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夜のスタジオは静まり返っていた。
撮影の合間、ほのかにライトが照らす中。涼太は椅子に腰掛けて、淡々とスマートフォンを弄っている。
その隣で康二はふと、涼太の顔に目を留めた。
「だてってさ、いっつも唇ぷるぷるのツヤツヤやんな」
唐突すぎる言葉に、涼太は顔を少し顰めた。眉間に小さな皺が寄り、困惑の色が浮かぶ。
「…急に何?」
その声には少しの困惑が混じっていた。
康二は、それをものともせず、涼太の唇をじっと見つめる。ライトに反射して、淡い光沢を放つ唇。思わず見惚れてしまうほど、整っていて柔らかそうだ。
「いや〜、いっつも思ってんねんな!どないしたらそんなに唇乾燥せずに保てんの? ええなぁ〜」
羨ましそうなその視線は、単なる観察を超えて、どこか熱を帯びていた。涼太は少し目を逸らし、手元のスマートフォンを握り直す。
「リップとか塗ったらいいじゃん」
その声には、微かに呆れが含まれていた。康二は肩をすくめ、軽く笑う。
「俺飽き性やねん、三日坊主なんよ。続く訳ないやん!」
沈黙がふたりの間に降りる。時計の秒針の音だけが、静かなスタジオに響く。その静けさに、康二の胸の高鳴りが少しずつ膨らんでいった。
そして、不意に涼太が立ち上がる。康二の視線は自然と涼太に吸い寄せられ、体の前に立つ涼太の存在感に息を呑む。
「…何するん?」
その問いかけは、半ば自分への確認のようでもあり、同時に抗えない期待の色を帯びていた。涼太は無言で康二を見下ろし、ただ一言。
「別に」
その声は低く、冷たくもあり、同時にどこか挑発的でもあった。康二の心臓は不意に跳ね上がる。
涼太は視線をそっと康二の唇に落とすと、そのまま少し屈みながら近づく。
次の瞬間、柔らかな唇を康二の唇に重ねた。
動きは滑らかで、迷いがない。唇同士が触れ合う瞬間、電流のような熱が康二の全身を走り抜ける。
涼太はしばらくそのまま静止し、ほんの少しだけ唇を舐めてから、そっと顔を離す。わずかな行為なのに、康二の意識は完全に涼太に奪われたままだ。
目を見開き、唖然とする康二に、涼太は淡々とした口調で言った。
「唇が乾燥するのはキスしてないからだってさ」
一瞬、康二は耳を疑った。意味を理解する前に、涼太はさらに小さく微笑みを浮かべ、続ける。
「もちろん冗談、半分はね」
その「半分」という言葉に、康二の頬は熱を帯び、赤く染まった。視線を落とし、心臓の鼓動が耳まで響くのを感じながら、ふと小さな声で呟く。
「…じゃあ、…も、もっとせな、あかんやん…」
その声には、先ほどの挑発に応えたいという欲望と、涼太への抗えない執着が混ざっていた。涼太はそれを聞くと、ふっと笑みを浮かべ、手を伸ばして康二の顎を優しく持ち上げる。
「そういうこと」
言葉と同時に再び唇を重ねる。今度は短く、しかし確かな熱を伴ったキス。康二は抵抗する間もなく、体の芯まで熱を伝えられる。涼太の手の温もり、唇の柔らかさ、呼吸の微かな揺れ。すべてが濃密に絡み合い、ふたりの間の空気は官能的な熱を帯びていく。
「康二…」
涼太が低く呟いたその声に、康二の心は完全に溶かされていった。言葉では言い表せない高揚感が、ふたりの距離を一層縮める。目と目が絡み合い、触れる指先に電流が走る。
その夜、スタジオには二人だけの時間が流れ、静かで、しかし甘く熱を帯びた空気が漂い続けた。唇に残る余韻と、心に刻まれた涼太の存在感。
康二はもう、自分がどこまで涼太に惹かれているのか、完全に理解していた。
「…これ、ずっと続くん?」
康二の声は震えていたが、どこか期待に満ちていた。
涼太はわずかに笑い、康二の肩に手を回す。
「どうかな…でも、嫌じゃないだろ?」
康二は小さく頷き、目を閉じる。唇に触れた涼太の温もりを、体中で反芻するように感じながら。
静かな夜の中で、甘い秘密が生まれたのだった。