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学校から遠いウチは電車で一時間掛けて通学していて、今日みたいに渋谷に行っていたら帰ってくるのに一時間半掛かってしまった。 改札を抜けると昼間と打って変わって雲が立ち込めていて、肌寒く、スマホに表示された時刻は九時前。
いくら友達付き合いに理解あるお母さんでも連日の遅帰りに怒っているだろう。
そう思って街灯が少なく、薄暗い住宅街を走り抜けるとようやく明るいウチの前に辿り着き、玄関ドアにそっと手を掛ける。
どれほど気を付けても引き戸を開ける時の錆びた音は響き、次はリビングよりパタパタと走るスリッパの擦れる音が近付いてきて、心臓まで連動するかのようにバクバクと音を鳴らす。
「おかえり、楽しかった?」
だけど今日も満面の笑顔で迎えてくれるお母さんから、小言が飛んでくることはない。
たまには早く帰ってきなさいとか、勉強しなさいとか。
「うん」
だから私も、満面の笑顔で返す。
だってそれが、正解みたいだから。
「夜ご飯は?」
「パフェ食べてきたんだ。ごめん、明日食べるね」
パフェの単語で思い出すのはアイスと生クリームが混ざり合った、ベチャベチャのもの。
それが映像として脳内で過った瞬間、胃が少しムカムカとした。
「いいの、いいの。お風呂入っちゃいなさい」
「ありがとう」
この会話中に私のスマホを見ていたお母さんは「良かったね」と言いながら返してくれ、私も心の中で「良かった」と思いながらスマホを握り締める。
お母さんが見るのは写真フォルダだけで良かったって。
目がショボショボとするアイメイクを落とすと視界は広がって軽くなり、温かいお湯に浸かって一息吐きたいけど、この時間は一人だけど一人ではない。
SNSを開けばみんな今日の投稿をしていて、コメントのやり取りで盛り上がっている。
私は、また出遅れてしまった。
電車内で返せば良いのにウトウトと居眠りしてしまったから、こんなことになってしまった。
SNSとはテンポが大事で、それに乗り遅れてコメントすると、どうにも今じゃない感に溢れてシラッとした空気にしてしまう。
だからってコメントしないのは論外だし、だけど三人とも同じ写真だし、どうコメントするのが正解なんだろう?
大体、さっきまで一緒に居たのに、何について書け込めばいいのだろう?
私は……とか?
……ふざけてないで、真面目に考えないと。
悩んだ挙句、「今日はありがとう。また行こうねぇ!」みたいな定型文コメントをし、全然リラックスできない入浴タイムを終える。
カガミに映るのはお母さんが選んでくれた淡いピンクの部屋着を着る私で、地味顔にはどうにも似合わず、服に申し訳ないやら、情けないやらで、早々にドライヤーを切り上げ、駆け上がる。
二階の自室に戻った私は、ようやく大きく息を吸って吐くことが出来き、明日提出の課題をやっていると気付けば十一半時。
やっと一日が終わった。
勉強机から立ち上がり「うーん」伸びをすると、自然と笑みが溢れてくる。
目の前には私の身長より高い本棚があり、単行本と文庫本をしっかりジャンル分けして棚に仕舞ってある。
本棚は一つだけでなくクローゼットの中にもあり、まるで私の部屋は小さな図書室だ。
さてと、続きを読もう。今日で最後まで読み切れるよね?
胸の高鳴りを感じながら、勉強机の引き出しを開け取り出したのは一冊の文庫本。
青を基調にした表紙絵をまじまじと眺め、ペラペラと捲ると、ふわっと漂うインクの香り。
挟んでいたお手製栞を外し、最終章の文字から始まる文章を目で追い始めた時、その音は聞こえた。