テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
境界性パーソナリティ障害
桃橙
名前伏せなし
部屋の壁にぶつかるようにして、さとみはソファに座り込んでいた。
「俺、もう無理なんだってば……!」
声が震えていた。手も。表情も。
情緒の嵐が、一瞬で部屋の空気をかき乱していた。
「……なんで?なんでジェルは、俺のこと嫌いにならないの……?」
そこにいたジェルは、さとみの怒鳴り声にも一切動じず、ただ静かに正面から彼を見つめていた。
その眼差しは、嵐の中心にいるように穏やかだった。
「さとみが俺を信じられへん時も、嫌いになったって思う時も、全部それ、病気のせいやろ?」
「病気のせいにするな!!」
さとみが叫ぶ。涙がにじむ。
「俺がクズだからだろ!?うまく人と付き合えないのも、すぐ怒るのも、泣くのも、全部俺が……!」
「……ちゃう。全部、俺には“さとみの一部”に見えるだけや。」
ジェルは、さとみの隣にそっと腰を下ろす。
抱きしめるような仕草はしない。ただ、肩が触れるか触れないかの距離にいる。
「俺、ほんとに怖いんだよ……」
さとみの声は震えていた。
「見捨てられるのが、一番怖い」
その言葉は、ジェルの胸を締めつけた。
「ほんまにどうでもええ奴の前じゃ、そんなこと言わへんやろ?」
「は?」
「ちゃんと、好きやから怖いんやろ?俺を失うのが。」
さとみは目を見開いた。
「……それは……」
「じゃあ、信じろ。俺はさとみを見捨てへん。病気ごと、面倒くささごと、まるごと俺が引き受ける」
「なんで……なんでそんなこと……」
「“好き”ってそういうことやろ。お前がどんな波でも、俺はそこに浮かんでる」
しばらく沈黙が落ちた。
やがて、さとみは小さく震える指でジェルのシャツの裾をつかんだ。
「ほんとに……俺の全部、嫌わない?」
「何度でも言う。嫌わん。離れへん。お前の海がどんなに荒れてても、俺は溺れへん」
その瞬間、ぽろぽろと涙がこぼれて、さとみはジェルの胸に顔をうずめた。
あたたかくて、こわい。でも、やっと安心できる居場所だった。
ジェルはその細い肩を、やさしく抱きしめる。
そして、そっと呟いた。
「今日も、いっしょに生きような。明日も、また」