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悲痛な叫びが消えると、廊下に重苦しい静寂が流れた。
私は息ができない。
なのに鼓動だけは激しく波打ち続けていた。
「……ほんと、佐藤くんは今更すぎるよ。
本当は佐藤くんの気持ち、橋本くんから聞いて、とっくに知ってた」
「え……」
「橋本くんさ、口が軽いから「内緒な!」って言いながらすぐ報告してきたよ。
だけど私もだんだん意識して、好きになって……。
それなのに―――」
杏の弱々しい声を耳にした途端、私の手からスマホが滑り落ちた。
カシャン、と場違いな音がして、その音で意識を引き戻された。
私は急いでスマホを拾う。
その時、「だれ!?」と杏が叫んだ。
「……澪っ」
「杏……」
駆け寄った杏を、私はしゃがみ込んだまま見上げる。
一呼吸遅れて佐藤くんも杏の後ろに並び、私を見て息をのんだ。
「広瀬……」
私を見る佐藤くんは、見たことのない悲壮な顔をしていた。
「広瀬、ごめん……。本当にごめ―――」
「澪! 今のはなんでもないから……!
今さぁ、佐藤くんにお芝居の練習に付き合ってもらってたんだ。
すっごい迫真の演技だったでしょう?」
杏は佐藤くんの言葉を遮り、すぐに膝を折った。
それからしゃがみこんだままの私を覗き込んで、笑う。
だけど笑っているのに杏が泣きそうだから、私の胸は余計に締め付けられた。
「あー、澪のスマホ大丈夫?
こうやって落とした時のために、カバーって必要だよねー」
そう言って杏は私の腕をとり、立ち上がらせた。
「さっきの、まじでお芝居だから!
本当に気にしないでね、私―――」
「二ノ宮!!」
後ろにいた佐藤くんが、突如叫んだ。
それは穏やかな佐藤くんからは想像もつかない大声で、私たちは同時に動きを止める。
そちらを見やれば、佐藤くんも泣きそうな顔をしていた。
演劇部の部室を一瞥して、気持ちを落ち着けるような息をつく。
「……広瀬、ごめん。 本当にごめん。
俺、間違えたんだ。
あの日、二ノ宮に告白するつもりでここに来たんだ。
広瀬の鞄についているのと同じキーホルダー、二ノ宮の鞄にもついてるだろ?
それを見て、中にいるのが二ノ宮だと思った」
私は無意識に鞄に目を落とす。
杏もほぼ同時に、私の鞄のキーホルダーを見ていた。
「中庭で広瀬に呼び出された時、正直どうしてかわからなかった。
だけどその時、告白した相手が広瀬だったと知って、焦ってすぐに言おうとしたんだ。
だけど………」
佐藤くんは苦しそうに顔をゆがめる。
「あんまり広瀬が嬉しそうにするから……言い出せなかったんだ」
ぽつりと口にした佐藤くんは、そのまま唇を噛みしめた。
私はかなり間を置いて、「そっか」と呟いた。
あの時……もしも佐藤くんが、すぐ「間違いだった」と言ってたらどうだっただろう?
私は付き合えてすごく幸せだったけど、佐藤くんは……後悔ばっかりだったのかもしれない。
そう思うと、目の奥から涙が溢れそうになった。
だけど顔をあげて、泣きそうなふたりに向かって微笑む。
「……違うよ、違う」
私は大げさに手を振って、出来るだけ明るい声をだした。
「ごめんね。
私もふたりに謝らなきゃいけないことがあるんだ」
佐藤くんが好きなのは、私じゃなかった。
佐藤くんは杏が好きで、杏も佐藤くんが好き。
それが真実だったんだから、大好きなふたりに、私ができることはひとつしかない。
「……なんというか、言いにくいんだけど……。
私、佐藤くんに告白されて舞い上がっちゃってさ。
一度彼氏を作ってみたくて、オッケーしただけなの」
「え……」
佐藤くんと杏が同時に目を開く。
「だから私、佐藤くんのことそんなに好きじゃなかったんだ。
……本当にごめん!」