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交通費を節約するため一時間あまり歩いて病院につき、麗はナースステーションで看護師に挨拶をした。
「麗ちゃん、今日も来たのね、偉いわ」
看護師は、皆優しい。奥から男性の医者も顔を出してきて、貰い物のお菓子を麗に渡そうとしてくれる。
「あの、お金なんですけど……」
「心配しなくていいのよ、色々と制度もあるし、大丈夫だからね」
看護師の一人がにこやかに微笑む。
「これ……」
麗は制服の内ポケットに入れ、落とさないように押さえつけながら持ってきた札束を出した。
「えっ!」
「どうしたんだ、お金っ!」
微笑んでいた看護師の声に医師の声が重なり、何事かとナースステーションから看護師かと出てくる。
「お金!?」
「一体、何をして……」
看護師や医者が麗に詰め寄ってきて、麗は固まった。
「どうしてこんなことを……」
看護師の一人が頭を抱え、医者が麗の体を見える範囲でチェックし始めた。
違法な手段で稼いだお金だと思われていることは、麗でもわかった。
「あの、違います」
慌てて麗は否定しようと声を出したが、誰も聞いてくれない。
「大丈夫よ」
「検査とお話をしましょうね」
背中を優しく、それでいて強制的にホールドされて、連れていかれそうになる。
「あの、違うので待ってください」
「大丈夫よ、心配ないからね」
心配しかない。
(このまま検査されてしまったら、その費用は私が払わないといけないのよね……?)
「本当に、私、悪いことは」
麗はしどろもどろになり、足を踏ん張ろうとするが、周囲の大人たちには叶わない。
「ご安心下さい、そのお金は妹への養育費です」
後ろから声がした。
大きな声ではない。だが、誰もが彼女の言葉を聞かなければならない。
そんな強制力を持った声。
振り向くと姉がボストンバッグを持って立っていた。
「お姉さ……姉さん」
様をつけて呼びそうになり、麗は、言い直した。
「姉さん? 麗ちゃんお姉さんがいたの?」
麗の背中をがっちりホールドしていた看護師の力が緩んだ。
「それは、あのー」
何と言っていいかわからないでいると、姉が歩き出し、麗の隣に立った。
「腹違いです。私もこの子の存在は今日知りました。取り敢えず、この子のお母さんの入院費を持ってこさせていただきましたので、後で支払います。一階の会計窓口でよろしいですか?」
「えっ、ええ」
高校生の姉が、今、この場を支配していた。
姉には有無を言わせない強さがあった。
(これが、TVでよく聞くカリスマってやつなんかな……?)
「ありがとうございます。では、この子のお母さんのお見舞いが終わり次第払わせていただきます。麗、案内なさい」
「はいっ」
麗は、病棟の一番端の大部屋、母のいるところへ手を向け、腰を低くして姉の前を歩く。
姉の歩みを止めるものはもういなかった。
「あの、入院費なんですが……」
(支払ってもらうわけにはいかないよね? あの人のお金じゃなくて、姉さんのお金っぽいし)
「全額貯金せずに箪笥預金しておいてよかったわ」
姉がボストンバッグを軽く開いて見せると、ボストンバッグに裸の札束が入っており、麗は、息を呑んだ後、首を振った。
「そのお金って姉さんのですよね? 出していただくわけには……」
「出所は死んだ祖母の孫への遺産よ。あんたも同じ孫だから受け取る道理はあるでしょう? あとお金が必要なところはどこ?」
「大家さんとガスと水道と電気代です」
麗は、思わず姉の質問に答えてしまった。答えなければならない強制力を感じたためだ。
母の仕事用の携帯は当の昔に解約していた。
「わかった。することが多そうね。あんたのお母さんのお見舞いしたら、次に大家、学校にも電話した方がよさげね。インフラ系は後でコンビニで支払いましょう」
「ありがとうございます。中学を卒業したら働いて返しますので、しばらくお借りします」
「馬鹿言わないで、これはあんたの分だって言ったでしょ。返金はしなくていい。あと、学校もちゃんと行きなさい。私の妹が中卒じゃ困るわ」
姉はサクサクと麗の意見を聞かずに決めていく。
今は何を言っても聞いてくれそうにないので、麗は一先ず黙ることにし、ノックして大部屋の扉を開けた。