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奏さんと手をつないで帰った、あの雨の日。
胸の中はぐちゃぐちゃだった。
嬉しい。でも、苦しい。
俺たちは「兄弟」なんだって、何度も言い聞かせようとした。
でも、夜になって――それどころじゃなくなった。
リビング。
俺と奏さんが、並んで座ってた。
距離は近くもなく、遠くもない。
だけど、奏さんが本を読みながら、時々ちらっと俺を見てくるのを、俺は気づいていた。
そのとき、陽翔さんが帰ってきた。
「ただいまー。……って、あれ?」
玄関の音のあと、陽翔さんの声が一瞬だけ止まった。
俺たちを見て、何かを察した顔だった。
笑顔のはずなのに、目の奥だけが笑ってなかった。
「なんか、ふたり…仲いいね」
「……そ、そんなこと……!」
「いや、いいんだけどさ」
陽翔さんはそう言って笑った。
でも、その笑顔は、ほんの少しだけ遠くて。
夕食のあと、皿を片付けながら陽翔さんがぽつりとつぶやいた。
「ねえ、今日…奏と帰ってきたんでしょ?」
「……うん」
「手、つないでた?」
背中がびくっとする。
陽翔さんは、優しい声のままだった。
「俺さ、ちょっと安心してたんだよ」
「君が俺と笑ってくれてるの、嬉しかったし」
「でも、気づいたら……奏の方、見てるんだよね」
「……ごめん」
「謝らなくていいよ」
「でも、ずるいなって思っちゃった」
「奏ばっかり、気づかれて。俺は、まだ何も伝えてないのに」
陽翔さんは、優しくてずるかった。
俺のこと、責めずに、でもちゃんと苦しそうだった。
「ねえ、もし…もしも俺が、君のこと好きって言ったら」
「迷惑、かな」
俺は、答えられなかった。
胸が苦しくて、なにも言えなかった。
その夜、ベッドに入っても眠れなくて。
目を閉じるたび、ふたりの義兄の顔が浮かんだ。
どっちの手が、あたたかかったか。
どっちの言葉が、心を動かしたか。
それが、わからなかった。