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「俺の経験を話そう」
言葉はゆっくりと出てきた。猫の話、城壁のそびえる高さ、汗が目の中に入って視界が消えた日、指先がかじかんでレンガがうまく掴めなかった日、国境前でもがき悩んだ日々。今思えば、壁に気付いたことも確かに大きかったけれども、ただ遠くから見ているだけの傍観者を続けていたら、今も城壁内の囚人だったはずだ。しかし、きっかけはなんであれ……たとえそれが一匹の子猫のあとを追うような、ほんのささいな出来事であれ……大切なのは実際に壁まで歩いていって、レンガをつかんでみることだ。
目を開けると、プナールの瞳から冷たそうな涙が流れた。しずくには月の光が映っている。
「今でもお前は、俺を甘いって言うかな」
「そんな……」
月のしずくは次々と、音もなくこぼれていく。
「あなたは、近くて遠い人」
彼女は指先で涙を拭いた。
「一つ、お願いがあるの。クタイ君、私を導いて。天国の、道しるべになって」