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――おいおい、鈍感にもほどがあるぞ。


新織《にいおり》の奴、遠又が自分を狙ってると、気づいてないのか?

新織と俺を二人きりにさせないよう遠又は、わざわざ会議室に顔を出したのだ。

営業部のフロアに戻ると、遠又は恨めしい目で俺をにらんでいる。

嫉妬深い奴だな。

俺をにらみたければ、にらんでいろよ。

忘れているようだが、俺が上司であいつが部下。

生殺与奪権は俺にある。

それとも、アレか?

俺に反発している上層部に取り入って、俺を蹴落とそうとしているとかか?

あの自信と俺に対する反抗的な態度も、それなら納得だ。

本社を改革した俺を疎ましく思い、復讐を企てている連中は多い。


「|貴仁《たかひと》。敵を作っていくスタイルをやめろよ」


「敵とは思っていない」


「うわっ……! 悪どい笑い方するなぁ……。新織さんにはあんな甘ったるい顔で誘っていたくせに、腹黒すぎだろ」


「誰が悪どい人間で腹黒いだ」


こいつ、俺の悪口しか言ってないんだが。

どっちの味方なんだよ。

遠又の前に晴葵をどうにかするべきか?


「正確に俺は状況を伝えてると思うけど。新織さんには満面の笑みを見せといて、遠又課長には獲物を前にして舌なめずりの笑顔って怖すぎだからな?」


「しかたないだろう。あの誘いに乗ってこないというレアな新織が、俺の誘いに乗ってきたんだぞ」


「なにが誘いだよ。罠だろ」


そうとも言う。

それに俺は駒をひとつ進めた。

『新織さん』から『新織』呼び。

じわじわと俺は盤上のクイーンを追い詰めていく。


「新織は俺の誘いに嫌な顔していなかったぞ?」


「まあなー」


それは晴葵も認めるところらしい。


「けどさぁ、気のせいじゃなかったら、新織さんは俺を見て、うっとりしていたような気がするんだよな」


「は? そんなわけないだろう?」


「もしかして、新織さんは俺のこと好きなのかな」


「なにを根拠に?」


「顔を伏せて、俺の腕あたりを見て顔を赤くしてたような気がしたんだよねー」


晴葵は腕時計をしたほうの腕を俺に見せた。

俺と同じロレックスの腕時計。

これは母方の祖父が、成人祝いに孫に買ってくれた品物だ。

祖父は孫全員に同じ時計を成人祝いに贈っている。

生前贈与の一環らしいが、あれから十年――祖父は健在で、いまだ財産を増やし続けている化け物だ。


「俺ならともかく、晴葵の収入でロレックスを身につけていたら、誰でも見るだろう」


「はぁ~!? 頬を赤めたのはどう言い訳するんだよ?」


「それを言うなら、新織は俺の顔をじっと見つめていただろ?」


「そうだけどさ……」


なんだ。

まさか晴葵も新織狙いか?

俺を追ってこの会社に入社しただけあって、昔から俺と好みが似ている。

けれど、彼女は渡さない。

レア中のレア。

彼女を俺のものにしてみせると決めた。

その決意は今も揺らいでいない!


「一野瀬部長、真剣な顔をしてるわね」


「きっと仕事のことで頭がいっぱいなのよ」


営業部の若い女子社員達の話し声が聞こえた。

残念ながら、仕事の時間は終わった。

四六時中、仕事のことばかり考えていられるか。

そう思っていると――


「見てよ。|奥川《おくがわ》さんの机!」


「アニメキャラのフィギュア置いてるわよ」


奥川の机を見ると『魔法少女☆ルン』のフィギュアが置いてあった。

まさか、奥川。

お前もか?

お前もなのか!?

フィギュアは精巧に作られており、かなりいい出来映えだった。

ターゲットロックオン!

解析開始!

頭の中に保存している情報の中から、必要な情報を検索し、取り出す――解析完了。

ふむ。あのフィギュアはゲームセンターのクレーンゲーム限定フィギュアか。

しかも、難易度は高め。

晴葵に頼まれ、わざわざ変装してゲームセンターに行き、俺がとってやったからフィギュアで間違いない。

奥川は俺が思うより、できる男なのかもしれない。

侮れない男、奥川。

俺の中で奥川への評価がグッとあがった。

だが、女子社員たちの奥川への評価はグッと下がった。


「こんな女の子のフィギュアを机に置くとか最悪」


「オタクよ!」


そんなこと言うなよ。

できることなら、俺も好きなゲームキャラのフィギュアに囲まれて仕事したい。

だが、それをやってしまえば、社会的な評価が下がることを俺は知っている。

だから、やらない。

奥川――お前は勇者だ。

お前という存在を俺は見くびっていたよ。

机に戻ってきた奥川を見る女子社員達の視線は冷たいものだった。

俺のそばにいた晴葵は、奥川を悼むような目で見つめていた。

わかるぞ、その気持ち。


「それに比べて、一野瀬部長は違うわよね。イケメンで仕事もできるしー」


「絶対、プライベートも充実してると思うわ。休みの日はフットサルとか、自分メンテしてそう!」


「美人な女性とデートじゃない? レベル高いって~」


高いのはゲームキャラのレベルであって、付き合う女性のレベルは気にしたことがない。

俺という人間を勘違いしている女子社員が、ちらちら視線を送ってくる。


――俺は許さない! オタク仲間(奥川)を迫害したことを。


ふいっと彼女たちの視線を無視し、その場から去っていく。

晴葵も俺と同様、差別した彼女たちを冷めた目で見ていた。


「よし。今日は定時で帰るぞ」


mamazonから、昨日注文したゲームソフト『ときめく乙女のエンゲージラブ』が届いているはずだ。

新織を攻略するために、女性のハートをつかむ研究をしなくてはならない。

さっそくプレイすることとしよう。

なお、乙女ゲームは初めてである。

普段の戦略ゲームとジャンルはかなり違うが、ゲームはゲーム。

ゲームという同じくくりなのだから、乙女ゲームもプレイしてみれば、世界を征服した(ゲーム内)俺なら、なんとかなるだろう。

乙女ゲームの世界も征服できるはずだ!

明日の仕事のため、机を整頓し、鍵をかけていると、わざとらしく遠又が近寄ってきて俺に言った。


「お前と違って、俺は社長のお気に入りじゃないからなぁ~。今から、お得意様の接待だ」


だからなんだ。

社長に気に入られることも接待も大事な戦術のひとつである。

それをやるかどうかは、自分(司令官)次第。

接待をしたいなら勝手にやれよ。

わざわざ俺に自分の手の内を明かす理由がわからない。

ちらりとスマホに目を落とすと、『ときめく乙女のエンゲージラブ』の略して『ときラブ』が配送完了の通知がきていた。

俺は土曜までに、このゲームをクリアしなくてはならない任務がある。

最優先事項だ!

ここは無駄に争わず、に遠又に『お疲れ様』と優しくねぎらいの言葉をかけておくのがベストだと判断した。

――後から仕返しはするけどな?


「遠又。おつかれ――」


「おーい! 一野瀬君!」


お疲れ様と言い終わる前に、社長という強敵が現れた。

回避不可にして、コマンド【逃げる】が使えない!


「おーい、おーい!」


遠又への挨拶がかき消されたあげく、社長は俺を呼び続ける。

くそっ!

○ンタッキーのカー○ルおじさんのような優し気な風貌をしているくせに、俺の帰りを阻むとはとんでもないやつだぜ。

せっかくの定時帰りが!

心の中で舌打ちしながら、社長に返事をした。


「なにかありましたか?」


「悪いねー。帰るとこ」


愛想よく話しかける社長を冷たくあしらうことが、俺にはどうしてもできなかった。

ほくほくした顔で近寄る社長。

社長の顔を見て、思い出した人物がいる。

昔、俺が住んでいた実家の近所にパン屋があった。

社長はカー○ルおじさんに似ているというだけではなかった。

そこのパン屋の主人に似た小太りで人好さそうなおっさんにも似ている。


――俺が買いに行くと、いつもオマケのパンをくれたな。


社長をあしらい、無視して帰ることなどできない……

しかたない。社長は気がいい人なんだ。

パン屋の主人もいい人だった。

それを思い出して、ぐっと我慢した。

すれ違いざまに遠又が俺に、『人に取り入るのがうまいな』と言ってと通り過ぎていった。

同期や同じ年代の同僚からの嫉妬は面倒だ。

当然、嫉妬してくるのは遠又だけではないが、ここまであからさまにはやらない。

だから、俺は別に遠又が素直な奴だなとは思っている。

まあ、そう思ったら、悪い奴ではないのかもしれない。


「遠又、接待がんばれよ!」


さわやかに励ますと、さらにイラッとされてしまった。

どういうことだよ?

俺がどんな態度をとると満足なんだよ。

そう思っていると、晴葵が俺に言った。


「部長。そこは傷ついた顔か、悔しそうな顔をするべきですよ」


晴葵は周囲に人がいるため、『部長』呼びし、さりげなくアドバイスをくれた。


「そうか。遠又。気が回らなくて悪かったな」


謝ったのに余計ににらまれてしまった。


「遠又君となにを話しているんだ」


社長は俺たちの会話についてこれず、首をかしげた。


「いえ。べつに」


ほくほくした顔で社長は俺に言った。


「一野瀬君、きいてくれ! 実はな、私の娘が海外支店から日本に戻りたいと言ってきたんだ。これはとうとう結婚だと思わないかい?」


年頃の娘が結婚する――それを俺に伝えたかったらしい。


「おめでとうございます」


俺がそう言うと、社長は満足そうにうなずいた。


「たしか、婚約者がいましたね」


「そうなんだ。君も知っているかもしれないが、取引先の会社の男でね」


知っている。

海外支店時代、社長の娘と仲良くでかける姿を時々見かけた。

商事会社に勤め、仕事ができるイメージはないが、気弱そうで頼まれると嫌とは言えないようなタイプの男。

俺が本社へと戻る前に、社長の娘から『婚約した』という話だけは聞いていた。


「娘の結婚式なんだが、君にスピーチをお願いしたいと思っていてね」


もう結婚式まで想定しているのか!?

早い、早すぎるぞ。

俺は帰りたい気持ちを抑え、社長の娘自慢を延々と聞いていたが『さすがにそろそろ……』と思ったところで晴葵が助け船を出してくれた。


「社長、次にだすお菓子の食玩のキャラクターの相談なんですが……」


「おお、そうだな」


「『魔法少女☆ルン』のフィギュアがいいと思うんですよね」


いいわけあるかっ!

まさか、こいつ……!

この会社に入社したのは『魔法少女☆ルン』のグッズを作るためじゃないだろうな?

社長はきっぱりと断っていた。

さすが社長。

良識はきちん持っているようで安心した。

がっかりしている晴葵を見ても、俺はまったく慰める気が起こらなかった。

本当にいい加減にしておけよ。

手のかかる従弟にそう思わずにはいられなかった。

私はオタクに囲まれて逃げられない!

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