テラーノベル
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午後二時。
捜査一課の会議室には、
朝から続く事件の資料が並べられていた。
ホワイトボードには被害者の情報。
発見場所。
死亡推定時刻。
監視カメラの映像。
そして、現場から回収された証拠品。
その中に、一枚だけ妙に目立つ写真があった。
蝶。
現場周辺に大量発生していたものだ。
「……以上が、現在までに分かっていることです」
小宮が資料を読み上げる。
「被害者は男性、四十七歳。会社員。現時点で前科や大きなトラブルは確認されていません」
「家族構成は?」
低い声が飛んだ。
「妻と娘が一人です」
「交友関係」
「現在確認中です」
「死亡原因は?」
「鑑識からは、毒物による中毒死の可能性が高いと」
小宮が答えたところで、部屋の奥から声がした。
「可能性じゃない」
全員がそちらを見る。
「鑑定結果が出るまでは、断定するな」
黒いスーツ。
短い黒髪。
鋭い目。
長身の男が資料を見下ろしていた。
黒崎玲司(くろざき れいじ)。
警察幹部であり、
今回の捜査を指揮する立場にいる男だった。
「失礼しました」
小宮がすぐに訂正する。
「現時点では、中毒死の可能性が高い、です」
「よし」
黒崎は資料を机に置いた。
そして、会議室の反対側を見る。
「神代」
「はい」
「昨日の廃屋」
「調べました」
「報告しろ」
朔夜は立ち上がった。
「現場からガラス瓶を一つ回収。内部に青色の液体が残っていました」
「鑑定は?」
「まだです」
「他には?」
「水路から紙片を一枚。『蝶は、死んだ場所を覚えている』と書かれていました」
会議室が静かになった。
黒崎は表情を変えない。
「その紙は?」
「鑑識に」
「文章の筆跡鑑定を」
「依頼済みです」
「よし」
そこで黒崎は、朔夜をまっすぐ見た。
「廃屋へ行った理由は?」
「蝶を追いました」
「……蝶?」
#ゲーム部屋
(株)姫神V
52
586
#曲パロ
玲奈
148
橘が小さく吹き出した。
「神代、正直すぎるだろ」
朔夜は橘を見る。
「事実だからな」
「いや、そうだけど」
黒崎は笑わなかった。
「神代」
「はい」
「単独行動は控えろ」
「……」
「聞こえたか」
「聞こえています」
「なら返事をしろ」
「……分かりました」
黒崎は少しだけ目を細めた。
「お前の勘が当たることは知っている」
朔夜は黙っている。
「だが、それと単独行動が許されることは別だ」
「承知しています」
「本当にそう思っている顔じゃないな」
橘が吹き出した。
「ぷっ……」
「橘」
「はい」
「笑うな」
「はい」
黒崎はため息をついた。
「今回の事件は、まだ何も分かっていない」
机の上に、一枚の写真が置かれる。
青い染み。
その隣にある蝶の羽。
「毒物が何なのか」
次に、被害者の写真。
「誰が被害者を狙ったのか」
そして。
蝶の写真。
「なぜ現場に蝶が集まっているのか」
黒崎は写真を一枚ずつ見た。
「全部、調べろ」
「はい」
全員が返事をした。
会議が終わり、刑事たちがそれぞれ動き始める。
朔夜も資料をまとめていた。
その横に黒崎が立つ。
「神代」
「何ですか」
「昨日、廃屋で何を見た」
「……人影です」
黒崎の目が変わった。
「詳しく話せ」
「窓の向こうに、一瞬だけ」
「顔は?」
「見えませんでした」
「服装」
「それも」
「なら、人影があったという事実だけを報告書に書け」
「……はい」
「見間違いの可能性もある」
「分かっています」
「お前は一度気になったものを追いすぎる」
「それも分かっています」
黒崎はしばらく朔夜を見た。
「ならいい」
それだけ言って、歩き出す。
数歩進んだところで、黒崎が止まった。
「神代」
「はい?」
「今日は帰れ」
「まだ調べることが――」
「帰れ」
「ですが」
「命令だ」
朔夜は黙った。
黒崎は振り返らない。
「昨日から寝ていないだろ」
「……」
「図星か」
「少しだけです」
「その『少し』が信用できない」
橘が横から口を挟む。
「黒崎さん、こいつ昨日からほとんど何も食べてないですよ」
「橘」
「事実だろ?」
朔夜は黙る。
黒崎は一度だけ目を閉じた。
「……小宮」
「はい!」
突然呼ばれ、小宮が背筋を伸ばす。
「神代が帰るまで資料を持つな」
「え?」
「仕事をさせるな」
「分かりました!」
「ちょっと待ってください」
朔夜が口を挟む。
「俺はまだ――」
「帰れ」
「……」
「神代」
黒崎が振り返る。
「事件は逃げない」
その言葉に。
朔夜は何も言い返せなかった。
やがて、黒崎が会議室を出ていく。
橘が朔夜の肩を叩いた。
「諦めろ」
「……分かってる」
「珍しいな。素直じゃん」
「うるさい」
朔夜は資料を閉じた。
その頃
鑑識課では。
澪が一人、顕微鏡を覗いていた。
「……やっぱり」
回収された黒い粒。
その正体を調べている。
植物の種子ではない。
少なくとも、一般的な植物のものではなかった。
澪は資料をめくる。
「これ……」
植物図鑑。
毒物資料。
生物資料。
何冊も並べていく。
だが、完全に一致するものがない。
「おかしい……」
そこへ小宮が入ってきた。
「白瀬さん」
「小宮さん?」
「神代さんから預かった資料です」
「ありがとうございます」
「何か分かりました?」
「まだです」
澪は黒い粒を見る。
「ただ、これが毒そのものなのか、それとも毒を作るための何かなのか……」
「毒を作る?」
「可能性の話です」
澪は慎重に言った。
「この粒から毒性が出ているのか。それとも、別のものと組み合わせて毒になるのか」
「なるほど……」
「まだ分かりませんけどね」
その時。
鑑識室の窓に何かがぶつかった。
コン。
二人が振り返る。
窓の外。
一匹の蝶がいた。
「……また」
小宮が呟く。
蝶は窓に止まったまま動かない。
澪は少しだけ眉を寄せた。
「この季節に、こんなに蝶が……」
窓の外では風が吹いている。
蝶は飛び立った。
しかし。
どこかへ行くのではなく。
建物の壁に沿って、ゆっくり上へ向かっていった。
「……小宮さん」
「はい」
「この事件」
「はい」
「やっぱり、普通じゃないかもしれません」
その日の夜。
神代朔夜は自宅にいた。
部屋は暗い。
明かりもつけず、ソファに座っている。
眠るつもりだった。
だが。
眠れない。
頭の中に、今日の光景が浮かぶ。
蝶。
青い液体。
黒い粒。
廃屋。
そして、窓の向こうの人影。
「……」
朔夜は左手の腕時計を見る。
古い時計。
針は静かに進んでいる。
そのとき。
窓の外から。
何かが落ちる音がした。
カタン。
朔夜は立ち上がった。
カーテンを開ける。
外には誰もいない。
ただ。
ベランダの床に、一匹の蝶がいた。
黒い羽。
青白い模様。
朔夜はしばらく見つめた。
「……お前」
蝶は動かない。
そして。
朔夜は気づいた。
蝶のすぐ横に。
小さな青い染みがある。
ほんの一滴。
床に落ちた青い液体。
朔夜の表情が変わった。
「……どういうことだ」
蝶が羽を広げる。
そして、夜の闇へ飛んでいった。
朔夜はその姿を見送った。
その夜。
彼は結局、一睡もしなかった。
コメント
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霞月 つむぎ さん、第3章読了しました🦋 捜査会議の緊張感、黒崎さんの「事件は逃げない」の一言がすごく響きました…。ああいう、部下をちゃんと休ませようとする上司、いいですよね。でも朔夜くんの自宅にまで蝶が現れるのは不気味すぎる…青い液体がベランダにある描写、鳥肌立ちました。澪さんの「普通じゃないかもしれません」も核心をついてて、これからどう展開するのか気になって仕方ないです。重くて美しい世界観、じっくり味わわせてもらってます🌙