大遅刻ハロウィンです。まぁ軽く入院してたので許してください。
今回、人数の関係で旧国は出てきません。長いので前後編にわけます。
どうやら今日も一番乗りらしい。
いつもよりきつく留めたコートのボタンを外し、誰もいないフロアを歩く。
それにしても、よりによって昨日風邪をひくなんて。
フリースペースの片隅に置かれたジャック・オー・ランタンを恨めしげに見やる。
楽しみにしていたハロウィンパーティーを体調不良に奪われたのだ。
ひと睨みやふた睨みくらい、許されてもいいだろう。
カレンダーを見れば、もう十一月。
昨夜は仮装した誰かがこの廊下を歩いたのかもしれない。
けれど今朝から始まるのは静かな日常。
そのはずだった。
オフィスのドアを開けた瞬間、甘い香りが鼻先をくすぐる。
チョコレート、メープル、紅茶……少しスパイシーなのは、カルダモン?
それらが混ざり合い、夢の底に落ちていくような心地になる。
「……ここでパーティーしたのかな。」
ため息まじりに呟きながら、自席へ向かう。
来年こそ風邪をひかないようにしよう。そう思って歩みを止めた。
殺風景だったはずのデスクに、色とりどりの包み紙が散らばっていたからだ。
赤、青、金、銀。
華やかな色彩のひとつひとつに、見慣れない言語のお菓子の名前。
「皆さん、取っておいてくださったんですね。」
「いいねぇ、仲が良くて。」
独り言に返ってくるはずのない返事。バサリ、と大きな羽音が響いた。
驚いて振り向くと、そこには長身の男性が立っていた。
「びっくりした……国連さん、おはようございます。」
「おはよう、日本。体の具合はどうだい?」
どこか神話めいた整った顔が、やわらかく微笑む。
「もうすっかりです。ご迷惑をおかけしました。」
「いいや、心配はいらないよ。……アメリカはずいぶん拗ねていたけれどね。」
くすくすと笑う唇が弧を描く。
朝日がもう一度昇ったように眩しくて、思わず目を細めた。
「まぁ、残念がっていたのは彼だけじゃないさ。」
その証拠に、と国連さんは長い指で一枚のメモを摘み上げた。
「“Who am I ?”――だそうだ。」
「ふーあむ……?」
私は誰?
そうとだけ書かれたメモを受け取った。
「まぁ、適当な箱をご覧。」
近くの箱を手に取理、四方から眺める。
「……名前が、ない?」
「ふふ。簡単に言えば、拗ねた子たちの置き土産だね。君が“自分たち”をみつけてくれるのを待っているんだよ。」
そう言って彼は愉快そうに目を細めた。
「今日の仕事は、部下たちに回しておきなさい。これは立派な外交任務だ。全員、見つけておいで。」
ですが、と反論しかけた口元を人差し指で封じられる。
「……でないと、どんな Trick が待っているかわからないからね。」
まさか、ハロウィン用に備蓄していたお菓子がこんな形で役に立つとは。
かくして僕のハロウィンは、数日遅れで幕を開けたのだった。
***
最初に手に取ったのは、カラフルなチョコビーンズ。
次に目に入ったのは、メープルクッキーと紅茶のスコーン。
「Mornin’, Japan!!」
背後からの声とともに、勢いよく抱きつかれた。
流れるように身体を包む長い腕。この無遠慮な距離感にも、もう慣れた。
「おはようございます、アメリカさん。」
「昨日休むって聞いたからさ、心配したんだぜ。」
ぎゅうぎゅうと力を込める腕に背骨を圧迫されていると、呆れたような声が飛んだ。
「飛びつくな、バカ息子。」
「水差すなよ親父。今は二人の時間なんだから。」
大きな手が頭の後ろにまわり、隠すように胸元へと押し込まれる。
正直かなり息苦しい。
「はいはい。兄さん、お触り禁止だよ〜。」
聞き慣れた穏やかな声に振り向くと、カナダさんが苦笑していた。
彼の腕に救い出されるように引き寄せられ、ようやく呼吸が戻る。
「ありがとうございます……カナダさん。」
「ううん。日本、ジャムにされかけてたからね。」
君のジャムって何だか甘そうだねぇ、と救世主がこぼす。
「やめてください。お腹壊しますよ。」
「おいカナダ! 俺のだぞ!」
後ろから腕が伸びてくる。再びぎゅっ、と拘束された。
その背後でさらりと冷静な声が落ちた。
「日本さんは“物”じゃありません。」
「痛っ!」
ぼかり、と鈍い音。
振り向けば、アメリカさんが頭を押さえてしゃがみ込んでいる。
イギリスさんの様子を見る限り、ステッキで叩かれたのだろう。
「おはようございます、日本さん。」
「おはようございます、イギリスさん。よかった、皆さんお揃いで。」
遅れましたがハロウィンです、とお菓子の詰め合わせを差し出す。
「これは?」
「我が国で戦争を生んだお菓子です。」
興味深そうにパッケージを眺めていたイギリスさんが、ぎょっと顔を上げた。
「僕知ってる〜。タケノコ−キノコWarでしょ?血で血を洗う、終わりなき戦いっていう……」
カナダさんがどこか楽しそうに続ける。
「おい日本。俺そんな紛争知らねぇぞ。」
「全然平和な争いですよ……。ただ、未来永劫勝敗のつかない戦いでして。せっかくなので、皆さんにどちら派かお尋ねしようと。」
「なるほど。」
イギリスさんが顎に手を当て、納得したように頷く。
その隣で、アメリカさんが誇らしげに声を上げた。
「それにしても……日本、ちゃんと俺のお菓子だって分かってくれたんだな!」
サングラスの奥の瞳が嬉しそうに輝く。
勢いよく振られる尻尾の幻覚を見てしまったのは、きっと僕だけじゃない。
「あんなどぎついカラーリングを食品に使うのは、あなたくらいでしょう。」
「はぁ!? なんだよその言い方!」
「茶目っ気たっぷりでいいですねと褒めているんです。」
やはり、あのビーンズはアメリカさんのものだったらしい。
「まぁまぁ父さん。兄さんにしてはマシなチョイスだと思うよ。」
「お前も敵かよ! メープルなんて安直すぎんだろ!」
火に油を注ぐ発言をしたカナダさんに、アメリカさんがツッコミを入れる。
耳元で叫ばないでほしい。
「特産品を選んで何が悪いんですか。」
「僕たちは日本に“おいしいもの”を食べてほしいんだよ。食紅じゃなくてね。」
淡々と反撃するカナダさんとイギリスさんに、アメリカさんが声を上げる。
「にほーん! 俺いじめられてるー!」
「アメリカさんのビーンズ、宝石みたいで僕は好きですよ。」
大きな背を抱きとめて宥めると、アメリカさんは下手な泣き真似をやめた。
「イギリスさんのスコーンは香りで分かりました。カナダさんのクッキーも、楓の形が秋らしくて素敵でした。」
「ふふ、流石ですね。」
「よかった。」
アメリカさんはすっかり機嫌を直し、優しく背中を叩く。
「他のやつらの分も探してやれよ、Japan。」
***
3人と別れてから数分。
ようやく目当ての背中を見つけた。
「中国さん!」
「どうした風邪ひき。漢方でももらいにきたアルか?」
茶化すように糸目が細められる。
「違いますよ。月餅ありがとうございます。」
懐かしい味でした、と詰め合わせをてのひらに載せると、中国さんは呆れたように煙管を口から離した。
「まだ10時だぞ……お前、まさかもう食べたのか?」
「だって美味しいこと知ってるんですもん。」
つまみ食いをしようと背のびをした日を思い出し、笑みが漏れる。
その内身長を伸ばすのを諦めて、つまみ食い用の長いお箸を作ったんだっけ。
「相変わらずの食い意地だな……。というかこの菓子配ってどうする気だ。」
「痛っ。」
余計な争い増やすな、と指先で弾かれた額を押さえる。
「面白いかなって……。」
「お前本当……たまに何も考えずに行動するよな。」
「じゃあ、何も考えずにお願いしていいですか?」
何だ、と怪訝そうに眺められた。
「来年のお月見は、一緒に月餅作りましょうよ。」
「……は?」
「ね?いいでしょう、昔みたいに。」
驚いたように細い瞳が見張られる。
「ロシアにのとこでも行ってやれ。出くわした時、我だけもらってたら拗ねて面倒だからな。」
「絶対作ってくださいね。ご飯は麻婆豆腐がいいです。」
「わかったわかった早く行け。今頃はフロアうろちょろしてるはずだ。」
しっしっ、と彼が吐き出した煙ごと追い払われるように手を振られる。
その首筋がほんのり赤く染まっていたことは、僕の胸にしまっておこう。
***
「……いない。」
何度か廊下を往復しても、ロシアさんの姿は見当たらなかった。
『うろちょろしてるはず』という中国さんの言葉を思い出すが、どうやらその範囲が広すぎるらしい。
足が長い人のフットワークを舐めていた。
少し歩き疲れて、自販機前のソファに腰を下ろす。
ポケットの中で、木のぬくもりが指先に触れた。
「……みつけるのが大変と言えば。」
取り出したのは、赤いスカーフのマトリョーシカ。
ぱかり、と胴を割ると、中から少しずつ表情の違う人形たちが顔を覗かせる。
ひとつ、またひとつ
五つ目を開けると、ようやくきらきらとした紙に包まれたチョコレートが転がり出た。
それを指先で転がし、口に放り込む。苦味の奥に、やさしい甘さ。
「へぇ、あいつ凝ったの選んでんじゃん。」
不意に肩に腕が回される。
驚いて顔を上げると、隣に腰を下ろしたのはフィンランドくんだった。
「ふぃんはんほ……」
「飲み込んでからでいいよ。」
お言葉に甘えて、喉を鳴らす。
静かな間に、どこか北国の空気が流れるような気がした。
「サルミヤッキ、ありがとうございます。」
「いいよいいよ。あれ、咳止めが起源って言われてるから、病み上がりには丁度いいかもね。」
「あ、そうなんですか。」
思わぬところで豆知識を仕入れた。
和菓子にも薬の起源をもつものがあった気がする。今度調べてみよう。
そんなことを考えていると、右のソファが沈んだ。
「お前、サルミヤッキにしたのかよ……。」
その声に隣を見れば、ロシアさんが眉間に皺を寄せていた。
「ロシア、何だよその顔。サルミヤッキおいしいだろ。」
「そうだな。タイヤにしては。」
「は?」
フィンランドくんが眉を跳ね上げ、ロシアさんがふっと口角を上げる。
……これは、挟まれると危険なやつだ。
「まぁまぁ、これどうぞ。」
慌てて詰め合わせのお菓子を2人に差し出す。
受け取ったロシアさんは、ふと真面目な目になった。
「探してたぞ。お前、全然見つからなくてな。」
「僕もです。マトリョーシカ、凝ってましたね。5つ目まで開けないと出てこないなんて。」
「その様子だと、ちゃんと気づいたみてぇだな。」
ロシアさんがわずかに口元を緩める。
その笑みが、外の冬空よりも柔らかく見えた。
「おいしかったです。あと……かわいいですね、これ。」
「だろ?」
誇らしげなその声に、横からフィンランドくんがぼそりと呟く。
「これ、昔よく父さんにねだってたやつじゃん。」
「……お前よく覚えてんな。」
「意外とこういうちっちゃくてかわいいの好きだね、ロシアも父さんも。」
「親父と一緒にすんな。」
もう兄弟喧嘩を止められそうなものを持っていなかったので、こっそり2人の隙間から失礼することにした。
***
次はどこに行こう、とお菓子の山を物色しているとスマホが鳴った。
画面を見ると、ドイツさんからのメッセージ。
次いでイタリアさんからもスタンプが届いた。
急ぎ足で食堂に向かうと、既に2人がテーブルを確保してくれていた。
手招きされ、イタリアさんの隣に座る。
「すみません、すっかり時間を忘れていて。」
「そんなところだろうと思ってたよ。」
「日本は集中すると周り見えなくなっちゃうもんね〜。」
2人に笑われ縮こまる。
このままイジられ続けるのは嫌なので、先手を打ってお菓子を渡すことにした。
「おふたりとも、プレッツェルありがとうございます。」
そう言うと、イタリアさんが誇らしげに胸を叩いた。
「ioのおかげで美味しくなったんだよ!」
「……別に俺1人でも作れたが。」
「レシピ厳守しすぎて既製品みたいになるってドイツが相談しに来たんじゃん。」
揶揄うように笑うイタリアさんに、ドイツさんが珍しくむくれてそっぽを向く。
拗ねると意外と長い彼を前に、どうしたものかと1人慌てる。
「ドイツさ……」
「ニポン!!」
宥めようと口を開いたタイミングで、勢いよく抱きついてきた小さな影。
遅れて2人分の重みが加わった。
「3人とも、走らない。」
少し呆れたような声を上げたのは韓国さんだった。
「あ、韓国さん。ワッフルありがとうございます。色々乗っかってておいしかったです!」
「クロッフルだよバカ。あとまずは自分の状態確認しろ。」
その言葉に振り向くと、満面の笑みを浮かべる3人組が背中にひっついていた。
「パラオに台湾くん……ポーランドくんまで?」
「えへへ、正解!」
ポーランドくんの答えを合図に3人が離れる。
「3人もお菓子くれてましたよね。すぐわかりましたよ。」
「ほんと!?」
ピョンピョンとパラオが飛び跳ねた。
「3人で作ってくれたんですよね。」
「パイナップルケーキって1人で作るものじゃないからね。」
久々に集まれて楽しかったよ、と笑いながら台湾くんが教えてくれる。
台湾くんのレシピで作ったのなら間違いなくおいしいはずだ。
「ありがとう。後でデザートに頂きますね。」
「うん!今度はニポンの誕生日だね!」
そう言ってにこにこ笑うパラオたちの頭を撫でていると、韓国くんがお昼終わるよ、と連れて行ってくれた。
「親日国ってなんか癒されるメンバーだよね〜。フィンランドみたいなのもいるけどさ。」
「エストニアに怒られるぞ。」
「てか流石のドイツも、あの子たちには嫉妬しないんだね。」
「怒るぞ。」
そう言うドイツさんはすっかりいつもの調子に戻ったようで、ほっと息を吐く。
「そういえば日本。ヨーロッパの分が残ってるなら、シエスタ入っちゃう前に行った方がいいんじゃない?」
「あっ、そっか。」
シエスタのしきたりはわからないけれど、漠然とお昼の後なんだろうというイメージがある。
確かに渡すなら今のうちだ。
「まぁ頑張れよ。でも順調に回れたんだろう?」
「実は、ここからが鬼門でして。」
丁度その時、昼休みの終わりを告げるベルが鳴る。
これから会議だという2人に手を振って、僕はヨーロッパのフロアへと足を踏み出した。
(続)
コメント
3件

私🇯🇵と同じタイミングで風邪ひけたってこと?!