ティニの隣で横たわるドルが目に入る。ただ、閉じている瞼がこんなにも苦しそうに見えるなんて。それが私のせいか、はたまた彼は妹の夢でも見ているのか。私はそれを横目で流し、教会を出た。
「コリエンヌは怪我をしてしまう」
残されたチタニーは静かにそう呟いた。
「ティニール、彼をひとりにしないであげて」
その祈りに答えたのは、教会の沈黙だった。
「お願い、今の私はコリエンヌに近寄っちゃダメだから」
少女の懇願する声に耳を貸すものは、既に返事を返しているだろう。
「お願い、ティニール…」
弱々しく呟かれたそれに答えを返すものはいなかった。
「私は強く言うべきだったのかな」
私は心をこぼす。静寂な花園に頬撫でる風。一度強い風が吹けば、花は踊るように揺れ、花弁を散らす。切ないのか、儚いのか。この花園の色が無くなる姿など集落を移動してきた私には想像もつかない。
そう、きっと、チタニーにとって私の気持ちも同じようなものだろう。
私はその瞬間を思い出す。傷付いたドル。チタニーを軽蔑するようなティニ。私へ必死に訴えかけるチタニー。あの時、私は伝え方は人それぞれだと言った。彼女は苦しそうだった。まるで、言葉を小さな器では受け止められないように。
そうだ、それは彼女にとっても同じこと。
彼女の伝え方もまた自由。受け入れられないのは、私もまた同じだったのだ。私が伝えた言葉のはずが、私自身にも必要な言葉だったようだ。どこまでも、彼女の鏡のような反射を感じて、私は恥ずかしくなる。
「でも、人を傷付けて、力づくで命を守れたとしても」
いつの間にか足元には花は無くなっていた。
「彼の生きる理由は…命と同価値だったと思うんだ」
私は花園と森の境界線に立っていた。何故ここへ来てしまったのか。森はツタが絡まったり、切れ目なく木々が並んでいる。しかし私の目の前は口が大きく開いている。まるで私を誘っているようだった。地面には人と動物の足跡が残されている。争いでもしたのだろうか。
私は森の奥に目を凝らしたが、暗闇で閉ざされているようで何も見えない。風も消え去ったのか、森の沈黙なのか静かだ。まるで危険とでも説いているようだ。
「いや、私はここに用事などないはず」
私が引き返そうとした時、かすかに焦げたような匂いが香る。瞬時にして、森の中で何かが燃えているのだと分かった。なぜかその光景が目に浮かぶ。あまりに現実じみた記憶で、ここへ来た事が必然だったように感じた。ツタで絡まっていた謎が溶けたみたいに、私はすぐさま森へ足を踏み入れて行った。
まだ開けない闇の中、葉の隙間からこぼれ落ちる満月の光が足元を照らしている位。静寂にみちる空間、私の足音だけが孤立していた。
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