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青い蝶が降りた日

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青い蝶が降りた日

2 - 第2話 「橋の下の音楽」

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2025年10月03日

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翌日の午後。

ハルは講義を終えても、なんとなく帰る気になれなかった。

昨日のことが頭から離れない。


──クロエ。

あの夜の歌声が耳に残っている。

自分の中の何かを震わせ、掘り起こした声。


「仲間だ」なんて突然言われて、意味もわからないまま頷いてしまった。

でも、不思議と後悔はなかった。むしろ胸の奥がざわついて、落ち着かない。


気づけばハルは、海沿いの高台へ足を運んでいた。

昨夜のベンチ。クロエはそこにいなかった。

代わりに、海風にさらされて鳴るギターの弦のような余韻だけが残っていた。


「……いないのか」


落胆しかけたそのとき、遠くからギターの音が聞こえてきた。

アコースティックの乾いた響き。

下の道へ降りると、川の橋の下にクロエの姿があった。


彼女は片膝を立てて座り、タバコを口にくわえながら弦を鳴らしていた。

目を閉じ、唇をわずかに動かしながら。

そこは誰も足を止めない場所。

彼女は観客がいなくても、ただ歌っていた。


「……また会ったね」

声をかけると、クロエは片目を細めて笑った。


「やっぱ来た。あんた、そういう顔してたもん」

「ど、どういう……」

「退屈な授業より、こっちに来ちゃうタイプの顔」


茶化すように笑いながら、クロエはギターを止めた。

「で、何しに?」

「……昨日の歌、もう一度聴きたくて」


その答えにクロエは少し驚いたように瞬きをした。

やがて「いいね、それ」と呟き、またギターを構える。


だが今度は歌わなかった。

代わりに、ケースの中からもう一本のギターを取り出して差し出す。


「ほら、持って」

「えっ……?」

「仲間だろ?」


ハルは戸惑いながらも受け取った。

ずっと弾いていなかったギター。高校の頃に少し触れただけ。

指先はもう固くない。すぐに痛みが走るだろう。


「弾けるの?」

「少しだけ」

「上等。じゃあセッション」


クロエは強引にコードを鳴らし始めた。

ブルースの進行、シンプルなリズム。

ハルは恐る恐るコードを押さえ、ぎこちなく音を合わせる。


「そうそう、いいじゃん。もっと音出して!」


クロエの声に背中を押されるように、ハルは少しずつ指に力を込めた。

不思議だった。

ただの音なのに、クロエと合わせると心が解けていく。

不安や孤独が、音の中に溶けて消えていく。


曲が終わると、クロエは笑い声を上げた。

「下手だけど、いい。魂がある」

「……魂?」

「そう。技術より大事なやつ。あんた、ちゃんと音に泣いてたじゃん」


ハルは言葉を失った。

昨夜の涙まで見透かされている気がした。


「よし決まり。今日からバンドだ」

「え、ちょっと待っ──」

「嫌なら帰っていいよ。でもさ……」


クロエは夜風に髪を揺らしながら、真っ直ぐにハルを見つめた。

「一緒に音出したら、昨日より少し、生きやすい顔になってるよ」


胸が熱くなった。

クロエと一緒なら、自分も変われるかもしれない。


「……わかった。俺もやる」

「決まり!」


クロエは立ち上がり、笑顔で手を差し出した。

「バンド結成。場所も金もないけど、最高の旅が始まる」


ハルはその手を握った。

冷たくて、力強い手だった。


その瞬間、風が吹き抜けた。

空を一匹の青い蝶が横切り、街の灯の中へ消えていった。



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