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「あ……りがと」
ボトルを彼に渡すと
「ん……」
彼も同じボトルで水を飲んだ。
まさか……。
もう一回とか、昨日みたいなこと言わないよね。
隣に居る彼を見る。
目が合った。ヤバい。
話題、何か話さないと彼のペースになってしまう。
「加賀宮さん。私に……、恨みでもあるの?」
「……はぁ?ないよ」
ない、ないんだ。
「じゃあ、九条家とか遠坂家…?」
私の旧姓は、遠坂。
父は玩具メーカーの社長。五年以上前、父はある玩具を開発した。
その玩具は爆発的に世間にヒットし、一世を風靡した。
需要が供給を大いに上回り、取り扱い店では売り切れが続出。
小さな会社だったが、その商品のおかげで軌道に乗り、ごく普通の家庭だった私も、生活が一変した。
やがて父は功績を称えられ、社長に就任。
父も母もお金の使い方が変わっていった。
しかしそんな優雅な生活も長くは続かなかった。
父が開発した商品を模倣した物が世間に出回るようになって……。
大量生産を受注していた商品は、既に人々には求められなくなり、負債という名の在庫を抱えてしまった。
会社も一気にマイナスの収支結果になり、あわや倒産というところで、当時の九条グループに吸収される形になった。
だから、私の父は孝介のお義父さんに頭が上がらない。
今も九条グループのブランド力で玩具を開発し、爆発的なヒットまではいかないが、テレビCMで放映されるような商品を作ることができている。
そんな私の裏側まで……。
加賀宮さんには、私の旧姓や家柄まですでに知られているような気がした。
「旦那の家も、お前の家にも恨みはない」
やっぱり……。
遠坂って私の家だってこと知ってるじゃん。
何者なんだろ。
まだ教えてくれないんだろうな。
「またお前を呼び出すから。ここの住所、控えとけよ。毎回毎回、亜蘭を迎えに行かせることは難しいから」
「……。美月だから」
「えっ?」
「お前お前って……。ちゃんと名前があるんだから。知ってるでしょ?」
私の言葉に彼はフッと笑った。
「わかった」
ただ一言返事をしてくれた。
加賀宮さんはタクシーを呼んでくれ、自宅までタクシーに乗って帰った。
「本当は送りたいけど。用事がある」
そう伝えられただけで、重要なことは教えてはくれない。
結局今日も彼のこと、詳しくはわからなかった。
それから――。
孝介が出張から帰ってくるまでの間、何回彼に呼ばれたことだろう。
短時間だけど、アパートに呼ばれて……。
彼とする行為はいつも同じだ。
キスをして……。触れられて……。
その度に抗おうとする。
今日も――。
「身体は素直だな。美月?」
私を上から見下し、そう言って彼に笑われる。
彼は私のことを「お前」ではなく、名前で呼ぶようになった。
「そんなことない!」
言い返したけど、今日も彼に触れられる度に、身体が反応してしまった。
行為が終わって
「気持ち良かった?」
彼に問われる。
うん、なんて言いたくない。
私はその質問には答えず
「ねぇ。加賀宮さんは、気持ち良くなりたいって思わないの?」
疑問に思っていたことを逆に聞いてみた。
彼に呼び出され、何度かこういうことをしているけど、彼は私との行為において、自分の快楽を求めたことがない。
だから変な話、私は彼の下半身を見たことがない。
ただ彼にイかされて終わり。
だから余計に加賀宮さんが何をしたいかわからない。
無理やり襲われて……って言う方が理解できる。
「なに?急に」
彼は予想外の質問に驚いていた。
それか……。
私に性的魅力を感じなくて身体が反応しないっていうことも考えられるか。
加賀宮さんなら「美月を見ても興奮しない」とかって平気で言いそうだけど。
「いや……。思うけど」
思うんだ。
「だったらどうして最後までやらないの?」
「……。最後までシて欲しくなった?」
「違うっ!!」
私の反応を見て、彼はハハっと笑った。
「わかってるよ。言いたいこと……」
ふぅと彼は溜め息をついた。
「美月を本当は傷つけたくはない」
私を傷つけたくはない?
私にはそう聞こえたが、小声すぎて彼が本当にそう言ったのか自信がなかった。
「もう一回言って?」
頼んでみるも
「言わない」
そう言って彼はベッドから立ち上がった。
「明日、旦那が帰ってくるんだろ?」
乱れている着衣を直しながら彼はそう呟いた。
「うん。そう……。だから今みたいに頻繁には来れないから」
「わかってる」
彼の返事を聞き、私も帰る準備をする。
明日から孝介が帰ってくる。
正直、嬉しくない。
「旦那が帰って来るの、嬉しい?」
加賀宮さんにそう問われ
「全然嬉しくない」
思わず即答してしまった。
「即答だな」
フッと笑う彼。
「加賀宮さんの前では、なんか……。言葉遣いだって気にしなくて良いし。唯一、今の私にとって素が出せる人なのかもってわかった。あっ、でもこの関係を続けたいわけじゃっ!」
続けたいわけじゃないからねと伝えようとした時、彼にギュッと抱きしめられた。
「……。嬉しい」
えっ?今、嬉しいって言った?
彼は一言囁いた後
「この関係は止めない。覚悟しとけよ?旦那が居ようと、連絡するし呼び出すから」
そう言った。
こんなに頻繁に呼び出しをされていたら、さすがに孝介だって怪しむ。
これからの生活、どうなるんだろう。
次の日――。
夫は夜遅く、日付が変わるくらいに帰宅をした。
「お疲れ様でした」
帰ってきた孝介を玄関まで出迎え、出発前にはなかったキャリーバッグを彼の代わりに持つ。
「ただいま。疲れたから、シャワーを浴びて寝るよ。荷物、開けなくていいから?」
それだけ私に伝え、スタスタと浴室へ向かった。
「えっ。洗濯物とかは?ないの?」
こんなに長く出張をしていたのだから、洗濯の一つや二つあるだろう。
「だから、荷物は開けなくていいって言ってんだろ!?疲れてるのに、同じこと二回も言わせるなよ。明日、美和《みわ》さんにやってもらうからいいよ」
美和さんとは、私と付き合う前から孝介が雇っている家政婦さんのことだ。
飯田美和《いいだみわ》さん、私より二つ年上の三十歳。とても綺麗な人。
家政婦さんともあって、お料理も上手だし、掃除も細かいところまで気付いてくれ、とても有難い。
気遣いもできて、私とも普通に話してくれる。
たまに愚痴とかも聞いてくれて。
私との仲も悪くないと思っているけど、孝介からは絶対的な信頼があって……。
美和さんと孝介が話している時、この家には自分の居場所などないように感じてしまう時がある。
「わかりました。ごめんなさい」
孝介も疲れているだろうし、これ以上彼の機嫌を損ねて、面倒なことになりたくない。
それに――。
私も夫に話せない《《秘密》》ができてしまったから、なんだか後ろめたしい。
彼に言われた通り、キャリーバッグは開けなかった。