テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
1,231
#ワンナイトラブ
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
◆
……そろそろ纏まった睡眠時間とらないと、まずいな。
歳を追うごとに、寝る時間が少ないと身体の調子に直結してしまう。エネルギードリンクに頼る日々は自分がもう若くないって嫌でも教えてくれる。
次に入る予定のミーティングルームには、常葉くんと眞鍋さんの姿が開かれたブラインドからは良く見えた。
「あ、常葉と眞鍋だ」
「あの二人、付き合ってたらしいじゃん」
そのガラス戸を開けようとした手は、どこからか聞こえた知らない声により、簡単に動きをとめた。
「付き合ってるというか、婚約してんじゃないの」
「へぇ、じゃあその内この会社、常葉が継ぐのかな」
「じゃねぇーの。統合するにしても、まぁ、安泰じゃん」
「確かに。今のうち常葉にゴマすってた方が良いかな」
「言えてる」
…………婚約、か。……そっか。
リアルにそんな世界があるなんて。それも間近に落っこちてるなんて、知らなかったや。
…………そっか。
頭からすっぽりと何かが抜ければ、抜け落ちた穴にその事実だけがすとんと埋め込まれた。
持っていたファイルがバサ、と、静かに鼓膜を揺らすので、時間が流れていたことに気付く。
慌てて拾い集めて見上げると、ガラス越しに眞鍋さんが手を振った。
クリアな壁で遮断された空間。縮まることの無い距離。近くて、遠い存在。
小さく頭を下げて、ぎこちなく、隣へと視線をずらした。
…………バカにしたように、失笑してるんだろうな。
間抜けな所も見られているのだと諦めて、その視線が合えば、
ふわり、と、
ただ柔らかく、彼は笑った。
なんでか、もう、それだけで私の心臓は息を吹き返す。
……煩いな、もう。
鳴り止め。……鳴り止め。
震える息を吐き出して、何とか、心を落ち着かせた。
ミーティングが無事に終わり、部屋を簡単に片付けようと人の流れが途切れるのを待っていればトン、と肩を叩かれるので振り向いた。
「穂波、昨日ありがとな」
「いえ。大したことはしていません」
そこに居たのは昨日ぶりの先輩なので、差し支えない挨拶を交わして小さく会釈をする。
「眞鍋が急にやる気になってんの、お前のお陰だろ」
「どうでしょうか。彼女の心意気です」
「焚き付けたついでだ。ついてこい」
…………ついてこい?
片腕を強引に掴まれて、強引に足は動く。
「は、え、」と、口から間抜けな音を漏らしていると、大里さんは部屋を見渡した。
「本間!お前も行くぞ!」
「え、なんで俺も、」
「運転手な!眞鍋も、ほら行くぞ!」
……な、なんで私も……
突拍子な事を仕出かすその行動力には慣れていたけれど、2年離れていたとなるとさすがに懐かしい。
ただ、どうして眞鍋さんと旺くんと一緒なのか、それだけが納得出来ない。
社用車に乗り込んで、考えても大里さんの脳内は分からないので大人しく従うことにする。
たどり着いたテリトリー外のオフィスで、眞鍋さんの名前を出せば一瞬で相手方の顔色が変わった。
きっと、彼女は今までこんな目を浴びてきたのだろう。
俯いて自信なさげな表情に変わる彼女の背中の窪みを手で支えると、ピンとその背筋が伸びる。
「大丈夫、落ち着いて」
そう促して、背中を押せば彼女は小さく頷いた。
昼過ぎに強制的に連れ出されて、帰ってきたのは20時頃だった。
帰りの車は睡魔との戦いだったけれども、先輩がいる手前そんなヘマは出来ない。
「上手くいった、良かったなぁ!本間、運転サンキュー」
「いえ、お疲れ様です」
会社の地下駐車場にたどり着くと、大里さんは大きく伸びをして旺くんの背中をばん、と叩く。その様子を横目に、バッグの中からある物を探し当てる。
「今回の要点を帰ったらすぐに纏めましょう。録音していますのでこれを元に」
そう言って彼女に差し出せば、「うげ、わかりましたぁ」と、嫌々そうに眞鍋さんは頷いてくれた。
やっぱり、素直な子だ。と、微笑ましい反面、昼間の言葉を思い出せば胸がちくりと痛む。
「眞鍋さんだったら、ほら、常葉に教えてもらえよ」
「絶対に嫌です」
その上溌剌とした声は容赦ない言葉を聞かせるので、今度は確実に胸を締め付ける。だけどいやでも耳に入る会話。