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「ここです。お母さん、入るね。今日はお客さんが来てくださったよ」
大部屋の一番奥に母のベッドがあり、麗はカーテンを開けて、姉を迎えた。
「失礼」
母の体には管が沢山ついていて、意識がある時と朦朧としているときの繰り返しだった。
(今日は、ちょっとは話せるかな? 目は開いているけれど……)
「す、ぐ……るさん、待って、たの、ずっと、迎えに来てくれるのを、待ってたの」
母が、姉を見て放った言葉に麗は戦慄した。
意識が混濁しているのだろうが、姉を父と間違えるだなんて、さぞ姉は不愉快な思っているだろう。麗は、怖くて姉を見ることが出来なかった。
「ああ、遅くなってすまなかったね」
低く響くように発せられた声は父のものによく似ていた。
姉は母の望みを叶えるために、ベッドの横にある椅子に腰掛け母の手を握った。
美しい手。爪は光っていて、指は白くて長い。それでも、姉は父のふりをしてくれている。
「優、さんっ……麗を、お願い、します。いい子だからっ、あなたのっ、邪魔にはならないって、約束させます」
麗は目を瞑った。
母はもう自分の死を理解しているのだ。そして本当は捨てられたことも理解していたのだ。
わかっていたくせに、ずっと麗にお父さんが迎えに来てくれると言っていたのかと、襲ってくる感情を息を吐いてやり過ごした。
「安心なさい、私が引き取る」
姉の言葉は力強く、母だけでなく麗まで信じそうになるくらいだった。
「良か、った」
安堵した母は疲れたのか目を瞑り、再び夢へと旅立っていく。
きっと、今日だけは母は望んだ夢を見ることができるだろう。
「行こうか」
姉がゆっくりと母の手を離し、立ち上がった。
「母がすみませんでした」
「気にしなくていい」
麗の謝罪に姉は軽く手を振り、窓の外を見た。
とても大きな夕日が、沈もうとしていた。
「我々の父親は馬鹿だ」
姉は、その一言だけで父という人間の話を止めた。
多分、父は姉にとってそれだけしか価値がないのだろう。
(それでも、母さんにとっては愛する人だった)
突然、姉の手が伸びてきて、麗は頭を撫でられた。
「後のことはすべて私に任せていい」
麗の頭は撫でてくれる手の方向に傾いていき、床を見ていると、頭から手が離れてしまい、姉が近くに腰掛けた。
「おいで」
隣に座りなさいという意味だったのかもしれない。
しかし麗にはそんなことおこがましくてできなくて、直ぐ側の床に膝をついた。
するとまた頭を撫でてもらえ、麗は姉の膝に顔を乗せた。
「麗は偉い子ね。いい子、すごくいい子」
麗は姉に褒められ、甘やかされる感覚にどっぷり浸った。
「麗、私の可愛い妹。これからは、私のものになりなさいね」
「姉さん。嬉しい、私は姉さんの物。姉さんだけの物」
一緒に悩んで考えるのではなく、本当はヒーローにたちどころに全て解決してほしかった。
何もできない麗を、助けるのではなく、救ってほしかった。
子供じみた甘えだとわかっていたから口に出したことはなかったのに、姉は全て叶えてくれたのだ。
ポロポロと涙かこぼれ落ちる。
本当は、ずっと不安で、不安で仕方なかたのだ。
その日から姉は麗の全てになった。
そう、麗にとって姉はヒーローで神様なのだ。
それなのに、どうして?