テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
世界が、ゆっくりと歪み始めていた。
それは破壊ではない。
崩壊でもない。
**“書き換え”**だった。
ノアは気づいていた。
空の星が、ひとつずつ位置を変えていることに。
昨日まで、確かにそこにあった星が消え、
見たこともない配置が、静かに夜空を占領していく。
「……星が、動いてる」
ルミが小さく呟いた。
彼女の影は、以前よりも落ち着いていたが、
その輪郭は――
確実に、ノアの影と似てきていた。
青年は、空を睨みつける。
「管理者の再計算が始まったな」
「でも……妙だ」
ノアが視線を向ける。
「何が?」
青年は、剣の柄を強く握った。
「これは“是正”じゃない。
管理者は、もっと機械的だ」
「これは……
何かに、喰われている」
その言葉が終わる前に――
風が、止まった。
音が消え、
空気の重さだけが残る。
ルミが、ノアの袖を掴む。
「……来る」
地面に、影ではない影が落ちた。
光を遮るのではない。
存在そのものを、削り取るような“欠落”。
そこから、
人の形をした“何か”が立ち上がる。
黒衣。
顔は覆われ、
首元から覗くのは――
無数の刻印の痕跡。
重なり合い、消え、歪んだ印。
まるで、
何百もの運命を通過してきた残骸。
「……誰だ」
ノアが問う。
“それ”は、
ゆっくりと首を傾げた。
「名前は、もう持たない」
声は低く、
だが奇妙に、親しげだった。
「人は私を、
《運命喰らい》と呼んだ」
青年が、
一瞬で構える。
「……最悪だ」
「管理者ですら、
あれには手を出さない」
ルミが、
不安そうにノアを見る。
「……敵?」
運命喰らいは、
くすりと笑った。
「敵、味方……
そんな分類は、もう古い」
「私はただ――
“不要になった運命”を喰うだけだ」
その視線が、
ノアの胸元へ向けられる。
刻印が、
嫌な熱を帯びた。
「……おまえ」
「随分と、
美味しそうな歪みを抱えている」
ノアは、
一歩前に出た。
「近づくな」
運命喰らいは、
素直に足を止める。
「安心しろ。
今すぐ喰うつもりはない」
「むしろ――
確かめに来た」
「おまえが、
“抗うに値する存在かどうか”を」
ルミの影が、
ざわりと揺れた。
運命喰らいが、
彼女を見る。
「……ほう」
「選ばれなかった少女」
「それを選んだ少年」
「……なるほど」
青年が、
低く唸る。
「ノア、あれと話すな。
言葉そのものが、
未来を削る」
だが、
ノアは目を逸らさなかった。
「……俺たちは、
どうなる」
運命喰らいは、
静かに答える。
「このまま進めば――
管理者に追われ」
「やがて、
“選ばれる”」
「それは祝福じゃない。
消去対象としての選別だ」
ルミの指が、
ノアの服を強く掴む。
「……じゃあ……」
「逃げればいいの?」
運命喰らいは、
首を横に振った。
「逃げ道は、
もう存在しない」
「運命から外れた瞬間、
世界そのものが敵になる」
沈黙。
ノアの胸で、
刻印が脈打つ。
「……それでも、
俺は進む」
運命喰らいの口元が、
僅かに歪んだ。
「そう言うと思った」
「だから――
提案だ」
運命喰らいは、
一歩近づく。
空間が、
軋む。
「私と契約しろ」
青年が、
即座に叫ぶ。
「ノア!!」
運命喰らいは、
続ける。
「私は、
おまえたちを守らない」
「救いもしない」
「だが――
“喰われる順番”を、
遅らせてやれる」
「代償は?」
ノアが問う。
運命喰らいは、
指先で、自身の刻印をなぞった。
「いずれ――
おまえの運命を、
私が喰う」
「その時、
おまえは存在ごと消える」
ルミが、
息を呑む。
「……そんな……」
ノアは、
少しだけ考え――
笑った。
「悪くない」
青年が、
信じられないという顔をする。
「正気か!?」
「正気だよ」
ノアは、
ルミを見る。
「どうせ、
このままでも消される」
「なら――
選んで消える」
運命喰らいは、
深く頷いた。
「いい目だ」
「……本当に、
運命に嫌われている」
その瞬間。
刻印が、
新たな形へと変わった。
ノアの胸に、
“裂け目”のような印。
ルミの影が、
一瞬、強く震える。
「……ノア?」
「大丈夫だ」
彼は、
ルミの頭に手を置いた。
「まだ、
一緒に進める」
運命喰らいは、
後退する。
「覚えておけ」
「私が来る時は――
終わりの時だ」
そう言い残し、
欠落は消えた。
夜が、戻ってくる。
青年は、
大きく息を吐いた。
「……最悪の未来が、
確定したな」
ノアは、
空を見上げる。
星は、
さらに歪んでいた。
それでも――
彼は歩き出す。
「行こう」
ルミが、
頷く。
「……うん」
二人の影が、
重なり合いながら伸びる。
それは、
祝福ではない。
選ばれたわけでもない。
ただ――
進んでしまった者たちの影。
運命は、
すでに牙を剥いている。
それでも。
ノアは、
歩みを止めなかった。