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校舎裏は、昼間でも静かだった。
人の気配が薄くて、チャイムの音だけがやけに遠い。
翠は腕を掴まれたまま、無理に抵抗しなかった。
抵抗したところで、どうなるか分かっているから。
「ほら、こっちこい」
背中を押されて、コンクリートの壁にぶつかる。
冷たさが制服越しに伝わって、息が詰まった。
「さっきさー、先生通ったの見た?
でも何も言われなかったよな笑」
くすくす笑う声。
それが“いつもの事”みたいに聞こえてしまうのが、いちばん苦しかった。
「赫の兄弟だっけ?
あっちは被害者ヅラしてるけどさ」
「血は争えないってやつ?」
翠は視線を落とす。
言い返せば、もっと酷くなる。
黙っていれば、早く終わるかもしれない。
──そうやって生きてきた。
「なぁ、さっき水かけられてたよな?」
別のやつが思い出したように言う。
「うわ、マジ?
じゃあもう一回いっとく?」
軽いノリ。
“遊び”の延長みたいな口調。
ペットボトルの蓋が開く音がして、翠は一瞬だけ肩を強張らせた。
でも、逃げなかった。
逃げたら、追いかけられる。
逃げたら、もっと目立つ。
水は、かからなかった。
「やめとこうぜ。
今日は赫の件で騒がれてるし、今バレればめんどくせぇぞ」
誰かがつまらなそうに舌打ちする。
「でもさ、代わりにさ」
翠の顎を指先で持ち上げられる。
「黙ってるの、得意そうだよな」
その言葉が、胸の奥に突き刺さる。
──そうだよ。
──得意だよ。
誰にも迷惑かけないために。
家族が壊れないために。
赫がこれ以上、苦しまないために。
「じゃ、またな」
肩を強く押されて、翠は壁にもたれる形で残された。
足が、少し震えていた。
でも、それを誰にも見せないように、深く息を吸って、吐く。
大丈夫。
まだ立てる。
まだ、歩ける。
教室に戻るとき、廊下の窓に映った自分が見えた。
濡れた制服、伏せた目。
──でも誰も、気づかない。
その頃、保健室では。
赫の周りに、黄と瑞がいて、
「大丈夫?」
「今日は無理しなくていいよ」
そんな声が飛び交っていた。
それは、間違ってない。
優しさだ。
……ただ、翠の居場所は、そこにはなかった。