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「昨日の夜の、ヘリコプター見た?」ミンは興奮しながら、窓越しの巨大なビルを見上げた「ウチの方角から考えて、この学校の辺りだったんだよ」マチコはミンの話を、身を乗り出して聞いている。健太は二人を、腕組みしながら見ている。ミンによれば、政府のヘリがダウンタウン上空を旋回していて、光を一箇所に落としていた。それはUFOから宇宙人が地上に降り立ったのを目撃したという、ある住民からの通報から始まった。政府は迷子になった宇宙人を、一般市民にこの事実が知れ渡る前に探し出そうと、血まなこになっていたのだという。たぶん警察が、フリーウェイを逃げる罪人の車を、上空から追跡していただけに違いない。ミンとマチコにとって、まだこの街は外国の大都会なのだろうか。今こうして三人で同じカフェテリアの同じテーブルを囲んでいるこの一瞬さえ、彼らにとっては夢の中のひとときなのだろうか。もしそうなら、あの排気ガスに黒ずんだ夕暮れを、鮮やかにくすんだ夕日として記憶していくのだろうか。
「そういえばミン、最近他いかないね」
マチコが突然、健太に話を振った。健太は組んだ腕をほどいて、ラテン人達と付き合った方が、俺らと話すよりもよっぽど楽しいと思うけどね、と答えた。一拍置いて「俺ら」にマチコも入ってしまったことを後悔した。幸い、彼女に気を悪くした様子は見えなかった。マチコは黒いセーターのほつれた袖口を指で隠しながら、昨晩スーパーで居合わせた見知らぬ白人のおばさんから割引クーポンをもらった話を始めた。その中に、日本食のおでんの具が入っていたという。スシ、テリヤキは知ってても、白人はおでんなんて知らないよ。そりゃクーポンも余るだろう、と健太は笑った。
「一体、何の話してるの?」
日本語の二人の間に、ミンが首を伸ばした。
「別に、たいしたことじゃないさ」ミンに英語で答えてから、マチコに日本語で言った「ちょっと思いついたんだけど」きっとミンは楽しいからここにいるわけじゃない。文化が違い過ぎて何でも言葉にしないと分かり合えない南米人よりも、全て言葉にしなくても通じ合える自分達アジア人といた方が、落ち着くからじゃないか。
マチコはうーん、と言った。
「でも、どうしてそう思うの?」
「だって、こうしてここにいるじゃないか」
マチコは、そうかもしんないねと言った。
「そうだ、今夜ツヨシのアパートへ行こうよ」ミンが言った「ケンタ君、君の車で、三人で行こう」
健太はマチコの顔を見た。彼女は戸惑いの表情を浮かべている。
「でも」健太はカフェテリアの窓から、明かりの灯りはじめた高層ビルを見上げた「今頃急に行って、その人は大丈夫なのか?」
「大丈夫。彼は一人暮らしなんだ」
「でも、連絡一本くらい入れないと。向こうにも都合ってものがあるし」健太はもう一度、マチコの方を見た。彼女はそうそう、と首を上下した。
「ツヨシは電話持ってないんだ」ミンは両肩をあげた。