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「コルト・パイソン、命令だ。大統領の護衛につけ。お前の他に数十名派遣する」
あれから3年。グルは一番上から二番目までに成り上がっていた。政府なんかから金銭の取引をしたり、命令を聞くのは慣れていた。
一方、クルルたちもグルの言う通りに従うほかなかったのだ。体に傷を残すようなことはなかったが、心は深く傷ついたことだろう。
毎晩部屋に戻ると咽び泣いていた。
吉木は頂点まで上り詰めたらしい。ああ、それはそうであろう。サイバーテロから全てにおいて成績が良かったのだ。アフガニスタンに行くときも、サウジアラビアに行くときも。グルを連れて行っては二人で仕事をこなしていた。
「今日も一緒だね。不満かい?」
煙草を差し出して、黒い瞳でグルを見つめる。グルは軽く笑って火を点けた。
こんなことをするために、今まで彼らを欺いたわけじゃない。そんなこと考えることさえできない。きちんとした目的が……と、心で思いながら正常心を保つ。
「浦、俺は数年前……お前の部屋に暗号を残した。解読できたか」
頭を上げて、一切目を動かさずに言った。吉木は顎に手を当てて、唸り声を上げる。
「日付だったよね」
「さあ、どうだろうな」
濁すように言うと、左手で煙草を取り口に咥えた。
「隠し事するんだ、へえ」
吉木もまた、目を細めてグルを睨んでいた。
「サーフィー、そんなに薬飲まないほうが……」
クルルが手を伸ばして止めようとする。それは払われてしまった。
「変な言い方しないで! 睡眠薬だよ!!」
手が若干震えている、それを抑えるように睡眠薬を大量に飲んだ。クルルが水を飲ませて吐かせようと背を叩くが、出ることはなかった。
「コルトさんが裏切ったと思うか?! あの人は……あの人は正義に満ち溢れた素敵な人だろう?!」
「そう信じたかったよ……! でも……でも兄ちゃんは……吉木の味方になったじゃないか!!」
空になった瓶を床に叩きつけると、小さな音を立て割れた。外は夕日が沈み、透明感のない黒に染まる。茜色の雲も、もう見えなかった。
「あの日からまともに寝れない……怖いよ……たすけて……クルル……」
声は弱かった。だが、クルルは同情の心が薄れていた。こんな環境下にいれば、泣いている声や顔なんてよく見る。思い出して冷静になったのだ。
「毎日慰める身にもなってみろ……お前のお兄さんは今頃どんな思いだ」
はぁ、と溜息を漏らす。腕を組んで答えを訊いた。
「……コマが壊れて残念?」
これもまた、クルルにとっての落胆を生んだ。
「お前のこと大好きであろうグルさんがそんな無慈悲なことあるかね」
クルルは首をひねった。そしてこう続ける。
「信じられないなら付いて来い。俺の先輩であろうお方が情報共有してくれる」
身を翻すと、小さく手招きした。サーフィーは目を丸くして立ちすくむ。
「え、いいの?」
「ああ」
クルルが返事をすると、二人は24階へ向かった。
「テメェらどうした、揃いに揃ってよ」
全身にタトゥーを入れて髪を一つの三つ編みにした男が、パソコンの前に坐っている。
部屋は真っ暗で、パソコンの光以外はなかった。
「ゼロデイ先輩、グルさんって白ですよね?」
すいっと身を寄せる。返事はすぐだった。
「白だ」
男はニヤリと笑ってパソコンにパチパチと打ち始めた。そして、パチっと最後のキーを叩く。
「テメェら殴ったあとにトイレで泣いてやがるぜ。煙草とか酒で気ぃ紛らわしてるけどな」
動画を見せられて、二人は納得した。しかし、疑問が小骨のように胸につかえた。
「なら何でこんなこと……」
サーフィーが小さい声で言うと、ゼロデイはちぇっと低く舌打ちした。
「裏切りたいんだろ。浦のこと」
「阻止しなくていいんですか?」
クルルは試すように言う。その場に一瞬だけ沈黙が訪れた。
「浦は悪魔だ。俺だって嫌いだし、ザマァって思ってるよ」
ニッコリと笑った。しかし、当然のごとく二人は信用しなかった。故に、情報を聞き出した途端首に注射をして用無しとした。
「はい、確かに」
大統領との交渉相手である男は、金を数えて頷いた。グルは全身を黒で覆い尽くし拳銃を隠し持っている。その隣には、吉木が居た。
交渉は無事成立し、車に乗り込むと大統領の家までついていく。それからは、他の同業者に全てを任せ、本部へ帰った。
「でもおかしいね、本部のデータの名前が変わってる……あ、IDとか全部だ」
パソコンの画面をグルに見せつける。グルはそのシンボルマークなどに見覚えがあった。
太陽と月の移り変わり……それらはクルルがよく描いていたものだ。
「クルルが何かしたらしい」
ポツリと言葉を吐いた。吉木が口角を下げる。
「どうしてやる?」
「処分は待て、まだ使えるだろう」
少し、ほんの少しだけ言葉が早くなった。その若干の変化に吉木は軽蔑の眼差しを向ける。
「捨てる判断も必要だよ? ああ、君は僕の判断通り行動してくれるのに………………彼らだけは手放さないんだね……」
悲しそうに眉をひそめる。グルはまずいと思った。
「手放さなければならないか?」
吉木の手を掴んで訴えかけた。しかし、目が据わっている。
「僕以外いらないでしょ?」
当然のごとくそう言われ、心臓を貫かれたような気分になる。
「お前はヤンデレか何かか?」
と、訊かずにはいられなかった。無論、吉木は口角を上げて手を振る。
「そんなわけないじゃないか」と。そしてこう続けた。
「始末しないわけにはいかないんだよ。いいね?」
ジッと狼のような目で睨まれ、グルは唾を飲んだ。そして体が瞬発的に動く。
「胸ぐら掴んで何になるのかな」
体が軽く浮いていた。グルは離そうとはせず、ただ掴んでいる。
「何でそんなに、俺から周りの人を奪う?」
小並に震えているのが見て分かった。それをゾクゾクと感じながら、吉木はまた笑う。
「彼らを助けたい? 守りたい?」
「!」
うんうんと頷く。吉木は車からグルを降ろして自分も降りると、肩を撫でた。
「なら記憶を消してよ」
「……?」
「手術するんだ」
二人は長い通路を歩きながら話していた。グルの頬には冷や汗が伝っている。
「脳の情報をメモリーにしてデータにする。それを映像化させる技術を作り出したのは君だよね」
「おま……お前、気づいてたのか」
グルは思わず身構えた。吉木が慌てて両手の甲を向ける。
「君の資料を探ってたら、出てきたからさ。こっちの業界からしたら使える案だ」
助かってるよ、と付け加えられて絶望した。あの方法がバレていたなんて……と肩を落とす。
「お陰で、君の親を始末するのにバレることはなかった」
その場を静寂が包みこんだ。それを破ったのは、グルの声だ。
「は? 」
「良いね、その顔。見たかったよ」
「……どういうことだ?」
「邪魔だから消しただけ」
ひたすら、笑いをこらえるように口角を上げる。グルは息が詰まった。
「それからね、僕は僕の親も始末したよ。妹もね……」
少し静かになると、どっと爆笑が起きた。通路の奥に声が響き渡り、不気味に木霊する。
「辞めろ」
気がついたら頭を抱えていた。様々な予想なんかが脳内に溢れ出し、グルは耐えきれなくなったらしい。吉木はそんなグルを抱きしめながらこう言う。
「大丈夫だよ。”もうすぐ”終わるから」
「もう嫌だ」
「君の弟を消せば終わりだ」
「……」
グルは黙り、そのまま道を走って進んだ。サーフィーだけでも助けないと、という本心が勝ったのだ。後ろから追いかけてくる音が聞こえる。転けそうになっても、無理やり体を起こして走り続ける。
扉を開くと、吉木から手を掴まれた。
「無駄だよ……逃げても逃げても追いかけるし。君は空洞で充分だ」
その言葉は、耳に入ったが認めなかった。手を振りほどき本気で走る。そしてサーフィーの部屋に飛び込んだ。
「どうしたの?!」
筋肉トレーニングをしたあと、タオルを首に巻いていたサーフィーは飛び起きた。片手にペットボトルを持ったまま愕然としている。
「すまない、すまない……今すぐここから逃げろ!!!!」
大きな声で叫ぶ。部屋の窓は一切なく、逃げるところなどなかった。
「グルさん……」
後ろから声がして、キィと扉が開く。クルルだった。
「コープスさんが探してましたよ。何が……」
「すぐに逃げろ、関わるな。説明してる暇はない」
クルルは何が何だか分からないが、その場から駆け出した。サーフィーも続いて逃げようとする。しかし、無理なことは分かっていた。
「グル君」
声をかけられてゾッとする。瞬発的に、やや本能的に。勢いよく殴った。
「……強くなったね、けどまだ躊躇してるのが分からない?」
強くグルの足を踏むと、グルは息を漏らした。
「サーフィーは用無しか? 追いかけなくて良いのかよ?」
グルは煽るように笑う。心底諦めていた。この状況にも、全て。 吉木は足を下げると、目を合わせる。そしてグルの肩に触れた。
「”グル君を逃さなければいい”そういう考えなんだよ」
顔だけは笑っている。しかし、心だけはヒンヤリと冷めている。冷えすぎて、熱くなるほどだった。
「……俺は逃げるからな?」
一歩後ろに下がると、片手に手錠をかけられた。
「逃げれるとでも?」
「近づくな、自爆するぞ」
爆弾を片手に持ち、自分自身に突き付ける。吉木はそれで構わないと言い張った。
グルは黙って吉木の足元に爆弾を置くと、関節を外して手錠を外した。手首を掴まれたが、この際どうにでもなれと駆け出す。階段から飛び降りて地下駐車場まで駆け出した。
「グルさん! 無事ですか? 手がぶら下がってますけど」
クルルはケロッとした表情で立っている。サーフィーはヘリに乗って逃げたらしい。
「俺は乗せてもらえませんでした。あいつ一人で乗って逃げやがったんです」
「お前も俺を置いて逃げろ」
「もうヘリありません」
「は?」
首を捻るが、どうしようもなかった。クルルは慌てる様子もなく、ちんまりと立っている。
「歩いて空港まで行きましょ」
指差して言うクルルに、グルは焦りながら説明した。
「無理だ……浦が…… 」
「誰です? それ」
クルルは首を傾げて、目を丸くする。
「……は」
グルは胸が重くなるのを感じた。まさか、まさかと浮かび上がる可能性を否定しきれなくなる。
やがて背後の気配に気が付き、振り返らず走った。そう、絶望に近い重りを背負ったまま。背後の気配に恐れたまま。走り続けたのだ。
それは吉木にとって一番良いものだった。自分だけに支配された彼のことを嘲笑うようにしてジワジワと距離を詰める。
それほどに楽しいものはないと、彼はまた声を上げて笑うのだ。
コメント
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めんどくせぇ男はモテないぞ〜浦の兄ちゃんよぉ……🫠(思考停止でキャラがブレる鳥) ヤンデレより厄介だよ!!(戦闘力的観点で🙄)((どうしろって言うんだ)) グルさんだけ覚えてるのか…でも、弟たちの記憶を消されないだけ良い…のかな? もう分からねっ、すでに状況が悪過ぎるからどう転がっても良いにはならない気がするもん😇() サラッと始末?されたゼロデイ先輩に涙を禁じ得ない(そういう世界だから())