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柚乃の口から直接それを聞くことになったのは、私が通う大学の学祭が終わって、数日ほどが過ぎてからだった。
夕食後にのんびりと寛いでいた父がバスルームに行ってしまった後の、女三人になったリビングでは、柚乃と母の二人がお喋りで盛り上がっていた。
話が途切れたところで、母が言う。
「ところで、今年の食事会はいつがいいかしらねぇ」
毎年クリスマス前後の週末の夜に、碧斗たち一家を我が家に招いて食事会を開いている。
「私、この日以外ならいつでもいいよ」
柚乃が指差した卓上カレンダーの日付は、クリスマス・イブである二十四日だった。
わざわざその日を避けたい理由など一つしか思い浮かばない。遠回しにでも探りを入れたいと思ったちょうどその時、母が柚乃に質問をぶつける。
「もしかして柚乃、彼氏でもできた?」
柚乃が照れた顔をしてこくりと頷くのを見て、私はどきりとした。聞きたくないことを聞くことになる予感に緊張する。
母の顔に、嬉しさと心配が入り混じったような笑みが浮かんだ。
「どんな人なの?お母さん、その人に会ってみたいわ」
「一応、お母さんも会ったことはあるよ」
「え?そうなの?誰かしら。まさか、碧斗君?」
柚乃は吹き出し笑いをする。
「碧斗なわけないでしょ。全然違う人だよ」
「違う人?うぅん……」
母は眉間に軽くしわを寄せてしばらく考えていたが、はっとしたように目を見開いた。
「あの人のことかしら。夏休みに、お土産を持って来てくれた男の子がいたわよね?お母さんと同郷の、なんて言ったかしら、えぇと……」
「戸崎さんよ。私と同じ、神澤大の四年生の」
柚乃は母に告げた後、私に申し訳なさそうな顔を向けた。
「詩乃にはもっと早く言わなきゃ、って思ってたんだけど、なんだか気恥しくて、なかなか言い出せなかったの。やっぱり、びっくりしたよね?」
「そう、だね……」
答える私の声はかすれた。もしかしてと思えるような、二人の親密そうな場面はすでに何度か見ていた。それによって心の準備ができていたかというと全くそんなことはなく、ショックは大きかった。
けれど、私は口元に笑みを佩く。目は笑うことができていたか、自信はない。とにかく何か言わなくては、と締まりそうになる喉を励まして、言葉を発するために唇を動かす。
「最初は、戸崎さんのこと、すごく嫌っていなかった?それなのに、いったいどうして、って不思議に思ってる」
柚乃はばつが悪そうに眉根を寄せ、口元に苦い笑みを刻む。
「確かに、初対面からずっと、嫌なやつだと思っていたわ。でも、夏の集中講義で、不本意ながらも度々話す機会があってね。そのうちにだんだんと、彼の為人を知るようになって、それでまぁ、今回のようなことになった、っていう感じかな」
経緯を話し終えて、柚乃は幸せそうに笑った。
それは私の胸を刺した。ずきずきとした痛みを感じながら、私はこれまで幾度となく作ってきた笑顔を貼り付けた。
「柚乃、良かったね」
「ありがとう、詩乃」
「それじゃあ、食事会は他の日ね」
柚乃の恋バナをにこにこしながら聞いていた母が、割って入ってきた。
柚乃は母の手元のカレンダーをひょいと覗き込む。
「ここか、前の週、あとは忘年会を兼ねて翌週とか?」
柚乃の視線が外れたことに、ほっとした。これ以上、平気な顔をして姉と話し続けていられない。「柚乃が戸崎と付き合い出した」という事実を飲み下すことで一杯いっぱいで、他のことに気を回す余裕はなかった。だから、母に声をかけられたことに気づくのも一瞬遅れてしまう。
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#へたくそだけど許して
結月
23
#元カレ
まぁ
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「ご、ごめん、何?」
「詩乃の都合はどうか、って聞いたんだけど。どう?」
「わ、私?大丈夫だよ。特に都合の悪い日はないから」
「そう?じゃあ、いくつか候補を決めて、後は向こうに決めてもらいましょうか」
そこに湯上りの父が、さっぱりとした顔をしてリビングに入って来た。
「風呂、空いたぞ」
「私、先に入っちゃおうかな。お母さん、詩乃、いい?」
いいよと答える母と私ににっこりと笑い、柚乃はリビングを出て行った。
柚乃の後、私も母と交代で入浴を済ませた。その時にはすでに遅い時間となっていたから、両親に就寝前の挨拶をして二階の自分の部屋へ向かう。
手前にある柚乃の部屋のドアの隙間から、微かに光が漏れていた。姉はまだ起きているようだ。
入浴を終えた柚乃が自室に戻る前にリビングに顔を出した時、おやすみなさいの言葉はすでに伝えてあった。だから私は真っすぐに自分の部屋に行き、ドアノブを回す。
後ろ手でドアを閉め、自分のテリトリーである空間に身を置いた途端に、深く長いため息がもれた。どっと疲労感が襲ってきて、全身から力が抜ける。私は重い体を引きずるようにしてベッドに向かい、腰を下ろしたと同時にどさっと後ろに体を倒した。
「やっぱり、きついかも……」
吐息と共につぶやいた拍子に、目尻に溢れたものが伝い落ち、耳にひんやりと濡れた感触を与えた。それに促されたかのように、次々と涙がこぼれて落ちる。しかし、静かなノック音が聞こえてはっとする。手の甲で涙を払い、のろのろと体を起こして、息を詰めながらドアをじっと見つめた。
しばらくして、もう一度ノック音が聞こえた。今度はその後に柚乃の声が続く。
「詩乃?起きてる?まだ起きているんなら、ちょっとだけいいかな?」
今は笑顔を作ることができそうになかった。だから、このまま知らんぷりを決め込もうと考えた。
ところが、柚乃が自室に戻る気配はない。
私が部屋に入ってからさほど時間がたっていないことは、姉は分かっているはずだ。
私はやむなくベッドから離れて立って行き、そうっとドアを開けた。
いつもならば遠慮なく部屋に入ってくるはずが、姉はその場から動かず、もじもじしていた。
私は部屋の電気を背にして立っていた。だから、私が今どんな表情をしているか、薄暗い廊下にいる柚乃には分からないはずだ。それならば、せめて声だけは明るく聞こえるようにと注意を払いながら、姉に訊ねる。
「いったいどうしたの?」
「どうしたっていうか……。詩乃、もしかして気を悪くしてるのかな、って心配になって、それで」
柚乃にしては珍しくおどおどした態度だった。
「気を悪く、って、どうしてそう思うの?」
「だって、さっき、戸崎さんと付き合っていることを話した時の詩乃、なんだか不機嫌に見えたから……」
自分では上手に本心を隠すことができていると思っていたが、実際はそうではなかったようだ。それだけ激しく動揺してしまったわけだが、それにしてもしくじってしまったと悔やみ、私は柚乃の言葉をさらりと否定する。
「そう見えたとしたら、それは柚乃の気のせいよ。だいたい、幸せそうな柚乃を前にして、どうして私が不機嫌にならなきゃいけないの?」
「だって……」
柚乃はいったん言葉を切った後、口にすべきかすまいか、迷うような目で私を見た。
「もしかして、詩乃……」
柚乃が何を言おうとしたか察した。だから私はわざとその上に言葉を重ねる。
「素敵な彼氏ができて良かったね」
「本当に、良かった、って思ってくれてる?」
念を押す柚乃に、私は首を大きく縦に振って頷いた。さらに姉を安心させるために、満面の笑みも作る。
私の様子を見てやっと納得したらしく、柚乃はほっとしたように表情を和らげた。
「ごめんね、しつこく聞いちゃって。今度、彼をうちに連れて来ることもあると思うけど、その時はよろしくね」
「お邪魔しないようにするわ」
冗談交じりに返す私に柚乃は苦笑する。
「詩乃が邪魔なわけないでしょ。じゃあ、おやすみ」
「うん、おやすみなさい」
私は柚乃の背中を見送ることなく、ドアを閉めた。
本心を隠しているせいで、胸が苦しい。
けれど、実は私も、とこの気持ちを柚乃に打ち明けて、二人の交際に水を差すようなことはしたくない。二人が心から想い合っているのなら、彼らの間に割り込む隙など無いはずで、そもそもが言ったところで何の意味もない。
この苦しさも、戸崎への想いも、時間の経過と共に薄らいでいき、最終的には、一つの切ない恋の思い出に変わるはずだ。だから、この恋心は自分の胸の中に仕舞い込んだままにしておこう。それでいい。
コメント
1件

悲しすぎるね😢