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ショコラと彼女の父について話し合った次の日の朝、宿を引き払った私たちは王都へ向かうために乗合馬車の乗り場へと向かった。
昨日、話し合った通り今日からは天気のいい日は夜でも宿を取ることはせず、深夜に走る乗合馬車で移動するつもりだ。
運がいいことに今日は晴天であるため、このまま夜まで天気が悪化しない限りは夜の馬車に乗ることができるだろう。
「『雪の街モンブルヌ、モンブランが美味しいよ』ですか」
「ええ、モンブルヌのモンブランは王国一と言われておりますわ。私の母もそのモンブランが大好物でお祝い事のある時は必ず一緒に食べますの」
「なるほど。モンブラン……興味深いです」
コウカが古本屋で買ったラモード王国のガイドブックのような本で次の目的地に関する説明文を読み、その内容についてショコラと会話を膨らませている。
私もその本を少し読ませてもらったが、ほとんどがお菓子関係の説明文で精巧なお菓子のイラストまで載っている本だ。
多分コウカはモンブランのイラストを見て、興味をそそられているのだろう。
街に着いたら、昼食と一緒にモンブランを食べるのもいいかもしれない。
そうして次の街に着いた時のことに想像を膨らませているうちに、どうやら馬車は目的地へと辿り着いたようだ。
「モンブルヌに着きましたわね。さあさあ、限られた時間の中ではありますが、私が案内いたしますわ!」
モンブルヌに着くや否や、ショコラが張り切った様子で案内を申し出てきた。
これまでとは違った彼女の様子に少し戸惑うが、昨日の夜に相談事を持ち掛けてきた時よりも気持ちが晴れているようなので悪いことではないのだろう。
次の乗合馬車が出るまでは少し時間もありそうなので、案内してもらって少し観光するのもいいかもしれない。
「ショコラはこの街にはよく来るの?」
王都に家があると言っていたショコラがこの街についてどれくらい知っているのかは純粋に気になる。
案内を申し出るほどだ。この街に関する知識には自信があるのだろうが。
「よく……世間一般的には少ないとは思うのですが、毎年必ずお祭りの季節にはここに参りますの。この街に住んでいない私が勝手にこの街について語るのは、おこがましいことなのかもしれません。ですが、冒険者であるユウヒ様やコウカ様にもこの街が素晴らしい街であるということを是非とも知っていただきたいのですわ」
私はこのショコラの言葉が嘘だとは思えなかった。本当にこの街のことが好きなのだろう。
「そっか、じゃあ案内をお願い」
「はい! お任せくださいな!」
こうして、私たちのモンブルヌ観光が始まった。
街の中をショコラの解説を聞きながら歩く。
「まず、何故モンブルヌが雪の街と呼ばれているのかご存じですか?」
「ううん、知らないなぁ」
私は、雪とモンブルヌの街を結び付けることができなかった。
雪の街と言っても雪が降っているわけではない。それどころか、この街は少し暖かいくらいだ。
この問いに答えたのは、意外なことにコウカだった。
「あ……街の中に白い建物が多いため、と本に書いてありました」
本というのはコウカが馬車の中で読んでいたラモード王国のガイドブックのことだろう。
コウカの言う通りで、言われてみれば街の中の建物はどれもが白色で多く使われていた。気になりはじめると目が痛くなってくる。
「ええ、コウカ様の言う通りですわ。そして、街に白色が多く取り入れられているというのには実は理由があるのです」
「理由、ですか……?」
そこまでは本に書かれていなかったのだろう。コウカが首を傾げて聞き返す。
「白は始まり、清純を表すのです。ここは王国始まりの地。国を統べる王族がいつまでも国民に対する清純な心を、誓いを忘れないように。思い出せるように。そういった顔がこの街にはありますの」
そう言われて、私は周りを見渡した。
このモンブルヌの街がラモード王国の始まった場所というのは予想もつかなかった。
この街はそこまで大きいようには見えず、キスヴァス共和国の首都ユノレアエと比べてもそこまで活気に満ち溢れているようには見えない。
ここが始まりの地であるというだけで王都は別にあるため、それほど変なことでもないのだろうが。
「うわ、大きい」
ショコラの話を聞きながら歩いていると、いつの間にか大きな建物の前まで来てしまったようだった。
「ここはミンネ聖教の教会です。ここにある教会は王国一の大きさを誇る教会ですわ」
「え、王国一の大きさって王都にある教会よりも大きいってこと? 王都にも教会はあるんだよね?」
村や小さな町を除いた今まで行ったことのある街では大なり小なり、必ずミンネ聖教の教会が存在していた。それはこのラモード王国でも例外ではない。
そのため私は、もちろんこの国の王都にもミンネ聖教の教会が存在すると思っている。
この街よりも大きな街があるのに、ここにある教会が一番の大きさであるというのはそれなりの理由があるのだろう。
やはり何か理由があるようで、ショコラがフードで隠した顔を街の外側へと向けた。
ショコラの視線の先にあるのは……山だろうか。
「モン・ブランシュネージュ――通称“白き山”。お2人も聞いたことがあるかと存じますわ」
もちろん聞いたことなどはないが、それは置いておく。
ショコラが見ていたのは山だった。遠くに見えるそれは標高がとても高いのだろう、この街から結構距離があるはずなのに、圧倒的な存在感を発揮していた。今まで気付かなかったのが不思議なくらいである。
その山は白き山の名が示すように山の頂上付近には雪が残っているのか、白くなっていた。
私が山をジッと見ている間もショコラの話は続いている。
「ただの山と思うかもしれませんが、あの山の頂上にはミンネ聖教の聖地の1つ、地の霊堂がありますの」
「地の霊堂?」
「ええ。遙か昔、女神ミネティーナ様と地の精霊様を祀るために建てられた霊堂のようですわ」
女神ミネティーナ様か。
この世界に来る時に会話をしたので実感が薄かったが、ショコラの話から分かる通り大昔から存在している女神様なのだろう。
あの時に聞いたのは若い女性の声だった。全然歳を取らないというのはさすが女神様といえる。
それにしても山の頂上に霊堂があるのか。
そこはミンネ聖教の聖地らしいが、信者の人たちも大変だろう。恐らく頂上まで登ろうとする人は全然いないと思うが。
「かつて――ッ! ユウヒ様、コウカ様っ! こちらへ!」
その時、語っていたショコラが突然、建物と建物の間の狭い路地へと駆け出してしまう。
「え、ショコラ!?」
「ま、待ってください!」
少しの間、停止してしまっていた私とコウカは慌ててその後を追った。
走る彼女の後を追いながら思い出すのは、先程の彼女の様子だ。ショコラは話の途中で何かから逃げるようにこの路地に入った。
彼女が何から逃げようとしていたのかは正確には分からないが、彼女が走り出す直前に見ていた方向はわかる。
私は走る直前にその方向を一瞬だけ見たが、その方向にあったのはお菓子を売っている屋台と通行人、そして遠くからこちらへ向かって歩いてくる2人組の騎士だ。彼らはこの王国の軍人だろう。
ショコラは多分その騎士たちから逃げようとしたのだ。
誰かに追われているとは聞いていないし、これまででそのような様子を見せたこともなかった。
1つ予想できることがある。ショコラは恐らく、高貴な生まれの人間だ。
そんな彼女が書置きなどを残していた、残していないを問わずに家出をしたのなら捜索されるのは自然なことだ。
ただのパトロールという可能性の方が高いが、ショコラが逃げ出したということは捜索されていると判断できる何かがあったのだろう。
なぜ逃げ出したのかという理由までは分からないが、騎士に見つかりたくなかったから逃げたということも十分に考えられるのだ。
そんなことを考えているうちにショコラへと追いつく。
「ショコラ、ショコラ待って!」
「はぁ……はぁ……」
少しずつショコラの走るスピードが落ちていき、ついには完全に立ち止まった。走り慣れていないのか、ショコラの息は乱れている。
走っている私たちに置いていかれたヒバナとシズクも無事に追い付くことができたようだ。
壁に手を突き、息を整えているショコラの背中を擦ってあげる。
「ふぅ……申し訳、ございません」
「ううん。ショコラ、大丈夫?」
「ええ、大丈夫ですわ。次の街に向かいましょう」
「え……」
本当に良いのだろうか。
あれだけモンブルヌの街を楽しみにしていたショコラのことだ。まだこの街に来て1時間ほどしか経っていないのに、もう次の街に向かうというのは本意ではないはずだ。
それほど、あの騎士たちの姿が衝撃的だったのだろうか。
「もう……だけ…………のは……の……でしょうね……」
ショコラが何かをボソッと呟いたが、その内容を正確に聞き取ることはできない。
――その時だった。
ギュルル、と何かが唸るような声が聞こえてくる。
いや違う。これは違うぞ。これは――お腹が鳴った音だ。
もちろん私ではない。私の隣を澄まし顔で立っているコウカも違う。当然ノドカも、ヒバナとシズクも違うだろう。
だったら、残されているのは――。
「うぅ、申し訳ございません」
ショコラが両手でお腹を押さえている。
何とも締まらない感じだが、追われるようにこの街から出ていくよりかはいいだろう。
「街から出ていく前に何か食べようよ。美味しいお店、ショコラなら知っているんじゃないかな。案内してよ、ね? ……あんまり高いと別の店にするかもだけど」
保険を掛けておくのは忘れない。ただでさえ資金がカツカツなのだから。
「はい、ショコラが案内いたしますわ! ついていらして!」
はりきり出した彼女を見て微笑ましい気持ちになる。ショコラも元気になってくれたようでよかった。
◇◇◇
そこは王宮のとある一室。
広々とした部屋に質素とは到底映らないが、かといって華美過ぎない落ち着いた雰囲気を醸し出す調度品に彩られた空間に備え付けられているソファに、ブルネットの髪をシニヨンでまとめたドレス姿の女性が背筋を伸ばして座っていた。
その時、突然開いた扉から壮年で金髪の男が入室してくると女性はソファから立ち上がり、詰め寄る。
「旦那様っ、あの子は……」
壮年の男が黙って首を横に振ると、女性の表情が悲観的なものへと変わる。
男はそんな女性の肩にそっと手を置いた。
「影だけではどうにもならんかったが、第三騎士団にも探させておる。直に見つかるさ」
「そうは言いますが、影が見つけられていないというのは明らかに異常ではありませんか! あの子の部屋から書置きは見つかりましたが何者かに攫われたという可能性も……!」
「いや、それはありえんよ。あの子は王都から出るために“フェール・デ・ガトー”を使った。そのせいで影の捜査が攪乱されたのだ。痕跡も残っておった」
男の言葉に女性が驚愕の表情を浮かべる。
「“フェール・デ・ガトー”!? ですがあの子はまだ……」
「ああ、あの子のことは全て分かっているつもりだったが……子は親の想像を超えていくものらしい」
部屋の中に沈黙が訪れる。
しかし、その雰囲気は先程よりも幾分か軽いものとなっていた。
「それにだな。あの子が消えた日からフィナンシアの姿を誰も見ていない。恐らくは……」
「まったくもう……愛されていますね、あの子は……」
彼らは愛娘の無事を半ば確信していた。その顔には微笑まで浮かんでいる。
「あの子のことです、きっとお腹を空かせています」
「……そうだな」
男が仰々しく、頷く。
「旦那様、あの子を必ず見つけてください。あの子のしたことは王族として、あってはならないことです。ですが、あの子が行動を起こした理由も理解してあげてください」
「ああ、約束しよう」
そう言って、2人はお互いを抱きしめ合った。
彼らが愛娘と再会する日はそう遠くない。