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私たちはモンブルヌの街で昼食を摂ろうとして、飲食店を探していた。
ショコラが案内してくれた店もあったのだが超高級店だったので早々に諦めたのだ。
「あっ、このお店……」
ショコラがある建物の前で立ち止まる。
それは年季の入った趣のある菓子屋のようだ。
よく見ると店の窓には張り紙があって『第378回ア・ラ・モード杯準優勝』と書かれていた。
さらによく見てみるとその横には『第374回……』、さらにその横には『第372回……』と同じような張り紙が続いている。
「ショコラ、“ア・ラ・モード杯”って何?」
「毎年、王都で開かれる今年一番のお菓子を決める大会ですわ。王国中の職人が参加するとても大きな大会ですのよ」
ショコラに聞くとそのように返ってきた。つまり、この菓子屋は相当すごいお店なのだろう。
王都の職人が挙って参加する大会で賞を取るのは簡単なことではないはずだが、張り紙の中には優勝と書かれたものもあった。
それほどまでに腕のいい職人がこの店にはいるということを示唆しているのだ。
この街に来る前の馬車の中ではコウカたちにモンブランを買ってあげたいと考えていたためどこかで買うつもりではあるが、せっかくなら美味しい店の物を買ってあげたいという気持ちもある。
だがこの店は大会で優勝するような店だ。それほど気楽に買える値段とは考えづらい。
そんな懸念を胸に、怖いもの見たさで店の前に立っている看板に書かれている値段を覗いてみると――驚愕する。
「……意外と安い」
想像していたよりも遙かに安かったのだ。
看板に書かれていない商品には手が届かないものもあるのかもしれないが、安いものだけでも結構な品揃えだ。
店の中を覗き込むと、そこにはテーブルもあって喫茶店のように中で飲食ができるようになっている。今も店の中で数グループがお茶を楽しんでいるようだ。
「ここにしようか」
ここで一風変わった昼食を摂るのも悪くないかもしれない。
店のドアに手を掛けて手前に引くと、カランコロンとどこか小気味いい音が鳴る。
店の中では恰幅の良い元気なおばあさんがカウンターの奥から出迎えてくれた。
「いらっしゃい。ロラン爺さんのお菓子屋さんへようこそ」
「この3人でお店の中で食べたいんですけど、従魔は連れていても大丈夫ですか?」
こういったお店に入るときにはいつもやっていることだが、私は腕の中で眠っているノドカをおばあさんの顔の前まで掲げるような形で確認を取る。
おばあさんは一瞬目を丸くしたが、すぐににっこりと笑った。
「これは珍しいお客さんだねぇ。もちろん構わないよ、うちではどんなお客さんにもお菓子を楽しんでほしいからね」
その笑顔からは偽りなど一切感じられず、明朗な人なのだろうということが感じられた。
そうして案内されたテーブルは4人掛けの席だった。長年使われてきたものなのだろう、しっかりと磨かれているがどこか趣深く感じられる。
それからは全員で好き勝手に注文して、色々な甘味を楽しんだ。
もちろん値段の安いものから頼んだのだが流石というべきか、一切の妥協が感じられないくらいの出来の良さだ。
また私たちが店内で食事をしている間も持ち帰りのお菓子を買っていくお客さんが多くて、それだけ人気の店なのだということが分かった。
この完成度なのにこの安さだ。人気なのも頷ける。
最後に全員でモンブランを注文し、それを食べる。栗の程よい甘みとコクが感じられるクリームが絶品だった。
コウカも目をキラキラさせながら食べていたことから、ずっと食べてみたかったのだと思う。
そうして私たちが会話に花を咲かせながらモンブランを食べていると、店の奥から白い服に白い帽子を被ったお爺さんが現れ、優しそうな笑顔を浮かべながら私たちのテーブルへと歩いてきた。
「楽しんでくれておるかね?」
「……もしかしてロラン爺さん?」
何となくこの人物が誰であるのか予想がついたので、問い掛ける。
「いかにも。わしがロラン爺さんじゃよ」
私の予想は当たっていたようだ。
しかし、ここで気になるのはロラン爺さんがこんな場所に居ていいのかということだ。これだけ人気の店なので、忙しそうなものなのだが。
いったい何の用なのかと思ったが、どうやら用があるのは私でもコウカでもなくショコラのようだ。
彼女のことを見つめていたロラン爺さんは1つ頷くと、口を開いた。
「あなた様がどうしてこの場所におられるのかは聞きませぬ。この店に来たのは誰彼問わず全員がお客さんじゃ。じゃが、あなた様の身に何かあれば悲しむ民が大勢おることを思い出していただきたいのじゃ」
コトっとロラン爺さんが後ろ手に隠していた皿をテーブルの上に置く。
それは真っ白なクリームのモンブランだった。
「――ッ、モンブランシュネージュ……」
「今度、絶品のお菓子をお届けに参りますぞ」
それだけ言うとロラン爺さんは頭を下げて、店の奥へと戻っていった。
ショコラは俯いて考え込んでしまったみたいだし、私も嫌な予感をヒシヒシと感じている。
コウカはこの状況でも、ゆったりとマイペースに紅茶を楽しんでいるようだ。
私は机の上で寝ていたノドカといつものように寄り添っているヒバナとシズクをまとめて腕で抱き寄せて、その心地よい温かさとひんやりとしたものを感じながら全ての思考を頭から追い出すことにした。
ヒバナは暴れ、シズクは震えているが気にしない。
現実逃避ともいうのかもしれない。
◇
雪の街モンブルヌの中央には“建国の誓い“という大きなモニュメントが存在する。
ロラン爺さんの店を出た時にショコラがそこへ行きたいと言い出したので、少しだけ寄ることにした。
街の中心へ歩いていくと広場があり、その中心にモニュメントがあるようだ。
そのモニュメントは一見よくある石で作られたモニュメントに見える。石の表面にはそのまま『建国の誓い』と書かれており、その下に小さな文字でいくつも文章が書かれているようだった。
ショコラがモニュメントへどんどん近づいていく。
やがて彼女はモニュメントの前で静止したまま、動かなくなってしまった。
仕方がないのできょろきょろと周囲を見渡して、観察することにする。ここは街の中央だけあってその場所は通行人の数がそれなりに多いが、それ以外は特に何もなさそうだった。
だが観察を始めてすぐにあることを発見する。
なんとこの広場を通っていく通行人の誰もがモニュメントの前を通過するときに一度立ち止まり、モニュメントの前で一礼して去っていくのだ。
私の隣にいたお婆さんなんかはモニュメントに向かって頭を深く下げ、「ありがたや、ありがたや」と呟いた後に去っていってしまった。
中にはそれだけでなくモニュメントの前で膝を突いて、祈るように手を組んでいる人までいる。
この国に住む人たちにとって、このモニュメントは余程大切なものなのだろう。
「お待たせいたしましたわ、ユウヒ様、コウカ様」
いつの間にか、ショコラが私のすぐ側まで戻ってきていた。
「もういいの?」
「はい、もう大丈夫ですわ。……馬車に乗りましょう。もう少しだけ、私の我儘にお付き合いくださいませ」
そう言うとショコラは力強く一歩を踏み出した。
私とコウカもその後を追おうとしたがその前に周りの人たちに倣い、モニュメントに向かって一礼をした。
それからのショコラは着いた街々でよくボーっと街の中を眺めるようになっていた。
別に元気がないわけではなく、日中移動している馬車の中ではいつものように元気なのだ。かといって空元気というのも違うと思う。
そういった様子は見受けられないので、私もそれほど心配はしていない。
この小さな旅は王都に着いた途端に終わってしまうものだ。
私の予想が当たっているのなら、この旅が終わってしまえばもう二度と今のようにショコラと一緒にどこかへ行くということは叶わないだろう。
だから今はただ、この思い出を強く胸に刻み付ける。
私たちは王都の1つ手前の街、マルセンヌまでやってきていた。
◇◇◇
早朝、ラモード王国の王都に建つ王宮の廊下を壮年の男性騎士が早歩きで進む。
顔には本当は駆け出したいという男の焦りが浮かんでおり、でき得る限りのスピードを出そうという彼の努力が見受けられた。
そうして男性騎士は迷いなく廊下を進んでいき、ついには王族が住まう居住区画まで到達する。
だがその廊下の両翼には見張りの騎士が立っており、これ以上の行き来は制限されていた。
「ん、カジミールさん? この先は居住区画です、立ち入ることはできません」
騎士たちは知り合いなのだろう。道は固く閉ざしているが、静止の口調は険のあるものではない。
「陛下に取次ぎを頼む!」
「国王陛下はお休みになられています。至急の――」
「至急なんてものじゃない、大至急だ! 王都のすぐ近くでスタンピードが観測されたッ!」
見張り役の騎士たちが一斉に瞠目し、その表情が驚愕と焦りへと変わっていった。
これから王都ではスタンピードに対する作戦会議と部隊の編成が行われることになる。
……しかし、王国を揺るがすこの出来事には不穏な影が見え隠れしていることにまだ誰も気付くことはできなかった。