「あ! ディオールの新作バッグ!」
突然指を差して声を上げた釘崎が駆け寄って行った先は、スーツ姿の人が大半の高専内では、華やかな格好に見える五条先生の奥さんの元だった。
街中で見かけたらなんてことない、シフォン素材のブラウスにマーメイドスカートを履いているごく普通の格好だが、明るいカラーでまとまっているだけで、黒や紺の服ばかりのここでは目立つ。まぁ街中だったとしても、彼女の醸し出すオーラというか雰囲気は、群衆の中でもなんとなく目を引くのだが。
五条先生が「心配だからあんまり一人で出歩かせたくないんだよね」と言っていたのを、普通ならば惚気話だと一笑するところ、なんとなく気持ちがわかってしまって、釘崎たちと「あー……」と声を漏らしたのは記憶に新しい。
そんな彼女と釘崎の元へ、伏黒と数十歩遅れて辿り着いた頃には、既に会話が弾んでいた。
「担当さんから連絡が来てね、見に行こうとしたら悟くんも行くって言って。そのまま買ってくれたの」
「この前持ってたシャネルのバッグも買ってもらったって言ってませんでした?」
「うん。まぁ、ほとんど悟くんが買ってくれるから、自分で買うことはあんまりないかなぁ」
「いいなぁ〜。羨ましい〜」
「えへへ。いい旦那さんでしょう」
「いや、アレが旦那は絶対嫌だけど」
五条先生の奥さんはいつも笑顔で穏やかで、でもただおっとりしているわけじゃなく、規格外の五条先生の奥さんなだけあって、しっかりしていることも知っている。
この世界に足を踏み入れてから、どこか変わっている人が多いと思ったが、そんな中で数少ないまともな人というか、むしろいい人すぎるくらいだとも思う。
そんな彼女が、ハイブランドの物をいくつも五条先生に買ってもらっているというのは、少し意外だった。別に、旦那さんが買ってくれるというのだから、一般的にはおかしなことではないのだけれど。
彼女が旦那さんのお給料で高級な物を買うというか、五条先生に貢がれているというのは、なんだかしっくりこなかった。
「それだけお金があるなら私たちももっといい店に連れてけって言っておいてくださいよ」
「え、連れてってくれてないの?」
「ないない! いい加減回らない寿司が食べたいのに、回転寿司とか食べ放題とかそんなんばっかよ!」
「ふふ、そっか。悟くんに付き合ってくれてありがとね。今度言っておく」
上品に笑う彼女の耳で揺れるピアスも、自分にはよくわからないが、きっとハイブランドの物なのだろう。それも、五条先生に買ってもらったのだろうか。「またね」と俺たちに手を振る、華奢な手首を彩っていたブレスレットも、そうなのだろうか。
姿が見えなくなったところで釘崎に聞いてみると「知らないの? 今日はヴァンクリ。なんならこの前はハリーウィンストンで揃えてあったわね」と返された。よく覚えているものだ。
「当たり前でしょ。腕時計も指輪も、履いてたパンプスだってハイブランドだし、この前着てたワンピースはフェンディよ。そりゃあいちいち目につくって。特級ってそんなに稼げるのかぁ。いいなぁ」
「そもそも五条家ってだけでも金があるだろ。しかもあの人当主だぞ」
「へぇ〜。やっぱ五条先生ってスゲーんだな」
「なになに? 僕の話?」
突然背後からかけられた声に驚いて振り返ると、ひらひら手を振っている五条先生が近くにいた。こんなに近くにいたのに気がつかなかったなんて、やっぱり五条先生ってスゲー。
五条先生の反対の手にはお土産らしき袋がぶら下がっていて、ちょうど出張帰りなのだと見受けられる。そのお土産はもちろん、俺たち宛てではない。
たまにお土産を分けてくれることもあるけれど——それもセンスが疑わしく、面白がって渡してくる物ばかりだが——基本的には自分の物しか買って来ない。他人に気を遣わずゴーイングマイウェイを貫いている五条先生が、奥さんにだけはあれこれ買っているのを目の当たりにすると、やっぱりなんだか不思議に思う。
「今さっき先生の奥さんに会ったよ」
「えぇ〜。僕はまだ会えてないのにぃ〜」
理不尽に口を尖らせる五条先生に、つい聞いてしまった。
「先生、奥さんに色々買ってあげてるんだね」
普段の五条先生を見ていると、奥さんへの態度は意外なものが多いと思うけれど、それだけ奥さんを愛しているのだということはわかる。なんでも買ってあげるのは、奥さんへの愛情表現の一つなのであろう。
いい旦那さんだと笑顔で言った奥さんの姿を思い浮かべると、五条先生にたくさん愛されて、幸せそうなのが確かに伝わってくる。
「あ〜。まぁね、色々あったんだよ」
「色々?」
「やめろ、虎杖」
俺を止めようとした伏黒に首を傾げると、五条先生が話し出す。
「あれはね、僕らが高校二年生の時の話で……」
「ほら始まった」
伏黒は露骨に嫌そうな顔をしてため息をついた。隣にいる釘崎は興味がなさそうにしている。そんな二人のことはお構いなしに五条先生は喋り続けたので、興味津々だった俺は一人で相槌を打った。
あれは、十一月頃の話だろうか。冬の訪れを本格的に感じるようになった頃。確か、十月頃から少しづつ始まっていたように思うが、決定的なそれが起こったのはその頃だった気がする。
そもそも、異変には割と最初の段階で気がついていた。初めの方から少しの違和感を覚えてはいたのだが、本人が何を言うわけでもなかったし、気のせいかと思っていた。しかし、それが一ヶ月くらい続いて、異変も大きくなっていくと、いよいよおかしいと気がつく。
「最近、なんかアイツ居なくね」
声に出すと、途端に違和感が輪郭を帯びた気がした。
少し前から、何故か恋人が任務で不在なことが多くなった。ここ最近なんて、ほぼ毎日のようにいない。
同じクラスだからといって、任務もみんなで行くことが多いかと言うと、決してそうではない。入学した当初は四人揃って行くことも多かったが、今では俺と傑も単独での任務が多いし、硝子に任務が充てがわれることはほとんどない。
彼女とは等級が離れているため、俺に合わせたら彼女が危険だし——俺がついてて怪我をさせるわけはないが一般論として——、彼女に合わせたら俺が行くほどのものでもない。
毎回律儀にメールをくれているのだが、『これから任務行ってくるね』という文面を何度見ただろうか。
「悟、何も聞いてないのか?」
「は? 傑は聞いてんのかよ」
恋人の俺を差し置いて、という苛立ちを察したのか、傑は「そうじゃない」と否定した。
「さすがに彼女へ割り当てられる任務が多すぎるから。悟が何も言わないということはてっきり承知の上なのかと思っていたのだけど」
「ていうか五条、気付くの遅くない?」
「前から気付いてたに決まってんだろ。最初はたまたまかと思ってたんだよ」
硝子の指摘にそう言い返していると、腕を組んだ傑が少し固い声を出した。
「何か嫌がらせとか、あり得るのか?」
あり得なくもない話だ。彼女自身は一般家庭の出のごく普通の高専の学生だが、五条悟と付き合っているということで、そういうことを気にする奴らからは注目を浴びてしまっているのも事実だ。
「そうだとしたら、本人に聞いてもきっとわからないよね」
「というか、そもそも彼女はおかしいと思っていないのかな?」
「これだけ頻繁に任務回されてて気づかないことある?」
「まぁあの子、ちょっと抜けてるとこあるし」
「だとしてもさすがに気が付いてはいるだろ……」
でもきっと、わざわざ口に出して言うほどじゃないと思っているのだろう。それでも、そんな些細なことでも、俺には言えよと思ってしまう。
彼女が呪術師としてはしっかりしていることは知っているが、本人の性格としてはどこか抜けていることも知っている。これで本当に気が付いていなかったら説教ものだ。
帰ってきたら彼女から詳しく聞くことにして、ひとまず周りに探りを入れてみるか。そう思ったところで、バタバタと騒がしい音が聞こえたかと思うと、教室の扉が乱暴に開き、大声で硝子の名前が呼ばれた。
彼女が、大怪我をしたらしい。
脇目も振らず一目散に駆けつけた治療室で目にしたのは、腹部からの出血で血塗れになって、青白い顔で瞳を閉ざしている恋人の姿だった。血の気が引き、早く反転術式をと振り返るも、硝子の姿がない。
何も出来ない自分一人走ってくるのではなく、硝子を抱えてくればよかったと顔を歪めると、ようやく廊下の向こうに硝子の姿が見えた。
すぐさま医師と並んで硝子が反転術式を使っているのを、呆然と眺めることしかできないのが歯痒かった。自分に出来ないことなんてほとんどないからこそ、こういう時の悔しさが身に沁みる。
今治療が出来ているから、決して死ぬわけじゃない。それでも、先ほどの死が差し迫っている彼女の姿を思い浮かべると、心臓が騒ついて仕方ない。いつも穏やかな笑みを浮かべている彼女の死はこんなにも身近にあるのだと、わかっていたつもりでわかっていなかったのかもしれないと気付かされた。
呪術師は死と隣り合わせで、それは彼女も同じだということはわかっている。怪我だってするし、最近もちょこちょこ怪我をして帰ってきていた。
そのせいでセックスの時に、たまたま怪我をしたところが当たってしまって、痛みにきゅっと中を締めた彼女に暴発してしまった苦い記憶は、しばらく忘れられなさそうだったりする。
彼女はようやく単独任務が出来るようになったばかりだったので、そこまで危険な任務に充てられることはまだないし、もし上の等級の呪霊が現れたとしても、特級でもない限り彼女なら逃げ切ることが出来るだろうと踏んでいた。不測の事態なんていくらでもある世界で、甘い考えをしていた自分が自分らしくなくて笑えてくる。
恋というものが、彼女という存在が、知らなかった自分を教えてくれるのか、それとも、自分をおかしくしてしまっているのか。どちらにせよ、彼女が自分の中で特別な存在だということはわかる。
無事に治療が終わって、彼女が意識を取り戻す前に周りから聞き出した情報は、予想し得ないものだった。
まず、今回の任務に関しては、彼女の等級よりも上の呪霊が相手とわかっている任務だったのだが、彼女自身が受けることを望んだらしかった。なんと最近の彼女は、一つ上の等級の任務も回してほしいと自ら頼んでいたらしい。
思わずドスの効いた声を漏らすと、説明していた補助監督が怯えてしまい、傑に窘められたが仕方ないだろう。そんな話、恋人の俺は全く聞いていないのだから。
彼女は昇級の機会がなかったために二級に上がるのが遅かっただけで、実力は十分あることは理解していたが、それでも、昇級したばかりの術師に本人が望んだからといって、おいそれと上の等級の任務を回すやつがあるか。
そして、大怪我をした理由はそれに加えて、現場で非術師が何人か巻き込まれていたために、彼らを助けながらも呪霊を祓わなくてはいけなかったからだと思われる、とのことだった。
単身挑んでいった彼女がどのように怪我を負ったのか見ていた者はいないから、あくまでも推測に過ぎないらしい。ただ、助けられた中に怪我をしていた者はいたものの、全員命は助かっているということは、きっと彼女が守りきったのだろうという結論だった。
また、最近やたらと彼女に任務が割り当てられている件について。これも、彼女が望んだことらしい。本人はたくさん経験を積んで強くなりたいからと言っていたらしいが、そんなことももちろん聞いていない。
どうして。何のために。
彼女が自分の呪力や術式、体術に至るまで、試行錯誤して訓練していることは知っているが、それは彼女が真摯に呪霊討伐に向き合っているだけで、強さに拘っているわけでは決してなかったはずだ。
先ほどよりも少しだけ血色が戻ってきた彼女の寝顔を眺めながら、自分一人ではどうしたって答えが出ない問題に頭を悩ませた。早く理由を知りたいし、いつもの柔らかい笑顔を向けてほしい。
その想いが通じたのか、ゆっくりと彼女の瞼が持ち上がった。思わず名前を呼ぶと、こちらに目を向けた彼女は少し混乱しているようだった。呟くように名前を呼ばれたが、自分も何から話せばいいかわからない。
「……大丈夫か?」
ぽけっとしている彼女は、当たり障りない俺の問いに少しだけ間を置いて返事をした。
「うん……」
聞きたいことはたくさんある。本当なら早々に問い詰めたいところだが、目覚めた直後にどうかと思うし、ひとまず彼女の様子を見ることにすると、ようやく自分の状況が飲み込めてきたようだった。
「……硝子ちゃん、かな」
「あぁ」
「すごい……息をするのも苦しかったのに、もう全然平気」
チラリと壁の時計を見た彼女が「一日寝てたとかじゃないよね?」と聞いてきたので肯定すると、もう一度「すごい」と感心して起き上がろうとした。しかし、起こそうとした上半身がぐらついたので、慌てて腕を伸ばして細い体を支える。
「あ、りがとう……」
「まだ寝てろよ」
「でも、もう怪我は治ってるし……」
「怪我は治ってても流した血まで元通りになるわけじゃないだろ」
返事は待たずに彼女の体を布団へ横たえた。その頼りない姿を見てじわじわと、いろいろな想いが込み上げてくる。
「悟くん、ずっといてくれたの? 心配かけてごめんね。ありがとう」
「……なぁ。どういうことだよ」
自分でも低い声が出たと思った。ありがとうと言って笑った彼女の顔が固まる。見たかった笑顔を自分でぶち壊すことになったが、それでも聞かずにはいられない。
「任務、自分から増やしたいって言ったんだろ。しかも上の等級のやつまで」
「う、うん……」
「なんで。どうして」
「……えっと。ちょっと、事情が……」
「事情って何」
言いたくないのかなんなのか、答えに迷って視線を彷徨わせる彼女に苛立ちが募った。するとそんな俺の様子に気が付いたのか、目を伏せて謝られるが、そんな言葉は火に油を注ぐだけだ。
「なんで謝んの? 俺に言えないことなわけ?」
「そ、そうじゃなくて……言えるけど……心配してくれてる悟くんに申し訳ないというか……くだらないって思うだろうし……」
「そんなの言ってみないとわかんなくない? つーか秘密にされてる方がムカつくんだけど」
「……うん」
かけていた布団を口元まで引っ張った後に、小さな声で彼女は呟いた。
「……ほしいものがあるの」
「は……?」
気の抜けた俺の声に、彼女は布団をぎゅっと握り締めて、早口で捲し立てた。
「……だからね、ヴァンクリで、今年限定の、どうしても欲しいものがあって。でも先生には強くなるためって言っちゃったら、悟くんと付き合ってるから気負ってるのかって気を遣わせちゃって、だからこんな理由だなんて誰にも知られるわけにはいかないって思って、なのに、こんなヘマしちゃって、悟くんにも心配させちゃって、ほんと言いづらくて、自分でも申し訳ないと思ってるんだけど、でも、どうしても! 欲しいの!」
いつもおっとりしている彼女には珍しいくらいの熱意だ。それだけ欲しいのだということは十分に伝わった。
確かに、言うのを躊躇ってしまうような、そんな理由に呆れて怒りたい気持ちはあるけれど、珍しい彼女の様子を可愛いと思ってしまったら、もう自分の負けだ。
仕方なく大きなため息だけをつくと、おそるおそるといった表情で見上げてくるところも可愛いのだから、本当に困ったものである。
「オマエはほんとにさあ……まずは俺に言えよ。俺ってオマエの何?」
「こ、恋人です……」
「恋人の俺に欲しい物の一つも言えなかった?」
「……クリスマスのデートの時に、初めてつけたの見せたかったの。似合ってるって、頑張ったねって言ってくれるかなって……」
尻すぼみにそう言った彼女は、真っ赤になった顔を隠すように布団を引っ張り上げた。正直こちらとしても助かる。絶対間抜けな顔をしている自信があるから。
まったく勘弁してくれ。可愛くてどうにかなってしまいそうだ。オマエ、俺のこと大好きすぎじゃん。
「……なんにも相談しなくてごめんね」
布団の中から聞こえたくぐもった声に、わざとぶっきらぼうな声で返した。
「で。いつ空いてんの?」
「え……?」
「その欲しいヤツ、買いに行くから」
「え……えっ!?」
驚いて顔を出した彼女の頬が少しだけ赤く染まっている。その可愛い表情に緩みそうになる頬を必死に押さえつけようと、眉間に皺を寄せた。
「俺が買えばもう任務受ける必要ないだろ。ちゃんと断っとけよ」
「でも、そんな、買ってもらうなんて……」
「オマエ俺のこと誰だと思ってんの? まぁどうしても気になるならクリスマスプレゼントってことでいいじゃん」
「あんな高価な物、クリスマスプレゼントでももらえないよ……!」
「いくらすんの?」
「えっと……だいたい四十万くらい、かな」
「はぁ? そんなの大したことねぇけど。俺のこと誰だと思ってんのって言っただろ」
「……五条悟様?」
「よくわかってんじゃん」
でも、とかなんとか、まだもごもご言っている彼女に聞く耳を持たず、約束を取り付けた。
後日、申し訳なさそうな彼女と一緒に買いに行ったのだが、まだ予約の段階にもかかわらず、目を輝かせてとても嬉しそうにしていた姿が可愛くて、それから定期的に買い物に連れて行っては、何かしらプレゼントをするようになった。
たまに彼女が五条悟に貢がせている、なんて話が出るらしいが、とんでもない。自分が勝手におこなっているだけで、彼女から頼まれたことは一度もない。むしろ、彼女が自分で買ってしまう前に、自分が買ってプレゼントすることに必死だ。
任務を増やされて危ない目に遭われても困るし、そもそも会う時間だって減ってしまう。呪霊ごときに二人の逢瀬を邪魔されるなんてとんでもない。
どう考えたって「悟くんありがとう。一生大切にするね」と幸せそうに笑っている彼女を見る方がいいに決まっている。
「わ〜かわいい! って子供みたいにうきうきするからさ、買ってあげたくなっちゃうんだよね。ホント、可愛いのはオマエだよって感じ。しかもさ、その後でまた可愛いことがあって、その年の彼女からのクリスマスプレゼントがエルメスのニットだったんだけど、つまり、僕のプレゼントに奮発したせいで、自分の買いたいものが買えなくて任務増やしてたってわけ。僕は彼女から貰えるものならなんだって嬉しいのに、悟くんに似合うもの選びたいんだって。いや〜、僕ってばマジで愛されてるよね♡」
「へぇ。なんか、全体的に納得できたわ」
惚気全開だったものの、五条先生の過去話は結構興味深い内容だった。
「そもそも任務って頼んでそんなに増やせるものなんですか?」
嫌そうな顔をしていた伏黒もちゃんと聞いていたようだ。
「ある程度ならって感じかな。彼女みたいに学生なのに、毎回毎回授業にも出られないほどっていうのは普通ないよ。ただ、彼女の場合は素行がよかった上に僕の恋人だったからね。普通より融通がきいちゃったんだよ」
「なるほど」
「ていうかいくら欲しい物のためとはいえ、そんなに働きたくないけど。それなりのプレゼント渡すんだから、最初から買ってもらった方が絶対いいのに。真面目ね」
釘崎の言葉に五条先生の頬がまた緩み出す。アイマスクで目が隠れているにもかかわらず、ここまで上機嫌なことがわかるんだから相当だ。
「ホント言ってくれたらよかったのにさぁ。でもそういうところがまた可愛いよね。あ〜、元から会いに行こうと思ってたけど、ますます会いたくなってきちゃった」
「さっきあっちの方に行ったよ。事務室の方かな」
「五条先生の話が長かったからまだいるかわからないけど」
「お土産一緒に食べようって連絡したから待っててくれてるもん」
「大の大人がもんとか言っても可愛くないから」
「僕の奥さんは可愛いって言ってくれるもん」
「それ奥さんの前でだけにしてくれる?」
五条先生も奥さんも、お互いがお互いのことを大好きなのが、それぞれから話を聞いていてよく伝わる。二人とも自分から話をすることはそんなにないが、こちらから話題を提供すれば、まぁお互いを褒めることばかりだ。
もっと前から二人のことを知っているらしい伏黒曰く、結婚する前からバカップルで、くだらないエピソードがたくさんあるとのことだった。ちょっと気になる。
俺はまだあんまり、呪術界のことも、五条先生のことも、奥さんのことも、そんなによくわかってはいないと思うけれど。でもこういう世界で五条先生のような凄い人が、唯一の相手に出会って結ばれて、よかったなと思う。
「ていうか、やっぱり私たちへのお土産はなかったわね」
「期待するだけ無駄だろ」
「五条先生がそういう気遣い出来るの、奥さん相手だけだからなぁ」
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