テラーノベル
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Side 黄
俺はなす術もなく、メンバーを眺めていることしかできなかった。
更衣室にはかつてないほど重苦しい空気が沈んでいる。それを明るいギャグで吹き飛ばしてくれるやつは、今いない。
ジェシーの骨肉腫が再発した。
もちろん緊急入院で、来月に迫った全国大会の予選にはたぶん間に合わない。
「……出るしかないよ」
絞り出すように北斗が言った。「5人だからって出場辞退したら、絶対あいつは納得しない。俺のせいだって自分を責めるかもしれない」
だから出るんだ、と副キャプテンは断言する。その指にはまだテーピングされているが、もう易々と復帰している。
「でも、ジェシーはハイポインターなんだよ? 欠けたらこのチームにとってどれだけの損失か」
慎太郎が反駁した。
「得点が高かろうが低かろうが、欠ければ損失になるのは全員変わらない」
俺の言葉に、慎太郎ははっと息を呑む。
「じゃあどうすればいいの?」
大我の声が、空を漂って儚く消えた。
みんなが樹の決断を待っている。だけど誰も正解がわからないから、それを後押しなんてできなかった。
どれぐらい経っただろうか、樹が顔を上げた。
「行こう。どこまで上り詰められるかわかんねぇけど、俺たちにとっていい結果をジェシーに届けようぜ」
キャプテンが手のひらを差し出した。それに呼応して、みんなは丸くなる。
一つのスペースが空いた円陣の力強い声が、体育館の一室に響いた。
「だから……ジェシーは悔しいだろうけど、5人で出ることにした」
その日、練習終わりに俺は彼の病室に寄って決定事項を報告した。本人は案外元気そうで、いつもの笑顔で出迎えてくれる。まあちょっと作ってる部分はあるんだろう。俺にはわかる。
「そっか、わかった。せっかくのチャンス、無駄にはできないもんな。じゃあ俺応援しとくね」
その笑みの裏の哀しみをすくい取ろうとしたけど、あまりに奥底にあるのか読み取れもしなかった。
「…なあジェシー」
「うん?」
呼んだはいいものの、うまく言語化する自信がなくて黙り込んでしまう。そんな俺をジェシーはじっと待ってくれている。
「……すごいよな、お前は。病気と闘って、足をなくしても頑張って。一気に襲ってきた苦労も、飄々と避けてるように見える。それを、俺らに見せまいとしてる」
「違うよ」
思いがけない返答だった。
「違う。俺は確かに病気だけど、みんなだって同じ苦労をしてきた。別のベクトルでね。だから、みんなが戦士なんだよ。もちろん高地も」
頬を、熱い雫が流れていった。なおもジェシーから目をそらせないまま。
「こーちもすごい」
ふっと目を伏せた。俺はこぼれる涙を拭い、照れ隠しに背を向けた。
「じゃ、俺帰るわ。頑張れよ」
「みんなもね。頼んだよ」
その頼みを背中で受け止め、病室を後にした。
続く
コメント
1件
やっぱりこの話最高です!