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子供たちが帰り、高良の本家には、健一と咲子が残っていた。
テーブルの上には、米の旨味ある優しい甘さのお酒『|観音下《かながそ》』が置かれている。
「慶太さん、素敵な方とご縁があって良かったですね」
「ああ、いままでいくら縁談を持ち込んでも、乗り気じゃなかったのは、慶太の心の中に彼女が居たんだな。……あの意思の強さは、羨ましいよ」
いまさら、過去を後悔しても詮無き事なのに、健一は自分の結婚を振り返る。
名ばかりの妻、冷え切った家庭。
もしも、あの時、慶太のように自分の想いを貫いていたなら、咲子と別れたりしなかっただろう。
聡子との結婚は、事業的には成功したが、家庭として寂しいものだった。
顔を合わせても話しをするでもなく、同じ空間に居ても寛げなかったのだ。
その上、再会した咲子を口説き落とし、結局は、離婚も出来ずに日陰に追いやり、つらい思いをさせてしまった。
「なあ、いまさら、だが……籍を入れないか?」
先日、咲子に叩かれた時に、別れを切り出され、背筋が凍る思いをした。
この先の人生に咲子が居ないなんて、健一には考えられない。
遅すぎるプロポーズだが、咲子と離れたくない気持ちが、それを言わせた。
健一の言葉に目を丸くした咲子だったが、すぐにニッコリと微笑む。
「本当に、いまさらですね。さて、どうしましょうか……。高良の姓を名乗るとなると、最後は高良家のお墓に入るんですよね。正直言って、お墓の中まで聡子さんとご一緒したくないんですよね。なので、とりあえず保留ということで」
ふふっと笑い立ち上がった。そして、襖に手を掛けてから健一へと振り返る。
「なにか、お酒のアテをお持ちしますね」
そう言って、部屋から出て行ってしまう。
ひとり残された健一は、ガックリと肩を落とした。
「とりあえず保留……か」
【終わり】