テラーノベル
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夜会での婚約破棄宣言から3日後。
関係者一同が聖樹の丘に会して、ロザリアの聖女としての正当性を審判することとなった。
新たな聖女が現れた。
その噂は瞬く間に広がり、クラリエ王国のすべての人民が成り行きに注目している。
しかし過労で倒れた王妃はこの場にいない。
とても起き上がれる容態ではないと侍医が判断したらしい。
「王妃様は、動ける状態ではないそうです」
神官長からそう聞かされ、ディオナはとてもショックを受けた。
(ゆっくり静養すればすぐに元気になってくれるだろうと思っていたのに……)
今回のことを王妃はどう考えているのか、過去にこのような前例があるのか、相談したいことがたくさんあったが、王妃との面会すら叶わないまま聖樹の丘へ戻ってきた。
ディオナは、この日の朝にも聖樹に祈りを捧げた。
しかし相変わらず対話は叶わず、かろうじて聖樹の苦しそうな息遣いが聞こえた気がするのみ。
そうこうしているうちに、ロザリアたちがやってくる時間になってしまった。
全員が好奇心旺盛な目で見守る中、リスターにエスコートされてシンプルで清楚な白いドレスを着たロザリアが姿を現す。
「本日はお集りいただきありがとうございます」
ロザリアが皆に向かって優雅に一礼する様は、すっかり聖女気取りだ。
リスターから離れ、ひとり聖樹の前に跪いたロザリアが、両腕を広げ聖樹になにか語りかける。
そして両手を組んで祈り始めた時だった。
根から幹へ、幹から枝へ、枝から葉へ、パアッと白い光が駆け抜けていく。
聖樹が輝きを取り戻したのだ。
誰の目にもハッキリわかるほどに光り輝き、茶色くしおれていた葉が一斉に瑞々しい新緑へと変わってゆく。
これはまさに、聖女と聖樹の共鳴だった。
ロザリアはたしかに己の聖女としての正当性を証明してみせたのだ。
「おおっ!」
周りから大きなどよめきが上がる。
「聖樹が復活した! 奇跡が起きた!」
「新たな聖女の誕生だ。なんとめでたいっ!」
ディオナは茫然としたまま、口々にロザリアをたたえる人たちを振り返った。
ひとりの初老の男性と目が合う。ディオナの実の父親スピアーズ伯爵だ。
しかし次の瞬間、スピアーズ伯爵は無表情のままディオナからフイッと顔をそらした。
ディオナの心になんともいえない寂寥感が広がる。
「わたしは聖女失格なのね……」
しかも、ここに味方は誰もいない――ディオナはその場にくずおれた。
そんなディオナにロザリアが近づいてきた。
「ディオナ、気を落とすことはないわ。これから聖女の役目は、わたしに任せて」
優しく慰めるように、ロザリアが失意のディオナの右手を握る。
その時ディオナは、ロザリアが中指にはめている赤黒い石の指輪に不吉なものを感じて体を震わせた。
「放して!」
咄嗟にロザリアの手を振りほどく。
指輪が禍々しい瘴気を放っている。
ロザリアはどうしてこんな禍々しい指輪をつけているのだろうか。こんなものを聖樹に近づけてはいけないと、ディオナは直感的に思った。
「……ひどい。そんなに嫉妬しなくても……!」
ロザリアが目を潤ませ、ひときわ大げさな声をあげる。
(違うわ! 嫉妬なんかなじゃない!)
ディオナは心の中で叫ぶと、ロザリアの指輪をもっとよく見ようとした。
しかしそれは叶わなかった。
「なにをしている!」
リスターが大股で近づいてきたからだ。
「ロザリアが聖樹を復活させたことを妬んで暴力を振るうとは、それがおまえの本性か!?」
怒りの形相で睨まれて、ディオナは首を縮こませる。
「そうではなく……っ!」
必死に弁明しようとした声は、途中で途切れた。
肩に衝撃が走りひっくり返ったディオナは、リスターの靴底を見てはじめて自分が足蹴にされたと気づいた。
リスターがさらに足を上げる。
もう一撃くらわそうとしているのだと悟って、ディオナは咄嗟に顔を覆った。
しかし覚悟した痛みはやってこない。
ディオナはおそるおそる腕をどけて目を開けた。すると、リスターの腕を掴んで制止するロゼリアがいた。
「リスター、聖樹様の前で暴力はいけないわ」
小さく舌打ちしたリスターが、侮蔑のこもった目でディオナを見下ろした。
「先に暴力を振るったのはおまえだ。ロザリアの寛大な心に感謝するんだな」
ディオナはゆっくり体を起こした。
いくつもの冷たい視線が痛いほどに突き刺さる。
いけない! その指輪は災いをもたらす物にちがいない――仮にいまディオナがそう叫んだところで、この状況では誰も耳を貸さないだろう。
「早くこいつを追放しろ!」
吐き捨てるように放たれたリスターの言葉を、ディオナは絶望感とともに聞いた。
背を向けて立ち去るリスターを追いかける直前、ロザリアが振り返りディオナだけに聞こえる声でつぶやいた。
「いい気味だわ」
誰ひとりとしてディオナに手を貸そうとする者はいない。
リスターとロザリアについて神殿へと向かう人々の後ろ姿を見ながら、ディオナは体を起こした。
聖樹を見上げれば、かつての神々しさを取り戻してキラキラ輝いている。
「今ならもしかして……」
聖樹様と対話できるかもしれない!
ディオナは立ち上がると、フラフラとした足取りで聖樹に近づいてゆく。
しかし幹に触れる直前、強い力で腕を引かれた。
「おやめなさいっ!」
神官長が険しい顔でディオナを叱責する。
「あなたは穢れてしまった。聖樹に触れることは許しません」
ディオナを神殿の警備兵に引き渡した神官長は冷たく言い放った。
「明朝には出ていっていただきますので、荷物のご用意を」
どうしてこんなことになってしまったんだろう――ディオナは自室で衣類の整理をしながらこれまでのことを振り返る。
いくら考えても答えは出ない。代わりに深いため息がこぼれた。
もともと神殿では質素な生活を強いられていたため、ディオナの荷物はほとんどない。
8年前、スピアーズ伯爵邸からこちらへ移り住んだ日に持ってきた小さなトランクで事足りてしまった。
その夜はいつもそばにいてくれるはずのクロの姿もなく、ディオナは孤独な夜を過ごした。
翌朝、神殿に訃報が届いた。
「王妃様がお亡くなりになった……?」
神官から告げられたその報せを、ディオナは信じられない気持ちで聞いていた。
亡骸はまるで老婆のようにやせ細っていたらしい。
最後に言葉を交わしてから、まだ2週間しか経っていない。
王妃は疲労した様子ではあったものの、急にそんなに衰弱して命を落とすようには見えなかった。
「せめて王妃様の葬儀に参列させてもらえませんか」
「なりません」
「お願いします。どうか……!」
神官長に必死に直談判したディオナだったが、吐き捨てるように言い返された。
「聖女でもないあなたが、わがままを言うんじゃありません!」
彼女の嘆願は聞き入れられることなく、予定通り追放処分となった。
もちろん見送りは誰もいない。
ディオナは聖女として乗っていた物とはちがう、粗末な馬車に乗せられた。
車窓から丘を見れば、昨日よりも輝きを失った聖樹が立っている。
ロザリアが祈りを捧げればまた輝きを取り戻すのだろうかと、ぼんやり考える。
昨日のことで、ロザリアが聖女の力を持っていると証明された。
それならばどうして、まだ聖女の証が刻まれているんだろう――動き出した馬車の中で、ディオナは自分の右手首に視線を落とす。
聖女の証に恥じぬよう誇り高くありつづけようと頑張った日々はなんだったのか。
今はこの証が呪いのようにすら思えてしまう。
その時、足元にもふっとしたものを感じたディオナが覗き込むと……。
「クロ! あなたどうして!」
座席の下からクロが顔をのぞかせた。
這い出してきて座席に飛び乗ったクロが、ディオナの頬を舐める。
まるで慰めてくれているようだ。
「ありがとう」
ディオナは笑顔でクロを抱きしめ、二度と見ることはないであろう聖樹の姿を目に焼き付けたのだった。
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