狐の呼び名
いつもより早く起きてしまった日比野。眠気も残っている感じはなく二度寝は出来そうにないので伸びをして小さい保科や市川達を起こさないようにベットから降りて扉を薄く開けるとその隙間に体を押し込み廊下へと出た。
(とりあえず部屋から出てみたけど…やることがないんだよなぁ…)
まだ少し薄暗い廊下を大きな音を立てないように歩く。そして、なんとなくの思いで向かい着いたのは屋上だった。
赤く色づいた空を眺めながら小さく息を吐いた。
◆◇◆◇
「あ、そろそろ皆起きてくる時間だな」
画面を見ながら呟く。時刻は6時、日比野はゆっくりと踵を返した。
「カフカ、今ええか?」
朝食を終え廊下を適当に歩いていたところ聞き慣れた声に呼び止められ、日比野は振り返る。
「保科副隊長!大丈夫っすよ!」
「ほーか、今から亜白隊員のとこ行くんやけど…」
「了!では小さい保科副隊長を連れて来ますね! 」
「おおきに」
そうして、日比野は急いで部屋に向かった。保科は小走りで廊下を進む大きな後ろ姿を(とってこいしたときの犬みたいやな)などと呑気なことを思いながら眺めていた。
───この後日比野が爆弾発言をするとも知らずに…。
◆◇◆◇
「ふくたいちょー!連れて来ましたっ!」
「おー、おつかれさんやな」
相当急いだのか、ゼーっハーっと息継ぎをしている日比野の大きな腕の中にはちんまりとした保科がいた。だが保科は降りたいのだろう、小さな手足をばたばたと動かしている。
「ソイツ、下りたいんとちゃうんか?」
「あ、そうですね。はい、下ろしますよー」
日比野は腰を曲げて丁寧に小さい保科を下ろすと、要望が通ったことに満足しているのか尻尾をふりふりと振っていた。
「ほな、行こか」
「はい!行きましょう、”宗四郎さん”」
ピシッ
「…は?」
日比野が名前を呼んだその瞬間、廊下の気温が一気に氷点下まで下がった気がした。日比野は寒さを覚えたかのようにぶるりと震え腕を摩る
「うっ…なんだか悪寒が…」
「カフカ」
「はい?」
「お前、ソイツのこと下の名前で呼んどるんか?」
「えーっと……はい…下の名前でしか反応してくれなくて…」
「ほぉ…?歩きながらでええから詳しく聞かせてくれや」
「あ、ハイ…」
日比野は保科の放つ謎の圧に勝つことは出来なかった。
時は少し遡り…
「うう…副隊長が寝てくれないっ…!」
その時日比野は頭を抱えていた。今ベットの上をコロコロと転がっている小さな保科に。
副隊長である保科から解散命令が出て部屋に戻り、同室の仲間を起こさないようにベットに上がり込んで、さて寝ようかというタイミングで保科が興奮状態に入ったのだ。初めは体が小さいから体力もすぐ無くなるだろうと様子を見ていたが、無くなるどころか興奮度が増してきている気がするのは自分 の気のせいだろうか。どちらにしろ放っておけばいずれ市川達が起きてしまう、そう思った日比野は小さい保科に寝るように催促することを決めた。
「ほ、保科副隊長…?もう暗いですから、寝ましょう?」
小声で言ってみるも聞く耳を持たない。結局日比野は折れ、少しだけ遊ぶことにした。
◇◆◇◆
「ふぅ……疲れた」
保科がこくりこくりと船を漕ぎ始めた頃には時刻は12時を回っていた。
「副隊長、こっちに来てください。一緒に寝ましょう?」
そう言いながら両手を広げたが、保科はこちらにちらりと視線を向けるとふいっとすぐに顔を逸らしてしまった。
「…”保科”副隊長?」
目の前の小さな尻尾がゆらりと揺れたがまだこちらに来る気配は無い。名前を呼んで欲しいのだろうと気付いた日比野は、もっと名前を呼んでみることにした。
「保科副隊長、そろそろ寝ましょう」
「…」
「保科ふくたいちょー」
「…」
「……保科、サン」
「!」
今度は大きく尻尾が揺れる。どうやら親しい呼び名で呼ばれたいようだ。保科は逸らしていた顔をじっとこちらに向けている。あともう一息、日比野は深呼吸をしてゆっくりと口を開く。
「…………宗四郎さん、寝ましょ?」
瞬間、保科は日比野に飛びついた。油断していた日比野はあっさりとそのまま後ろに倒れぼふっと枕に頭を支えられる。保科は日比野に抱きついたまま今日一番尻尾を揺らしていた。とても嬉しそうだ。日比野は力を入れすぎない程度に小さな背中に手を回して抱き寄せた。
「おやすみなさい……宗四郎さん…」
◆◇◆◇
「…という感じです」
「…」
保科は頭を抱えた。なんかもうツッコミや怒りなどがごちゃ混ぜになって叫びたくなった。
「あ、保科副隊長。隊長室に着きましたよ」
「ぉ、ああ…」
そのまま隊長室を通り過ぎる勢いだったのだろう。日比野は保科の服の裾をキュッと引っ張った。その行動だけでもキュンときた保科だったが、日比野の足元から来る殺気に視線を移すと案の定、小さい保科がまた噛み付くぞと言わんばかりの目で保科を睨んでいた。そんな顔を見た保科は口元を緩め、べーっと舌を出す。そんな急に舌を出した保科を見て日比野はこてんと首を傾げた。
「えっと……あのぉ、副隊長?」
「おお、すまん。ほな、隊長室に入ろか」
「はい!」
そうして、保科は扉を三回ノックした。
─────入れ。
コメント
10件
ハート1000にしました!!!まじで最高でした😭😭😭😭💗
初コメです! あの勘違いやったら申し訳ないんですけどpixivやってます? そんでpixivでおんなじ話投稿されてますか?