稲荷の少し先まで壱花たちは走る。
通りかかったときに境内をチラと見たが、今日はそこにオーナーの店はないようだった。
まだこの間の寺の境内で店を開いているのかもしれない。
「あ、あれではないですか?」
少し先に白いヒトガタらしきものが見えた。
通行人たちには小さすぎて見えていないのか。
見えても、我が目を疑い、気づかないフリをしているのか。
さっきの斑目の部下のように、幻覚だとでも思っているのかもしれない。
人の目にはつきにくいかもしれないけど。
犬とかだとちょうど見えるサイズだな。
犬に噛まれたりしないだろうか、とハラハラしながら、そっと近づいていく。
すると、そのヒトガタの前に、もう一体のヒトガタがいるのが見えた。
フラフラしながらも進んでいる。
そっちはよく見れば、細いタイヤの痕があった。
自転車にでも轢かれたのだろうか。
それで遅れて、次に放った式神に追いつかれたのかもしれない。
よろよろと進もうとするヒトガタの肩を後ろから来たヒトガタがポン、と叩く。
その様子を見て、壱花は言った。
「なんか……洗濯物が肩叩き合ってるみたいですね」
「なんだ、洗濯物が肩叩き合うって」
「うち、よくそんな風になってますよ。
突風が吹いたときになるんですかね?
洗濯物の袖が前の洗濯物の肩にかかり、次の洗濯物の袖がその洗濯物の肩にかかってて。
まるで、並んで肩を叩き合ってるように見えるんですよ」
「そんなのお前んちの洗濯物だけだろ」
「いやいやいや、よくなってますって。
今度、社長の洗濯物見せてくださいよっ」
とヒトガタや洗濯物のように倫太郎の肩をつかむと、
いやなんでだっ、と倫太郎はその手を振り払おうとする。
「葉介、見つけたビラ見せてよ」
その頃、高尾はスルメを焼きながら、冨樫にそう言い、手を差し出していた。
冨樫がビラを渡すと、高尾は、うんうん、と頷く。
「そういえば、こんな格好だったねえ」
横から覗いた斑目が言う。
「なるほど。
強盗の服装と似ているな。
だが、お前の父親が消えたはいつの話だ。
父親、ずっと同じ服着てないだろ?
っていうか、十何年も同じ服が着れる体型ってすごいな」
斑目は妙なところで感心しはじめる。
「いや……そもそも生きているのかどうか」
と冨樫は呟いた。
あやかしのいる山で消えた父。
死んではいないような気もするが。
今、どんな状態になっているのか、不安しかない。
高尾さんに、おのれの顔を与えたということは、その顔で人の世界に戻る気はなかったということだしな、と思いながら、冨樫はその手書きのビラを見つめていた。
「いや~、やっと見つけましたっ。
感動の再会でしたよっ」
と言いながら、壱花は二枚のヒトガタを抱いて、倫太郎とともに、あやかし駄菓子屋に戻った。
「そうか、よかったな」
とビールでいい気分の斑目は言ったが、高尾が、
「ん?
見つけて、感動の再会果たしたいのって、ヒトガタだっけ?」
とスルメをひっくり返しながら言う。
そうだっ。
冨樫さんのお父さんを探してたんだったっ!
衝撃のあまり、床に手をつきそうになる壱花の肩と頭に乗った式神は、次の指令を待つようにウロウロしていた。
「なんか目的、いつの間にかすり替わっちゃってましたね……」
とうなだれる壱花に斑目がプラスチックカップに注いだビールを差し出してくる。
「まあ呑め、壱花。
ビラ探してきたことで、少なくとも進展してるだろ」
「あ、ありがとうございます」
と壱花はよく冷えたそれを一気にあおった。
「ぐはっ。
ビール最高ですねっ。
どんな悩みも悲しみも吹き飛びますよっ」
「……お前の悩みと悲しみ、どんだけ軽いんだ」
と倫太郎に言われたが。
美味そうにビールをあおって、晴れやかに笑う壱花を見た生活に疲れたサラリーマンたちがビールを求め、レジに並んだ。
「壱花ちゃん、ビールの広告塔になれるよ」
と高尾が笑う。
「よし、景気付けに、俺がこれをおごってやろう」
と斑目が奥の方にあったクジの箱をとってきた。
「一箱、俺が買い占めよう。
さあ、みんなで引いてみろ」
「またライオンとか、オウムとか、銃とか、陰陽師とか現れませんかね~?」
そう言ったとき、あれっ? と思ったことが壱花にはあったのだが、
「陰陽師は京都で拾ってきたんだろうが」
と倫太郎に言われて、話しているうちに忘れていた。
「大丈夫みたいだぞ。
ちょっとした菓子が当たるのと運勢が書いてあるだけみたいだから、このクジ。
よし、お前最初に引かせてやるっ」
と斑目は例の部下の人に気を使って、箱を渡した。
赤い三角のクジをおそるおそるその人は引く。
「開けてみろ」
と斑目に言われ、ペリッと開けてみていた。
中には六等の文字と運勢。
「中吉 なにかが起こる」
なにがっ!?
と全員がそのクジを覗き込んだ。