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「何、話したの?」

「その時のオレやる気なかったからさ、当時の透子気にかけてくれてさ。声かけてくれたんだよね」


確かにそういう子は何人かいたような気もするけど。


「オレ透子にさ、『やる気ないんですけどどうしたらいいですか』って聞いて。まぁ多分適当にあしらうか、ありきたりな言葉でも言ってくるんだろうなぁって思ってた」


なんとなくそんな話してたの思い出して来た。


「そしたらさ。透子に言われた言葉が『やる気ないなら別に無理しなくてもいいんじゃない?』って。まさかの答えが返って来て驚いた」


多分、それ私が涼さんと別れてしばらくしてからだ。


「それ新人研修で言う言葉じゃないよね(笑)」


思わず自分が昔言った言葉に笑ってしまう。


「でもそれが突き放した感じじゃなくてさ。その時のオレの存在を否定しなかった気がして。なんか嬉しかったんだよね」

「否定なんてしないよ。皆どんな状況であってもそれぞれ思うことは違うワケだし、納得いかないことを無理にしなくてもいい。自分を偽って自分が無理する必要ない」


そうだ。なんとなく思い出して来た。

なんかその時他人事だと思えなくて、自分と重なる何かを感じたからだ。


「それでその時オレ聞いたんだよね。『あなたの仕事してる意味ってなんですか?』って」


うん。なんか人と違う何かを秘めている雰囲気で、新人研修来ているのに、なぜかやる気がなくて気になってた子が一人いた。

だけど。

多分何か答えを探しているような、そんな気がした。


「そしたら透子。『自分を好きになるため』って言ったんだよね」

「よく、覚えてるね」

「そりゃね。そんな言葉か返って来るとは思ってなかったから」


多分、その時。

私は涼さんと別れて、一人で頑張って行こうとしてた時だった。

涼さんと別れて自分の事まで嫌になりかけて。

黙ってあっさりと離れた理由は、きっと自分にあるんだろうなぁって。

だから一時期は立ち直れないくらいだったけど。

でも、そんな自分になりたくなかった。

自分に負けないように、昔の自分と変わって、自分を好きになるために、自分に自信がつくように目の前の仕事を頑張ろうって決めた。


「その言葉が、なんかさ、やけに響いちゃって。その時のオレも自分が好きじゃなかったから」

「そう、なの?」


まさか樹まで自分のこと好きじゃない時期あったんだ。


「うん。実は家庭環境がまぁ色々特殊で。昔から決められたレール歩かされて自分の意志もなくてさ。やる気どころかやりたいことも欲しいことも望むことなんて特になかった。親の愛情もよくわからなくなって、自分の存在意義っていうの?なんかそういうのが疑問に感じて」


樹が初めて話してくれたことは、私の過去以上にきっと複雑で。


「なんかもうどうでもよくなってた。自分も周りも。多分このまま状況なんて変わらなくて、オレの意見なんて、望んだことなんて何も通ることもなくて、ただその決められた人生を歩むだけだと思ってたから」


樹が抱えてるその重い何かは、きっと簡単にどうこうなるモノじゃないような気がして。


「だから、透子のさ、『自分に嘘はつきたくない。だから自分をもっと好きになりたい』って言葉が、ずっと忘れられなくて」


私が自分自身に言った言葉が、その時の樹にも同時に届いていた。



「その時にさ、透子。あのネックレスつけてたんだ」

「私がご褒美で買ったって言ってたやつだ」

「そう。そのネックレスのことも話してくれて、自分にとっては今そのネックレスが自分に力をくれる頑張れる理由だって」


そっか。私その時すでに樹に話してたんだ。


「だからオレにも『そんな頑張れる理由をまずはゆっくり見つけてみたら?』って言ってくれて」

「うん。それ。覚えてる」

「えっ?ホントに!?覚えてんの?」

「だって。そんな話したの樹だけだもん」


あの時話したこと覚えてる。

他の誰ともそんな話しなかった。

なぜか樹にはそんな話までしたくなった記憶がある。

なんだか放っておけなくて。

そして多分この人はこんな今のままで終わらない気がして。


「マジか・・・。覚えてくれてたんだ・・・」

「うん。なんか樹は他の人とは違ったっていうか。なんとなく。あの時の彼なら伝わるような気がした」

「だね。伝わった。かなり、衝撃的に」

「そんなに?(笑)」


大袈裟に言う樹の言葉につい笑って反応する。


「ホントに。だから、あの時から、オレの頑張る理由が、透子になった」

「・・・え?」

「そこから変わったんだ。今のオレに。透子にいつか釣り合う男になりたくて。いつか透子を振り向かせるために」


何気なく言った言葉が、まさか今の樹に変えてたなんて。


「樹・・・」

「それからずっとオレに力をくれて、ここまで頑張れるのは透子がいるから」


自分が一人で頑張ってた時も、樹はずっと私を想ってくれていた。


「だから。これからは。オレが透子の力になれる頑張れる理由になりたい」


隣りで私の目をじっと見て真剣に伝えてくれる言葉。


「今の私が今の自分を好きでいれるのも、毎日頑張れるのも、樹がいるからだよ?」


今の自分以上にもっと樹に好きになってもらいたい。

一人じゃない、樹の存在が今はあるから、今の私は頑張れる。


「嬉しい」


樹は少し照れくさそうに、そして嬉しそうに微笑む。


「ここまですっげー時間かかったけど(笑)」


そんなにも樹が時間をかけてくれて、今は目の前にいてくれることが幸せに思う。


「樹。ありがとう」

「ん?」

「私に樹の存在気付かせてくれて」

「こちらこそ。オレを変えてくれて、ありがとう」


私は何もしてないのに。

だけど、樹が自分をきっかけに変わってくれて、自分を想ってくれていたのが何より嬉しい。


「でもまぁ、どれだけ時間かかってもオレは絶対諦める気なかったけどね」

「え?」

「どんな状況でも透子を振り向かせる。絶対」

「またすごい自信(笑)」

「そりゃそうでしょ。透子をいつか手に入れるために、外見も中身も自信つけてきたんだから」

「そんな大した存在じゃないのに。私には勿体ないくらいだよ、樹は」

「は?何言ってんの?今のオレがあるのは透子がいるから。透子がいなきゃこんなに頑張れなかったし、透子はオレにとって人生の目標」

「だから大袈裟だって」

「でもまだ、こんなんじゃ透子に釣り合う男にはなれてない」

「え?いや、もう充分だよ?」

「いやまだ今のオレは中途半端だから・・・」


樹がまだ何かくすぶっているのは、さっき言ってた家庭環境のことが関係しているのだろうか。

まだ多分、樹は私が知らない何かを抱えている。


「だからさ・・。オレがもっと自信持って透子と釣り合うようになるまで・・待っててくれる?」

「何それ。どんな樹でも私は好きだよ?ずっとこれからも。こうやって樹と一緒にいられるなら、私はずっと幸せ」


特にこれ以上は望まない。

樹とこうやって一緒にいられるなら。

特に将来が欲しいワケでもない。

ただ今こうやって幸せでいられるならそれでいい。


「オレも。ずっと透子だけが好き」

「うん」


もうその言葉とその優しい微笑みだけで充分幸せだ。







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