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ゆ
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#specter
ゆ
953
SWAPSAKENの歪んだ領域。
薄暗いマップの片隅に、ガチャ……ガチャ……と、金属同士がぶつかり合う音だけが規則正しく響いていた。
その音の正体は、一台の発電機。
その前にしゃがみ込んでいるのは、サバイバーとなったシクサーだった。
黒いキャップの隙間から覗く額には、うっすらと汗が浮かんでいる。
「くそっ……この配線どうなってんだ……」
シクサーは眉間に皺を寄せ、発電機の内部を睨みつける。
「9番のコードを下から繋いで……よし……もう少し……!」
指先で慎重に工具を動かす。
一つ間違えれば、発電機は大きな音を立てて故障する。
このあべこべの世界から脱出するためには、発電機を修理して出口への道を開かなければならない。
つまり――。
今のシクサーにとって、この作業は文字通り命懸けだった。
集中力は極限まで高まっていた。
……その、すぐ隣。
「ふぅ……」
キラーであるヌーブがいた。
「暇だなぁ……」
巨大な長剣を発電機の横にドスンと突き立て、その柄に頬杖をつきながら、シクサーの作業をぼんやり眺めている。
本来なら、ここでキラーとして発電機を蹴り飛ばしたり、サバイバーを追い払ったりするところだ。
しかし――。
「……シクサーだしなぁ」
ヌーブには、その気がまったくなかった。
大好きな親友に剣を向けるなど、できるわけがない。
結果。
「カン……カン……」
「…………」
「カン……」
「…………」
「……暇だなぁ」
ただ隣で見ているだけのキラーが完成していた。
しばらくして。
「……お腹すいた」
ヌーブは黒いパーカーの大きなポケットをガサゴソと漁り始める。
「えーっと……」
ガサゴソ。
「……あ!」
嬉しそうな声。
「あった!」
取り出したのは、お気に入りのポテトチップス。
「僕の大好物、塩味!」
バリッ!!
袋を開けた瞬間、香ばしい油と塩の匂いが周囲に広がった。
「いただきまーす」
パリッ。
「ん~~~!」
満足そうな顔。
「やっぱりポテチは塩味だよねぇ」
隣では、シクサーが必死に配線と格闘している。
「……」
「…………」
「………………」
「……あ」
ヌーブがシクサーを見る。
そしてポテトチップスを見る。
もう一度、シクサーを見る。
「そういえば……」
ヌーブの中で、何かが閃いた。
「シクサーも何か食べた方がいいんじゃないかな」
余計なことを思いついた。
「ねえねえ、シクサー」
「……話しかけるな、ヌーブ」
シクサーは視線を発電機から外さない。
「今めっちゃ大事なところなんだよ……!」
「暇だからポテトチップス食べる?」
「いらねぇよ」
「はい、あーん!」
「――は?」
シクサーが反射的に顔を上げる。
その瞬間。
ヌーブの油でギトギトになった指が、ポテトチップスをつまんだまま、シクサーの口元へスッと伸びた。
「…………」
「…………」
目の前には、満面の笑顔。
鼻先には、強烈な塩味の香り。
「うおっ!?」
シクサーが慌てて身を引く。
「待っ――!」
バチチチチチチチチッ!!
「え?」
ドォォォン!!
発電機が大爆発した。
「うわあああああっ!?」
大量の火花が飛び散る。
黒煙がもうもうと立ち込める。
シクサーの顔面は一瞬で煤だらけになり、黒いキャップまで焦げてしまった。
「…………」
発電機は完全に沈黙。
そして――。
それまで順調に進んでいた修理ゲージが。
ガコン。
ゼロに戻った。
「…………」
ヌーブはポテトチップスを差し出した姿勢のまま、完全に固まっていた。
「…………」
シクサーも固まっている。
数秒後。
黒煙の中から、シクサーがゆっくりと顔を上げた。
真っ黒に煤けた顔。
焦げたキャップ。
そして――。
「…………お前さぁ」
静かな声だった。
あまりにも静かだった。
ヌーブの背筋に、ゾクリとしたものが走る。
「ご、ごめんなさい!!」
即座に謝った。
「シクサーが頑張ってたから、差し入れしようと思って……!」
「……」
「ほら、ポテトチップス。塩味で……」
「キラーの妨害としては」
シクサーが立ち上がる。
「100点満点だけどな!!」
「えっ」
「手段が最悪なんだよ!!」
「ご、ごめんってば!」
「なんで俺はポテトチップスを食べさせられそうになった結果、発電機を爆発させられてんだよ!!」
「だって美味しいから……」
「今それ関係ねぇだろ!!」
「塩味、美味しいよ?」
「知ってるよ!!」
シクサーが頭を抱える。
「配線全部焼けたじゃねぇか!!」
「でも怪我は――」
「そういう問題じゃねぇ!!」
シクサーは完全に頭を抱えていた。
せっかく慎重に修理していた発電機は、見るも無惨な状態になっている。
また最初からやり直し。
しかも原因は――。
「……ポテチ」
「……うん」
「お前、俺の発電機修理をポテチで邪魔したんだぞ」
「そんなつもりじゃなかったんだけど……」
ヌーブはしゅんと肩を落とした。
そして黒いキャップを深く被り直す。
手元を見ると、さっきの爆発の衝撃でポテトチップスの袋は握りつぶされ、中身は粉々になっていた。
「……」
ヌーブはその粉々になったポテトチップスを、誰にも見られないようにコソコソと口へ運ぶ。
「……パリ……」
「お前まだ食ってんのかよ!!」
「だってもったいないし……」
「そういうところだよ!!」
シクサーが再び頭を抱える。
しかし――。
ふと、ヌーブの表情が変わった。
「……でも、シクサー」
「なんだよ……」
ヌーブが心配そうにシクサーを見上げる。
「爆発したけど……怪我はない?」
「……」
シクサーの動きが止まった。
怒鳴ろうとしていた言葉が、喉の奥で消える。
ヌーブは本当に心配そうな顔をしていた。
さっきまでの能天気な笑顔とは違う。
自分がシクサーを傷つけてしまったのではないかと、本気で気にしている顔だった。
「……ねぇよ」
シクサーは大きくため息をつく。
「……よかったぁ」
ヌーブの顔がぱっと明るくなる。
「だが」
シクサーが指を突きつける。
「次は絶対に手を出してくんな」
「はーい……」
「お前はそこで大人しくポテチ食ってろ」
「分かった!」
ヌーブは嬉しそうに頷いた。
そして――。
「じゃあ、コーラ飲む?」
「だから話しかけるなって言ってんだろ!!」
「ひぃっ!」
シクサーの怒声が、静まり返ったSWAPSAKENのマップに響き渡る。
壊れた発電機からは、まだ僅かに煙が立ち上っている。
キラーとサバイバー。
本来なら、命を懸けて追いかけ、逃げる関係。
けれどこの世界では――。
キラーはサバイバーの隣でポテトチップスを食べ。
サバイバーはキラーに怒鳴りながら発電機を直し。
そして二人は、今日もくだらないことで喧嘩をしている。
歪んだ世界、SWAPSAKEN。
そのどこかおかしな日常は、今日も平和に――。
いや。
発電機を一台吹き飛ばしながら、続いていた。
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