テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
うめぼっち

676
臣桜
51,257
鷹槻れん/鷹槻うなの

36,051
#恋愛
水無月 京
1,300
ホテルのエントランスに滑らかに滑り込んだタクシーから降りれば、ベルボーイが恭しくお辞儀をして自動ドアを開けてくれる。
頷く程度の会釈をして、姿勢良く絨毯を踏み締めて歩く様は、到底ネクタイを外して唖然としていた人物と同一とは思えない。
「この辺りの夜景を敢えて見ることはないので新鮮ですね」
エレベーターに乗り込み、上階のレストランを目指す。たまたまやってきたエレベーターは一部がガラス張りで、日頃勤務するエリアが綺麗にライトアップされている様子がよく見える。
18時半なので、いずれのビルも煌々と明かりが灯されている。
「まぁ俯瞰で見ることないもんな」
「我々は夜景を提供する側ですからね」
「そこまでは言ってねぇよ」
俺らは歩いてる側とか、地上にいて全容が見れないとかそういう意味だからね!?
「冗談です」
「冗談に聞こえないから怖いのよ」
まじでいつか何かで訴えられそう、と呟く豆さんは、たどり着いたフロアにゆっくりと歩を進めるのでそれについていく。相変わらず私の歩調に合わせてくれて、壁や調度品を緩やかに眺めながら入り口まで歩く。
お待ちしておりました、と豆さんの名前を確認したウエイターに先導されて夜景が一望できる窓際のテーブルに案内される。レアな席割に心が弾む。
「窓際の席ってなかなか予約できないのにすごいですね」
「そうね。テキトーに電話かけただけなんだけど」
「え、これ豆さんが取ってくださったんですか」
「…当たり前でしょ」
本来こういう席は秘書さんに任せるんだけど、今回の席までさすがに弓家さんに任せるのはちょっとちがうでしょう。
「…なんかすみません」
「弓家さん、基本強気路線な割に時々しおらしくなるよね」
豆さんの中の私のイメージ、なんか悪い気がするな…大丈夫かしら?
「大丈夫、そういうのも結構可愛いと思う」
「大丈夫ってなんですか」
謎のフォローをされたところで、可愛いという単語だけが頭の中で増幅されていく。
薄々思っていたけれど、この人多分何も考えないで発言しているよね。それかプレイボーイ気質なんだろうか。顔色一つ変わらないし。
「今日はコースです」
豆さんが私にドリンクのメニューブックを手渡しながら言う。
「こういうところでアラカルトを上手に選べる自信がなかったので、そのチョイスは助かります」
「ね、俺も無理」
「パートナー様が何を仰いますか」
「こういうのは誰かにお膳立てしてもらって、俺は自分でメニュー選んだりはしないのよ」
メインとかコーヒー紅茶を選ぶぐらいかねぇ、と遠い目をする彼を見て、そういえば会食の予約をする時は大体一緒にコースも注文していたことを思い出す。
「そういえば会食も大体私がコース選んでましたもんね」
「そうそう」
財をなしたパートナークラスともなれば美食家も多い。お好みのレストランや一皿を持っているのが割と普通なのだけど…
「豆さんは何か好きな料理とかレストランってないんですか」
「…近所のラーメン屋?」
なるほど。あまり頓着しないタイプらしい。
「料理選ぶのに時間かけるなら、その時間で商談したいわ」
「まぁ…その感じじゃメニュー一通り選ぶのにだいぶ時間かかりそうですね」
「…否定できないね」
渋い顔を作りながらも「飲み物は好きなもの選んでね」と言われるので、パラパラとファーストドリンクを選ぶ。
「豆さんはお酒を?」
「あー…今日はちょっとやめとく」
確かお酒は強い方だと思っていたけれど、仕事かな。
「弓家さんは飲んでね。あ、お酒飲めたっけ」
「割と強いし好きですよ」
「確かにそんな感じがするよね」
「…失礼な」
「すいません」
絶対に思ってないであろう、軽い謝罪の言葉を放り投げられても、と思いながらも目はメニュー表を泳ぐ。
今日はノンアルらしい上司を前にして、一人で飲むのも多分良くないけれど、今更視界に入ってきた魅力的な銘柄に抗うことの難しさよ。
「だから、気にせず飲みなさいって」
私の煩悶が言葉にせずとも伝わっていたらしい。それではお言葉に甘えまして、と2人きりのディナーが静かに始まった。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!