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※ここから少し回想をちょちょっと出す。伝わるといいけど……
「……俺が触ったから、壊れたんだよ」
思い出したくもないのに、
いつも一番鮮明に浮かぶのは──あの子の顔だった。
小学校のとき。
給食の配膳を手伝っていた女の子が、
おそるおそる、俺に話しかけてくれたことがある。
「……わたし、配るの苦手なんだ。代わってもらえる?」
その子の声は震えていて、
でも、俺を避けなかった数少ない“ひとり”だった。
だから、うれしかった。
頼られた気がして。
必要とされた気がして。
「いいよ」って、笑って答えた──
……それだけだった。
なのに、翌日からその子は無視された。
上履きには画びょう。
机には「ビ○チ」って書かれてて。
誰がやったかなんて、分かりきってた。
俺の机と並んでいた、というだけで。
目を合わせたら、彼女は震えながら目をそらした。
「違うの」と言いたそうな顔で。
「ごめんね」と謝ってくるような目で。
その顔を、何度夢に見たか分からない。
あの時、俺が──
「嬉しい」なんて、思わなければよかった。
「ありがとう」なんて、言わなければよかった。
(触らなければ、壊れなかったのに)
別の場面もある。
中学のとき、保健室で隣に座った男子。
同じクラスで、一度だけ話してくれた。
「おまえ、ずっと見てるとちょっと笑えるよな」って。
冗談だったのか、ほんとうに軽口だったのか、わからなかった。
でも、その時の俺には、救いに思えた。
“嫌われてない”って思えた。
だから、俺は――
ただ、目を見た。それだけだった。
そしたら、次の週にはその男子がいなくなった。
教室で吐いたらしい。
「変なやつに粘着されて気持ち悪い」って、誰かが言ってた。
俺のせいだって言われたわけじゃない。
でも、言われなくても、分かる。
俺が“好意”なんか抱いたせいで。
俺が、あいつを見つめたせいで。
(俺が触れたものは、全部……)
崩れる。汚れる。
離れていく。
歪んで、壊れて、俺の前から消えていく。
──蓮司も、きっと笑っている。
「本気で誰かを欲しがったとき、壊れるんだよ」
そう言われた気がして。
その通りだと思ってしまった。
俺が近づくから、
あの人たちは変わってしまった。
俺が触ったから、
笑ってくれた人まで、泣かされることになった。
──日下部だって。
俺が見た。
あいつに触れた。
過去を知ってるはずの俺が、また手を伸ばしてしまった。
だから、また傷つけた。
(俺が“そういう人間”だから)
もう、どんなに抗っても──
この手のひらは、
触れた先を壊すしか、できない。
優しさを持ってはいけない。
愛しさなんて、抱いちゃいけない。
──俺が触るから、壊れるんだ。
もう、なにも残らないほどに。