壱花は冨樫とともに、冨樫家の押し入れやクローゼットを探した。
冨樫はどうやら、行方不明時の父親の服装を確認するために、捜索に使ったビラを探しているようだった。
一応、ビラはとってはあるようだったが。
前の父親のものを残しておくのは今の父親に対して悪いと思ってか、家の何処か奥深くにしまってあるようだった。
「なにかこう、伺っていた通りのお母様ですね」
冨樫に言われるまま、押し入れの奥を探しながら、壱花は言う。
「前になにか言ったんだったか?」
『いつも軍隊の上官か? というような物言いで何事にも厳しい人』だと言ってましたよ。
『顔以外、何処がいいのかよくわからない』
『今の父はドMに違いない』とも。
そうこうしているうちにドMなお父様が戻ってきた。
冨樫の今の父、|直志《ただし》は、あんなに太ってはいないが、穏やかな感じが、狸のお父さんと似ていた。
「葉介、探してるの、もしかして、これ?」
と穏やかな口調で言い、直志は問題のビラを出してくる。
出張に出かけときなどに、人に見せて、探してくれていたらしい。
なんていい人なんだっ、と衝撃を受ける壱花の横で、冨樫がぼそりと言った。
「ほんとうに……なんでこんないい人が、うちの母親と。
狐か狸に化かされてるんじゃないかと子どもの頃は思っていたよ」
まあ、化かしそうな人たちなら、あやかし駄菓子屋にたくさんいますけどね、と思いながら、壱花はひっくり返した押し入れを片付けた。
「と言うわけでハンバーグご馳走になって帰ってきました」
「……何しに行ったんだお前」
壱花は夜の駄菓子屋で、即行、倫太郎に罵られていた。
確かに。
探しただけで、なにも見つけてはいない。
押し入れの中をひっくり返して戻すという、よく年末に大掃除と称してやる無意味な行為に似たことをやって、戻ってきただけだ。
「あ、でも、初めて冨樫さんのお母様を拝見しました。
綺麗だったです」
「……うちの母親も綺麗だぞ」
と何故か倫太郎は張り合う。
「なんですか、マザコン自慢ですか?」
そうじゃない、と言う倫太郎はスルメを甘辛く炊いて、ポット入りの駄菓子のスルメみたいなのを作っていた。
「社長、なんでまたストーブ出してきたんですか。
暑いじゃないですか」
と壱花が文句を言うと、
「いや、携帯コンロが見つからなかったから」
と言う。
倫太郎も肩に乗っている子狸も、店内を物色している生活に疲れたサラリーマンたちも汗だくになっていた。
「ところで、式神ちゃんたちは帰ってきましたか?」
なんだ、式神ちゃんたちって、と言いながら、倫太郎が顔を上げたとき、ガラガラと入口の重いガラス戸を開け、斑目が入ってきた。
「おっ、酒に合う、良さそうなもの作ってるじゃないか」
外までいい匂いがしてたぞ、と斑目は、ご機嫌だ。
連れてきたおとなしい部下の人もいる。
斑目は、ひょろりとした顔色の悪い部下の人の背を叩き、
「こいつ、最近、疲れてるから、ここに来たら元気になるかと思ってな」
と気の利いたことを言うが。
斑目の背中への一撃でよろける部下の人を見ていると、斑目のバイタリティについていけずにフラフラなのでは? という気もしていた。
毎度連れてくる部下の人、顔色悪いしな、と壱花は苦笑いする。
「なんだ、冨樫。
お前、壱花と母親を会わせたのか。
抜け駆けするなよ」
レジにいる高尾からみんなの分のビールを買いながら、斑目が言う。
「よし、じゃあ、俺も会わせよう」
と言う斑目に、
いや、何故ですか、と思いながら壱花は、
「はい、どうぞ」
とプラスチックのカップを生活に疲れた部下の人に渡した。
彼は、スミマセン、と壱花に頭を下げ、串に刺した甘辛いスルメを渡した倫太郎に、また、スミマセン、と頭を下げる。
「こいつ、疲れがピークに達して、幻覚が見えたって言うんだよ」
勝手知ったる駄菓子屋のレジから栓抜きを持ってきて、丸椅子に座りながら斑目が言った。
「幻覚?」
はあ、と部下の人は小さな声で言う。
「ビル街を白い小さな人間みたいなのがトコトコ歩いてたんですよ。
よく都市伝説で聞く、小さなおじさんなのかなと思ったんですが。
ちょっとおじさんには見えなかったし。
見た目、ペラペラのコピー用紙みたいだったんで。
この間、データよく確認せずに大量に印刷しちゃって。
部長にめちゃくちゃ怒られたから、その後遺症かなと思ったり……」
なんだって!?
と壱花たちは身を乗り出した。
「ど、何処で見ましたっ?
そのペラペラッ!」
「は? え?
夕方、この先のビル街の小さなお稲荷さんの近くで見ましたけど」
「……一日経っても、ほとんど進んでないですね」
「まあ、あのサイズでチマチマ歩いてったんだろうからな」
何故、飛ばないのだろうかな、式神なのに……と壱花たちが思ったとき、高尾が言った。
「二人ともちょっと行ってきなよ。
近いからすぐ戻ってこれるでしょ。
これ、僕が焼いておいてあげるから」
言いながらもう、高尾は倫太郎と席を変わろうとしている。
どうもスルメが焼きたいようだった。
「あっ、じゃあちょっと探してきますね」
と言って、壱花は急いで倫太郎と店を出た。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!