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さらに翌日の昼下がり、新宿のカーテンと布団以外は何もない安アパートの一室にいたイオンのスマホに電話着信があり、歌舞伎町のカラオケボックス店に呼び出された。
イオンが教えられた部屋に入ると、昨日イオンを面接した中年の男と若い女が既にそこにいた。ヒミコから見せられた写真の女だった。イオンが反対側のソファに座ると、従業員が注文を取りに来て、三人でそれぞれ適当な飲み物とつまみを注文した。
ドアが閉まると、結構防音性が高い造りになっているようで、外からの音がほとんど聞こえなくなった。男がアサミという女を指差して言った。
「これからこいつが仕事のコツを教えてくれる。よく覚えとくんだぞ」
ドアがノックされて従業員が飲み物とフードの皿を運んで来た。テーブルにそれらが並べられて従業員が出て行くと、部屋の中はまたシンと静まり返った。
イオンがマウンテンパーカーを脱いで、昨日と同じタンクトップにデニムのショートパンツという格好になると、アサミが小さく「ヒュー」と声を立てた。
「へえ、こりゃいい体してるねえ。たいていの男はひっかかるだろうよ」
男が一枚の写真をイオンに差し出して言った。
「おめえにやって欲しいのは、このおじさんを誘惑してエッチさせてやる事だ。一回だけでいい。後の事は俺たちがやる」
イオンは写真を手に取って見た。高級そうな眼鏡をかけて、多少白髪が混じった髪のエリート然とした四十代とおぼしき男性だった。イオンは軽薄に見えるように笑顔を浮かべながら訊いた。
「へえ、ボクの好みかも。だけど、このおじさんと、どこでどうやって会えばいいの?」
アサミが答えた。
「毎週金曜に、決まったバーで酒飲みに行ってるんだよ。そこで隣に座って誘いをかけりゃいいのさ。場所はその日にあたしが案内する。あんたなら喜んで話に乗って来るだろうよ、そのおっさん」
イオンがうれしそうに見える笑顔を作って言った。
「ああ、そういうのなら得意だよ。で、ラブホにでも行ってやる事やって。で、その後は?」
「警察に被害届を出すんだ。酒飲まされて酔ってたから嫌と言えなくて、無理やりやられたって言ってね」
「ええ! 警察に被害届? ボクそんなやり方分かんないよ」
男が言った。
「心配ねえ。その辺の手続きは俺たちが弁護士をつけてやる。そうすると、そのおっさんは不同意性交等罪で警察の取り調べを受ける。そしたら、被害届を取り下げてやるから、相応の金をよこせって、俺たちが交渉してやる」
イオンは話がよく理解できない様子を装って言った。
「フドウイ……何それ?」
男がにやにや笑いながら答えた。
「女の方が同意、つまりエッチしていいよ、って事になってなきゃ罪になるって事だ。なにしろ男と女のアレなんだから密室で二人きりの時に起きる事だろ。後から女が、実は同意してなかったと言えば、警察は事情聴取ぐらいはしなきゃならねえ」
イオンがはしゃいだ口調で言う。
「わあ、いいね。それ無しにしてやるからお金ちょうだい、って事?」
「そういう事だ。そのおっさん、大企業の偉い人だから、一千万円は示談金取れる。うち二割がおめえの分け前だ」
「二割ってことは……二百万? わあ、やる、やる。そんなうまい話、ほんとにあるんだね。この写真持って帰っていい? 人違いしないようにしたいからさ」
それから、アサミが標的の男性に関する特徴と相手に近づくコツをイオンに教え込んだ。一通り話が終わったところで、男がおかしそうな口調でつぶやいた。
「まったく日本の政治家も、いい法律作ってくれたもんだぜ。後になってから女が突然掌返して、実はその時は自分は同意してなかったと言い出せば、警察に泣きつけるなんてな」
イオンの目が一瞬鋭くなった。「日本の政治家」という言い方が引っかかった。日本人ならわざわざそういう言い方はしないはずだ。
イオンははしゃいだふりをして両手を大きく振り回しながら言った。
「よく分かんないけど、それで二百万もらえるなら簡単じゃん。ひゃっほう!」
振り回したイオンの手が男の前のグラスにあたり、倒れたグラスの中の酒が男の腹の辺りの服に飛び散った。思わず男が叫んだ。
「ッシバル!」
イオンは紙ナプキンを数枚つかんで男に私ながら言った。
「わあ、ごめん。濡れちゃった?」
男は濡れた服を紙ナプキンでぬぐいながら怒鳴った。
「馬鹿野郎、気を付けろ!」
打ち合わせが終わり、三人は思い思いの方向に去って行った。アパートへの道をたどりながら、イオンは心の中でつぶやいた。
「反射的に出る悪態って、つい母国語が出ちゃうんだよね。『ッシバル』って聞こえたけど、何語だろ? ま、そこはトワノが調べてくれるか」
コメント
1件
読み終わったわ…いや、この展開はアツいな。 「不同意性交等罪」を逆手に取ったネコ騙し詐欺の手口、よく取材してるなって思った。イオンはああ見えて鋭いところがあるよな。「ッシバル」って咄嗟の母国語が出ちゃうのはリアルだし、トワノに調べさせるって判断も早い。全然ただのアホの子じゃない。 このブラフの効いた会話劇、めっちゃ好みだわ。次が気になる🔥