンチョ。
風に揺れる黒髪。
そして、砂に完全に溶け込むような低姿勢。
マリアだった。
いつもの軽い笑顔はない。
代わりに、研ぎ澄まされた刃のような目。
(任務中か)
俺は息を殺して見守った。
マリアの“仕事モード
マリアの前方およそ900メートルの地点に、
《グレイ・ヴァイン》の車列が動いていた。
砂塵を上げながら、四台。
明らかに武装輸送だ。
マリアは微動だにしない。
風向き、気温、湿度……
その全てを計算しているように、砂の上で静止していた。
俺が物音を立てたら殺される、
そう思わせる緊張感。
(いつものアホみたいに砂漠でヨガしてる女とは別人だな)
そう苦笑しながらも、俺は息を呑む。
マリアがそっと指を動かした。
「uno」
スペイン語で小さく数える癖。
次の瞬間―
“TAC-338”の銃声が砂漠に響いた。
車列の先頭車の運転手が、その場で倒れた。
車体はコースを逸れ、他の車両と衝突する。
だが、マリアは動じない。
「dos」
もう一発。
後部座席のヘッドショット。
乗員が慌てて銃を構えるが、
マリアはすでに三発目の準備をしている。
「tres」
第三射。
敵の榴弾兵が爆ぜるように倒れた。
俺はただただ、見惚れていた。
(これが、本気のマリアか)
偶然の遭遇
全てを撃ち終えた後、
マリアはようやく体を起こした。
「Hina? そこにいるの、気づいてたよ。気配が変わらなかったから、撃たなかったけど」
「気づいてたのかよ。俺は完全に隠れてたつもりだったんだがな」
「ふふん、陽菜は足音がカッコよすぎるからすぐ分かる」
いつもの調子に戻るマリア。
さっきの冷酷な狙撃手が、嘘のようだ。
「お前…任務中は別人じゃねぇか」
「仕事中は真面目なんだよ、私は」
「いや、真面目ってレベルじゃ…プロ中のプロだろ」
俺がそう言うと、マリアは肩をすくめた。
「陽菜だって、いつも一人で任務こなしてるでしょ?
私は…その延長線。ちょっと銃が長いだけ」
「はっ。謙遜する奴ほど危ねぇってな」
マリアは笑った。
「褒めてくれた?」
「褒めてねぇよ。事実を言っただけだ」
だが、内心は違った。
(すげぇよ、お前は)
心から、そう思っていた。
帰還
マリアの任務は、どうやら車列の排除だったらしい。
「じゃ、陽菜。またね。私はもう一仕事して帰る」
「気ぃつけろよ」
「私に? ふふ、陽菜に言われたのは初めてだ」
いつもの調子で笑うと、
マリアは砂の向こうへ消えていった。
その背中を見送りながら、俺は呟いた。
「やっぱすげぇな、あの女。
ただの変人じゃねぇってのは知ってたが」
砂漠の風が吹き抜ける。
マリアの残した弾痕と、砂上に刻まれた足跡。
それは、“プロの仕事”の証だった。
(次の任務が楽しみになってきたな)
俺はM16A4を軽く持ち直し、
基地へ歩き出した。
砂漠の地平線は赤く染まり始めていた。
■『砂漠の縁で、狙撃手は笑わない』
珍しく依頼が途切れた。
ぽっかりと空いた時間が、街外れの砂漠へと俺を連れ出していた。
「今日は静かだ」
乾いた風が頬を撫でる。久しぶりに任務も無く、武器も最低限の護身用だけ。
いつもなら不安で落ち着かないのだが、今日は妙にゆったりしていた。
そんな折だった。
―乾いた砂をわずかに蹴り上げる、規則正しい足音。
俺は思わず砂丘の陰に身を伏せた。
その足音の主は、一度
見間違えようのない、あの変人スナイパー。
マリアだった。
だがいつもの奇行じみた言動は微塵もない。
今日は砂漠にアイスを持ってきてもいないし、ヨガもしていない。
完全な“任務モード”のマリアだ。
歩幅を一定に保ち、ライフルケースを背に、まっすぐ進んでいく。
その横顔は、鋭い。
「任務か」
俺は息を殺し、距離を保ったまま後をつけた。
マリアは気付いているはずだ。
だが、振り返らない。
まるで“見守る時間”を許してくれているようだった。
砂丘の中腹で、マリアが立ち止まる。
静かに、ライフルケースを開けた。
「今日の相手は、こいつか」
そのライフルは、バレットM82A1。
巨大な反動と重量をものともせず、マリアはゆっくりと膝を沈め、砂の上に寝そべる。
姿勢は無駄が一切ない。
深呼吸すら聞こえない。
砂漠の空気だけが静かに流れた。
そんな中、マリアが小さく呟いた。
「風、右から2。温度は…よし」
まるで計算すら不要と言わんばかりの、慣れた声。
俺は砂丘の影に伏せ、双眼鏡を構えた。
視線の先には──対岸の岩場。
そこに一瞬だけ、反射光が走る。
(スコープの反射…敵スナイパーか)
俺が気付くより早く、マリアは既に銃口を向け終わっていた。
■―静寂の決闘―
砂漠に、張り詰めた空気が満ちる。
マリアは完全に固まり、視線はスコープの奥へ吸い込まれている。
一方の敵スナイパーも動かない。
互いに相手の“呼吸”を待っているようだった。
俺の背中には、じっとり汗が滲む。
(撃つ気配がない…いや、“撃つ準備”をしているのか?)
敵の照準線が、じわりとマリアの方へ向いた気がした瞬間──
ドンッ!!!!
砂漠に重低音が轟いた。
マリアのM82A1が火を噴く。
ほぼ同時に、敵の隠れ家の岩壁が粉砕される。
僅かな砂煙が上がり、スコープの反射光がふっと消えた。
「一発」
マリアが呟く。
その声は、まるで今の一撃に何の感慨もないというように淡々としていた。
だが俺には分かった。
今のは、完全に“先に撃たせる前に撃つ”狙撃。
相手の位置、姿勢、照準の角度から、撃つ前の‘筋肉の動き’を読んだのだ。
つまり─
(化け物だ。やっぱり)
俺は息をするのも忘れていた。
マリアはゆっくり身体を起こし、砂を払った。
こちらに視線を向ける──かと思いきや、やはり見ない。
だが、その横顔は確かに微かに笑っていた。
「散歩日和だね、陽菜」
聞こえるような声量なのに、こちらを見る気配はない。
俺は砂丘の陰から姿を出さず、ただその背中を見送った。
マリアはライフルをケースに収め、再び砂漠を歩き始める。
いつもの奇行じみた態度ではなく、
ただ、寡黙で完璧なスナイパーの背中だった。
俺は呟く。
「すげぇよ、お前」
その背は、風に溶けるようにして消えていった。
夕暮れが砂漠を染める頃、俺はようやく立ち上がる。
「マリア。あの“任務モード”になる瞬間だけは、マジで尊敬する」
しかし同時に、
彼女が俺の存在に気付いていながら一度も振り返らなかった理由も分かっていた。
たぶん─
彼女にとって俺は“守る対象ではなく、見せておきたい誰か”なのだ。
「ま、いいか。…またどっかで会うだろ」
砂漠の風が吹いた。
その中に、ほんの僅かに聞こえた気がした。
「次はアイスでも持ってくるね」
気のせいかもしれない。
でも、そんな気がした。
俺は苦笑し、歩き出した。
いつかまた、あの変わり者の天才と出会うのだろう。
いや、きっとすぐだ。
■【マリア視点編】
『風を読み、気配を殺す者』
砂漠の風は嫌いじゃない。
ただ乾いているだけじゃなく、“音を消してくれる”からだ。
今日の標的は、組織が送り込んだスナイパー。
腕は良いと聞いていたが─砂漠では私が上だ。
ライフルケースを背負い、風の流れを肌で読みながら歩く。
遠くで、微かな気配。
(つけられてる)
振り返りはしない。
あの感じは敵ではない。
敵ならもっと粗く、もっと雑な気配になる。
これは──
「陽菜」
名前を呟いても、誰も答えない。
もちろん分かっている。
隠れて見ていることも、無用に警戒していることも。
私が彼女に言いたいのはただひとつ。
“任務中の私は、普段とは違う”ということを見せたいだけだ。
砂丘の中腹に着く。
ケースを開け、M82A1の重みを確かめる。
この重量が、私を落ち着かせる。
(風、右から少し。温度は上昇…空気密度、低め)
計算は頭でしない。
呼吸をすると体が勝手に答えを出す。
砂漠の先で、反射光。
(来た)
敵は既にこちらを見ている。
スコープ越しの“眼”が、こちらに触れるような感覚になる。
敵は射撃準備に入った。
肩の緊張、呼吸の変化、小さな砂の落ちる速度。
この距離でも分かる。
(撃つ気だ)
私は先に撃つ。
敵の引き金が動く“よりも前”に。
引き金を絞った瞬間、世界が一度だけ静かになる。
ドンッ──
反動と同時に、敵のスコープの反射が消えた。
「一発」
確認はいらない。
当たったと分かる感覚は、体に染みついている。
立ち上がる。
砂を落として歩き出す。
背後の砂丘に潜む陽菜が、息をひそめているのがわかる。
振り返るつもりはない。
任務中だけは──彼女に“別の私”を見せておきたいから。
風が吹き、砂が舞う。
私はただ歩いた。
「散歩、日和だね」
届くかどうかも分からない声で、そう呟いて。
■【敵スナイパー視点編】
砂漠に潜む影
今日の任務は一つ。
“マリア・デルガドを仕留めること”
名前だけなら何度も聞いた。
砂漠の狙撃手。天才。怪物。
どれも誇張だと思っていた。
だが、狙撃手には“勘”がある。
その名を聞いた瞬間、背中に冷たい感覚が走ったのも事実だった。
岩陰に陣取り、砂に溶けるように身を伏せる。
スコープを覗くと、遠くに人影。
(あれが標的か)
風は弱い。撃ちやすい。
距離はおよそ1800メートル。
遠いが、届かない距離ではない。
呼吸を落とす。
脈拍が遅くなる。
スコープ越しに見える女は、緩やかに歩いていた。
…妙だった。
隙がない。
砂漠にいるのに、周囲の空気がまったく揺らいでいない。
(やりにくい…この距離でこの存在感の薄さか)
風が変わる。射撃のタイミングだ。
呼吸を止め──引き金へ指をかける。
その瞬間だった。
こちらの“準備”を読まれた。
いや、読まれたというより、気配を吸われた。
相手が僅かに動いた気がした。
(なんだ? こいつ…)
引き金を引くより早く──
轟音。
視界が白く弾けた。
スコープの向こうにいた女が、まっすぐこちらを撃ち抜いた。
かすかに反動で揺れる彼女の髪が一瞬見えた。
(嘘だ……引き金すら……)
声が出ない。
意識が霞む。
最後に見えたのは、砂漠に沈む夕日ではなかった。
“眼”だった。
こちらを見ているようで、何も見ていない、獣のような“狙撃手の眼”。
そして、すべてが闇に落ちた。
『砂を裂く弾道の向こう側』
任務自体は、簡単だった。
いや、簡単に“終わったように見えただけ”か。
俺はM16A4を背から前に回し、呼吸を整える。
砂漠の小さな前哨拠点を叩き、データ端末を回収し、撤収。
それだけのはずだった。
だが、撤収ポイントに向かう途中――背中に“嫌な風”が吹いた。
敵の増援だ。
「つけてきたかよ」
振り返ると、砂煙の向こうに複数の影。
最初は十人程度。
だが数分でそれが二十、三十と増えていった。
(どっから湧いてくる)
M16A4のMROサイト越しに覗くと、全員がフル装備の武装兵だ。
砂漠にこれだけの数を出せる組織
今回の敵は、見た以上にデカい。
撃つしかない。
俺は岩陰へ身を滑り込ませ、マガジンを確かめる。
(残り…ひと目でわかる、少ない)
正確には、フルマグ1本と半分だけ。
対して敵は、何十人もいる。
(逃げ切るか、殺し切るか…タフな選択だな)
投げ捨てられた選択肢は一つだった。
“生き残る”だ。
■戦闘開始
M16A4を構え、砂を蹴る。
バースト射撃で敵の先頭を倒し、即座に位置移動。
同じ場所に三秒もいれば、蜂の巣にされる。
射線を切りながら撃ち、撃ちながら走る。
砂漠の地形は少ない遮蔽物しかない。
岩の影、砂丘のくぼみ、倒れた通信塔の残骸―
使えるものはすべて使った。
だが敵は止まらない。
声を上げ、指揮を取り、包囲しようとしてくる。
「チッ…くそ器用な動きしやがって!」
俺はM9を抜き、突撃してきた敵の喉を一発で撃ち抜き、
落ちたマガジンを無意識に回収しながら走る。
(無駄弾を嫌う反射だ…性分だな)
それでも数は減らない。
撃っても撃っても、砂漠の地平線から黒い影が湧いてくる。
そしてついに――
M16A4の最後のマガジンが、カラになった。
カチン。
乾いた金属音が、鼓膜に冷たく響く。
「終わりってわけか」
だが、笑った。
こういう状況に慣れすぎたせいだ。
M9を握り直す。
最後の弾で何人落とせるか――
計算しながら走る。
(五、六…いや四人か)
だが、敵はまだ二十以上いる。
撃ち合いになれば秒で終わる。
その瞬間だった。
ズドンッ──!
空気が裂かれる。
高密度の圧が、数秒遅れで頬を撫でた。
一拍遅れて、敵兵の頭が弾け飛ぶ。
「は?」
敵ではない。
これは――
狙撃だ。
しかも、とんでもない距離からの。
二発目。
また一人倒れる。
三発目。
次の瞬間、四人まとめて倒れた。
敵がパニックを起こす。
「スナイパー! どこだ!?」
「見えねぇ! 位置がわからねぇ!」
「退避しろッ!!」
わかるものか。
こんな射撃ができる奴は、一人しかいない。
俺は顔をしかめる。
「また助けられたのかよ」
だが姿は見えない。
方向すらつかめない。
狙撃位置も距離もゼロだ。
ただ、砂漠のどこかで引き金を引いている“あいつ”がいる。
弾丸が降るたびに、敵が消えていく。
まるで砂が人を呑み込むように。
五発、六発、七発。
そのすべてが命中していた。
敵はついに戦意を失い、散り散りに逃げ始めた。
ほんの二分足らずで、数十人の追っ手が壊滅した。
砂漠に静寂が戻る。
俺はM9を収め、深く息を吸った。
「姿くらい見せりゃいいのに」
もちろん返事はない。
風だけが吹いている。
変人スナイパー。
凄腕。
気まぐれ。
助けるときも、理由を言わない。
でたらめな女だ。
でも、助かった。
「礼くらい言わせろよ、マリア」
声に出しても、砂漠に吸い込まれて消えるだけだ。
俺は身体の砂を払い、また歩き出す。
一人で。“一人だと信じているふり”をしながら。
『砂を裂く弾道の向こう側 ― その時、何が見えていたか』
【マリア視点】
砂漠の熱は、太陽が沈んでも生きている。
空気の底に溜まった熱気が、夜になっても消えない。
だけど私は、それが嫌いじゃない。
砂漠は静かだから。
息づかいひとつでも、銃声ひとつでも、全部よく聞こえる。
TAC-338じゃなく、今日はM82A1を使う日だった。
風が弱い。視界がクリア。距離はどうにでもなる。
(さて…今日は“どんな獲物”が歩くのかな)
私は砂丘の上に伏せたまま、ただ風の音を聞いていた。
そのときだった。
砂を払いながら走る足音が、距離1.7キロ地点から微かに届く。
ひとり。
それを追う集団が…二十、いや三十以上。
(ふぅん…あの走り、あの足運び)
薄闇を透かす熱線スコープに、“あの子”が浮かんだ。
黒髪を振り、無駄のない低い姿勢。
M16A4を握りしめ、砂を蹴って逃げる影。
(……陽菜)
久しぶりに見たその背中は、砂漠の動物みたいに鋭い。
だけど――追っ手が多すぎた。
(あの数を一人で…まあ、あの子ならやるけどね)
でも、弾が少ない。
目で見てわかった。
癖を知っているから。
(んー…助けるつもりはなかったんだけど)
私はスコープを覗き、息をひとつ吐いた。
敵が陽菜を囲いにかかる。
指揮官らしき男が手を振る。
(囲むのはいいけどね。
“砂漠で囲む”ってのはね、馬鹿のすることだよ)
狙撃手の目からは丸見えだ。
風は南南東。
弾道は3ミリ落ちる。
照準補正完了。
「…行くよ」
**ズドンッ。**
1発目で指揮官の頭が砕けた。
敵が混乱する。
その間に2発目を送る。
距離は1.8キロ。
余裕。
「熱線の影が……下手だなぁ」
3発目、4発目、5発目。
すべて命中。
陽菜の周囲が一気に静かになる。
(やっぱり……助けたくなる子だよね、あんたは)
陽菜が遠くで立ち止まり、わずかにこちらを振り向いた気がした。
気のせいだ。
私の位置はわからないはず。
だけど――
(“ありがとう”って聞こえた気がするな)
銃声が止んだ。
私はM82A1を抱えて、砂丘を静かに下りた。
会わない。
話さない。
近づかない。
だけど――
(またどこかでね、陽菜)
砂漠の風が小さく笑った。
【敵視点】
最初は、ただの逃走者だと思った。
女一人。
武器も多く見えなかった。
――だから舐めていた。
「囲め! 逃がすな!」
二十人以上で追っているのに、やけに距離を詰められない。
射撃は正確、動きは素早い。
まるで獣に追い回されている気分だった。
だが、それでも数で潰せばいい。
そう思った矢先――
ズドンッ。
目の前の兵士の頭が消えた。
「ッ!? 何だ今のは!?」
敵ではない。
距離がありすぎる。
二発目。
今度は右側の兵士が胸を撃ち抜かれた。
「スナイパー!? どこだ!?」
だが、誰一人として方向を言えなかった。
風も、砂も、匂いすら“変化がない”。
方向がまったくつかめない。
これは…素人の狙撃じゃない。
戦場を知りすぎた“化け物”だ。
「退避――」
言いかけた瞬間、三発目、四発目、五発目が連続で仲間を貫いた。
味方が次々と倒れる。
悲鳴も出せないほど、急で、正確で、冷たい。
「ど…どこから撃って――」
答えは出ない。
見つける前に死ぬからだ。
一瞬だけ、気づいた。
この射撃は、“陽菜を狙っていない”。
彼女の背中のすぐ手前を狙って、追ってくる者だけを削っている。
まるで――
陽菜の背中だけを、誰かが守っているようだった。
最後に見たのは、膝から崩れ落ちる仲間と、砂漠に走り去る女の背中。
そして――
砂に響く、遠すぎる狙撃音。
そこまでだった。
『砂の地平、二つの影』
◆新たな契約
マリアには珍しく、緊張の色があった。
砂漠の朝焼けに照らされた崖の上で、TAC-338を丁寧に構える。
(風速は……3.1。温度差は抑えられてるわね)
依頼内容は明確だった。
東部砂漠地帯を牛耳る武装カルテルの幹部暗殺。
防衛は固く、警備人数は不明。
狙撃手としての腕を最も試されるタイプの任務。
マリアはスコープを覗きながら、舌打ちした。
「あんたら、めんどくさい場所に隠れるの好きよねぇ」
山腹の廃坑道を改造した前線拠点。
入口は狭く、周りは開けていない。
“狙撃手泣かせ”の地形。
普通なら、この距離からの狙撃は不向きだった。
だが――
(だからこそ、燃えるのよね)
マリアの指が、静かにトリガーへと添えられる。
◆陽菜にも新たな任務
俺にも新しい依頼が来ていた。
南部国境沿いの物資倉庫へ潜入し、
武装組織が密かに運び込んだ兵器の情報を奪う任務だ。
単独任務。
適任は俺だろう。
M16A4のMROサイトを調整し、M9を腰に収める。
「さっさと終わらせるか」
夜間に滑り込み、見張りを二人サイレントで落とし、
倉庫に流れ込んで内部データを抜き取る。
運良く、増援と鉢合わせることもなかった。
(今回は…やけに順調だな)
撤収ポイントへ向かう途中、俺は思わず眉を上げた。
遠く、砂漠の山の上から薄い“殺気”が風に乗って流れてきた。
(マリアか?)
だが、確信は持てない。
あいつの気配は読みにくい。
分かるのは、“スコープの奥が光っているような気配”だけ。
俺の任務は終わった。
しかし――好奇心が勝った。
(覗くくらい、いいだろ)
俺は砂丘を伝い、マリアの任務現場が見える位置へ移動した。
◆マリアとTAC-338の遠雷
マリアはすでに射線を決めていた。
廃坑道の入口に、護衛数名。
その奥の影に、標的となる幹部。
(距離1,950メートル…影の揺れ方で“位置”は割れる)
TAC-338のボルトを静かに閉じる。
「さて…あんたの人生、ここで終わりよ」
息を止め――
パァン。
乾いた音が空気を割り、
数秒遅れて護衛の一人が崩れ落ちた。
警戒する敵。
しかし、方向は掴めていない。
マリアは迷わず二発目を送る。
スコープ越しに見える敵の動揺。
指揮が乱れ、標的が坑道奥へ逃げ込む。
「逃げ込むのはいいけど…その影、丸見えよ」
激しい息の中に、確実な自信があった。
三発目。
反響しない、静かな落下。
それが“終わり”だった。
標的の頭を貫いた弾は、壁にめりこんで止まっていた。
「…Contract complete.」
静かにボルトを引き、薬莢を排出する。
あとは撤収するだけ――のはずだった。
◆陽菜、見守る側へ
岩陰から、俺はマリアの姿を睨むように見つめていた。
(やっぱり…すげぇな)
あの距離、あの地形、あの陰影で標的を撃ち抜く。
普通の狙撃手なら言い訳して撤退するレベルだ。
マリアは淡々としていた。
仕事中の奴は、別人のように静かで、冷たい。
いつも砂漠でヨガしたりアイス売ったりしてる変人と同じとは思えない。
(やっぱ、戦う姿だけは尊敬しちまうな)
だが俺は近づかない。
声もかけない。
いつも通り――“見守るだけ”。
マリアは気づいているかもしれない。
風の流れに紛れた俺の気配。
そもそも、気づかないわけがない。
それでも、あいつは振り返らなかった。
(相変わらずだな、あの女…)
俺はM16A4を背負い直し、マリアとは逆方向へ歩いた。
◆撤収、そしてすれ違う二人
マリアは撤収の準備をしながら、
ふと、砂丘の向こうに一瞬揺れる黒い影を見た。
(あれは…陽菜ね)
知っていた。
最初から気配でわかっていた。
「見守ってくれるのはいいけど…声、かけてくれてもいいのに」
笑みを浮かべながらも、視線は真っ直ぐ地平へ――
陽菜が去った方向へ伸びていた。
「ま、いいわ。
どうせまたどこかで会うでしょうし」
TAC338とSIG MCXを背負い直す。
彼女は砂の中に消えた。
陽菜は夜の砂漠を歩きながら、呟く。
「あいつ、また無茶な距離から撃ってやがったな」
しかし、どこか安心していた。
敵も、依頼も、世界も変わり続ける。
だが――
砂漠のどこかには、あの変人スナイパーがいる。
そして今日も二人はすれ違う。
会わないまま、互いを知っていて、
互いに“気づかないフリ”をしながら。
砂は静かに、その足跡を消していく。
■陽菜視点
『SIG MCXの理由』
退院してから、俺はまた単独任務ばかりだった。
慣れているとはいえ、やっぱり身体には疲労がたまる。
そんなある日の午後――
砂漠の補給ステーションで、偶然マリアの噂を耳にした。
「デルガドの姉御、また装備を増やしたらしいぜ」
「次は近距離用に SIG MCX とかいうやつ持ってったってよ」
俺は目を瞬いた。
(あいつがアサルト系?)
スナイパーであるマリアにとっては異例の選択だ。
興味が湧いた。
任務帰りに、いつもの砂丘の縁を回ってマリアが使う高台を覗いてみる。
そこに奴はいなかったが、
砂の上に、SIG MCX の独特の細いストック跡が残っていた。
(確かに持ってきてる…)
その瞬間、嫌でも知りたくなった。
あの女がアサルトウェポンを欲する理由なんて、
普通じゃない。
その翌日。
俺はまた任務で砂漠帯に入り込んでいた。
作戦を終えて撤収中、
遠くの岩陰で金色の反射を見た。
(スコープの反射)
マリアだ。
奴は気づいているはずだ。
だがこちらを見ることもしない。
いつも通りだ。
それでも、俺は話しかける機会を作るべきだと思った。
◆マリアの独白を“偶然聞く”
岩場を回り込んだ時だった。
向こう側から、マリアの声が微かに聞こえた。
通信だ。
相手は彼女のクライアントだろう。
『 MCX の使用感は?』
マリアの声は、任務中の冷たいトーンだった。
「悪くないわ。
前みたいな、近距離の不意打ちにも対応できる」
俺は動きを止めた。
(前みたいな?)
マリアは続けた。
「あの時みたいにね。
仮に、誰かがまた拷問されてたり、捕まってたりしたら…
間に合わない距離から眺めてるだけなんて、もう嫌だから」
息が詰まった。
「だから導入したのよ。
遠距離だけじゃ救えない場面があるって
身に染みたから」
言葉の意味は、痛いほど分かった。
俺の胸の奥が熱くなる。
(あの時のことを、まだ引きずってんのか)
俺が捕まって、拷問されて、
ギリギリのところでマリアに助けられた日のことだ。
奴はあのとき、遠距離から全てを見ていた。
間に合わなかった時間も、俺の苦痛も。
それがマリアの中に刺さったままだったのだ。
通信相手が言う。
『気にする必要はない。プロの狙撃手だろう?』
マリアが静かに返す。
「プロよ。
でも…助けたい相手を助けられない距離ってのは、嫌いなの」
そこで通信は切れた。
俺は気配を殺したまま、岩陰から動けなかった。
◆マリアの背中
マリアは荷物をまとめ、SIG MCX のボルトを軽く引いて確認した。
「まあ、これで少しはマシになるでしょ」
風が吹き抜ける砂丘を背景に、
彼女は遠くを見つめていた。
俺がいる方向。
だが、やっぱり気づかないふりだ。
(相変わらず、そういうとこだけは優しいんだよ)
マリアはスナイパーだ。
狙撃手のまなざしは、冷たくても残酷でもある。
だが――
根っこは、誰よりも他人に優しい。
それを俺は知っている。
SIG MCX の導入理由は、
戦術ではなく、
“悔い”と“誰かを救いたいという感情”だった。
「バカだろ、あいつ」
呟きながらも、
気づけば俺は笑っていた。
基地へ戻る途中、
俺は背中に感じたスコープ越しの熱を振り返ることなく歩いた。
遠くの尾根で、マリアは静かに伏せていた。
近距離戦闘用のMCXを横に置き、
まるで俺の背中を護衛しているように見えた。
あいつは言わないだろう。
理由も、感情も、後悔も。
だから——
俺も声はかけない。
(ありがとう、マリア)
心の中でだけ、そう呟いた。
砂漠の風が、SIG MCX の金属音を微かに運ぶ。
その音は、
どこかあいつの“決意”みたいに聞こえた。
■陽菜視点
『MCXの真価』
任務帰り、俺は灼熱の砂漠を一人歩いていた。
補給ポイントを外したのはミスだったが、地形の勘には自信がある。
(あと2キロで小さな廃村だ。そこで一泊するか)
そう思っていた矢先だ。
砂丘の向こうで、重い爆発音が響いた。
「ロケット?」
砂が盛大に舞い上がり、火柱が上がる。
あきらかに“作戦”の匂いがした。
俺はM16A4のセレクターを指先で触りながら、音の方向に向かった。
(規模がデカい…PMC同士じゃないな)
距離が縮まるにつれ、断続的な銃声。
それだけではない。
——単発の、鋭い銃声。
——そして、その直後に起こる、遠距離からの肉塊の弾ける音。
俺は息をのんだ。
(スナイパーがいる)
さらに近づいた瞬間、耳が覚えている音が響いた。
パァンッ!!
高威力の .338 の銃声。
TAC-338 の音だ。
(マリア)
直感で理解した。
もう一発。
もう二発。
そのどれもが一撃で敵の頭蓋を砕いていく。
俺は岩陰に身を隠し、状況を偵察した。
◆マリア、包囲される
砂漠の廃村。
建物の屋根に伏せた黒い影—マリアだ。
TAC-338 を構え、群がる兵士たちを次々と落としている。
敵は十数人。
しかも重装備、動きが統制されている。
(あの女、なんで単独でこんなとこにいんだよ)
遠距離からは完ぺきな制圧。
だが、敵は散開しつつ、少しずつ建物に近づいていた。
そして
「スモークだ!」
敵が大量のスモークを建物の周囲に投げ始めた。
白い煙が一気に視界を奪う。
スナイパーとしての優位は完全に失われた。
屋上にいるマリアの姿も見えなくなる。
(まずい…近接戦だ)
敵の距離が近い。
下手をすれば包囲される。
そこまで把握した次の瞬間——
マリアのシルエットが煙の中から跳び下りた。
そして、その両手にあったのは——
スナイパーライフルではない。
SIG MCX。
黒い砂漠に溶け込むタクティカルモデル。
短いバレル、握り込んだアングルフォアグリップ。
まるでマリアのために作られたような軽さと鋭さ。
「行くわよ…!」
マリアの声は、冷たいが、どこか楽しげだった。
◆MCXの本領
近距離に入ったマリアは、迷いが一切ない。
ダダダダッ!
MCXの5.56mmが砂煙の中に雷のように走った。
反動制御は完ぺき。
銃口はブレず、確実に敵のヘルメットを撃ち抜く。
1秒で3人。
呼吸をずらさず、続けざまに2人。
腰だめ撃ちですら、生体センサーがあるように正確だった。
「はえぇな、おい」
思わず俺が呟くほどの速度だ。
彼女は煙の中を流れるように移動し、
建物の壁を使って角撃ちし、
敵の射線のわずかな隙間に自分の弾を差し込んでいく。
スナイパーの動きじゃない。
特殊部隊の CQB オペレーターの動きだ。
敵の一人がマリアに肉薄した瞬間——
彼女は即座に切り替えた。
タタン!
胸と頭に2発。
完全な教科書通りのダブルタップ。
「距離を詰めるのは悪手よ、アミーゴ」
冷たい声が砂に溶ける。
◆援護に入るか迷う
(マリア一人で十分じゃねぇか)
そう思うほどだった。
敵は次々に崩れ落ちる。
包囲が逆にマリアを囲んだ死体の山に変わっていく。
だが、後方から別の部隊が現れた。
重装甲。
ショットガン持ちもいる。
(クソ、数が多い)
マリアの表情が少しだけ険しくなったのが見えた。
その瞬間、俺の指はM16A4のセレクターをセミに倒していた。
(助けるしかねぇか)
俺は岩陰から飛び出し、
マリアの死角の敵へ正確に射撃した。
パパパッ!
3人が即座に崩れた。
マリアが気づき、ほんの数ミリだけ顔をこちらへ向ける。
だが声をかけてこない。
いつも通り、“気づかないふり”だ。
(はいはい、分かってるよ)
俺が援護射撃で敵を削り、
マリアはMCXで動き回って戦線を押し返す。
その呼吸が妙に合う。
協力しないふりで、完璧に連携していた。
◆戦闘終結
最後の敵が逃走を試みた瞬間、
マリアはMCXを肩付けし、引き金を軽く引いた。
パンッ。
まるでスナイパーのような単発射撃。
200メートル先の敵の後頭部を正確に撃ち抜いた。
「ふぅ」
マリアはMCXを肩から下ろした。
汗が砂に落ちる。
俺が近づくと、彼女はいつもの調子で軽く笑った。
「ねぇ陽菜。
見てた?」
「まあな」
「どう? MCXの実戦運用」
「動きすぎて、弾道が見えねぇよ」
マリアは少し誇らしげに笑った。
◆MCXの理由、再確認
「遠距離だけだと…守れないからね。
あたしの性格上、じっと見てるだけなんて無理なのよ」
「前のこと、か?」
「さぁ、何のことかしら?」
またそれだ。
大事なことを誤魔化す時の声。
だが俺は追及しなかった。
マリアはMCXを軽く撫でた。
「これ、あたしの“もう後悔したくない”って気持ちなのよ」
「変わんねぇな、お前は」
「陽菜もでしょ?」
返す言葉がなかった。
砂漠の夕日が、MCXの金属に反射した。
その光は、マリアが背負う決意そのものに見えた。