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「当たり前だよ、信じてくれなんて、まさか思えない。でも、俺は今どうしようもなくお前のことが好き」
「……っ!」
耳を塞いでも聞こえてきてしまう。
苦しそうに言葉を絞り出すから、真衣香の方が息苦しくなった。心臓を鷲掴みにされているかのように痛みが襲う。
「傷つけた分、何をどうしたらまたお前と向き合って話せるんだろうって考えて。でも、全然、何しても足りない。多分こうして目の前で何回謝っても、それでも足りないし」
「待って坪井くん」
「八木さんのこと好きでもいいんだ、俺を嫌いでもいい。でも、俺は、お前が好きだから。それだけ、知ってて欲しい」
こんなの、めちゃくちゃだ。突き離したくせに、忘れさせてもくれない、なんて身勝手な人だ。
そう思うのに。
坪井の頭が直接、肩に触れて。乗りかかる重みに、どうしても嫌悪感を抱くことはできなかった。押しのけて逃げ出してしまいたい気持ちと、寄り添ってしまいたい気持ちと。鬩ぎ合っては、答えが出ない。
「つ、坪井くんは……勝手だよ」
「……うん」
「嫌いって、言ったの嘘じゃないんだから……!」
願望を声にして、震える手で坪井を押し返した。力無いその行動に迷いが透けて見える。
「立花」と、頼りない声が名前を呼ぶけれど、自分の心が何を求めて、何を望んでいるのかを冷静に判断することができそうにない。
この声にどう答えることが、正解なのか。
「信じられないよ、坪井くんの言葉を鵜呑みにして……また、あんな思いなんてもうたくさん!」
「な……泣かないで、ごめん!」
視界を滲ませているだけだった涙が、ついに溢れてしまったようで。慌てる坪井が真衣香に手を伸ばそうとするけれど。
真衣香は窓ガラスに背中を貼り付けるように遠ざかり、それを逃れた。
「い……今も坪井くんのこと思い出すの、あの日の冷たい声なんだよ、そーゆうことって言われて勝手に締め括られて全部私の勘違いだったって!」
「……っ、ごめん」
「か、勘違いだったって、気付かされた時の私の気持ちなんて知らないよね」
忘れた振りをしても、考えないように努力しても、あの夜に囚われたままの心は、すぐに涙を流させる。
滲んだ視界を支配する彼の切なそうな顔だって、そんなの知らないって。いくらでも目を逸らすことができる。
涙を拭って、バッグを握り締めドアを開けた。
そのまま振り返らないで駅に向かって走った。
心の奥底で叫んでる声に気がつかない振りをする。
信じると言った自分、信じられないと言った自分。
深く突き詰めると答えに辿り着いてしまう、きっと止まれなくなってしまう。
(だからいいの、気がつかなくていいの、わからないままでいい!)
だって、もう傷つきたくない。
寒くて寒くて、心も身体も凍えてしまいそうだった夜を繰り返したくなどない。
――駅にたどり着き、人混みに紛れてしまう前に、ゆっくりと息を整える。
『お前のことが、怖かったんだよ』
なんて。今にも崩れ落ちてしまいそうな顔で言うのはどうしてなのか。崩れ落ちてしまいたいのは真衣香の方だ。
そう思うのに、どうして。
(あの夜、ひとりになって、坪井くんはどんな顔してたの? 今みたいに泣きそうになってたの? どうして怖かったの? 何が……)
”何が怖かったの?”と、抱きしめてしまいそうな自分に、気がつかない振りをする。
精一杯に。
夜空を見上げた。
透き通るような空気に、鮮やかな星の光。
どうして今頃、鮮明に映るのか。
あの夜は厚い雲に覆われて、その光を見せてくれなかったのに。
なぜ、今になって。
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