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あれ?どうして《《名前》》で呼んじゃったんだろ。
「美月?」
彼も戸惑っているようだった。
「夢の中と同じ美月だな」
「えっ?」
夢の中の私?加賀宮さんの夢の中に私も出てきたの?
「それ、本気で言ってる?俺と話すの楽しいって」
「うん。本当」
彼はフッと笑って
「じゃあ、さっきの言葉は撤回な?関係は終わらせない」
彼の言葉を聞き、ホッとした自分がいた。
「うん」
返事をしたものの、罪悪感が残る。
私、結婚してるのに。男の人に自分から抱きついてる。
それに、加賀宮さんとの関係を終わらせたくないって思っちゃった。
「美月、なんか腹減った」
彼の言葉でハッと我に返る。
あっ、そうだ。ご飯作る途中だった。
「ごめん、今すぐご飯作るね」
彼から離れ、キッチンへ向かった。
「いただきます」
私が作ったうどんを彼が一口食べる。
「あっつ!けど美味い」
食欲もあるようだし、顔色もさっきより良いみたい。
彼が箸を止めることはなかった。
「はい、薬飲んで」
お水と薬を彼に渡す。
「ありがとう」
「食器、片付けてくる。休んでて良いから」
私が食器を片付けて戻ると、彼はまだ起きていた。
「もうちょっと起きてて、薬が効いてきたら軽くシャワー浴びて寝るよ。汗かいたし」
私は帰宅することにした。
早く治すには、ゆっくり休むのが一番だと思うし。
大丈夫だって言っているのに、玄関先まで彼が見送ってくれた。
「今日はありがとう。治ったら何かお礼するから」
「いいよ。加賀宮さんにはいろいろお世話になってるし。ちゃんと休んで、早く良くなってね」
「ああ」
タクシーから降り、自宅マンションに帰ろうとした時だった。
マンション前を大型犬が散歩していた。
ちょっと苦手、なんだよな。大きなワンちゃん。
可愛いって思うんだけど、触りたいとは思えない。
それは、私が小さい時に犬に噛まれそうになったことがあるからだって、昔お母さんが教えてくれた。
私の横を通り過ぎる時――。
急にわんちゃんが私に飛び掛かってきた。
「うわぁっ!」
びっくりして、思わず叫んじゃった。
飼い主さんがリードを引っ張り、わんちゃんを止めてくれた。
尻尾を振っていて、私に敵意なんてないのに。酷い反応しちゃった。
「すみません」
飼い主さんが謝ってくれた。
「いえ、こちらこそすみませんっ!」
深くお辞儀をして謝る――。
あれっ、なんか気持ち悪い。
何だろう、この感覚。頭の中がモヤモヤしてる。
急に頭の中に何かの映像が浮かんできて――。
小さい頃、大きな犬に襲われそうになった時――。
助けてくれたのは、大人?じゃない――。
男の子――?
そう……だ!
私のことを犬から守ってくれたのは、男の子だった。
毎日のように一緒に遊んで……。お兄ちゃんみたいで。
理由はわからなかったが、彼に惹かれていた。
犬に襲われた時、自分の身体で私を隠してくれて。
私の代わりに噛まれて、それで――。
「迅くん!」
大きな声を出してしまい、私の声に反応し、振り返る通行人もいた。
「迅くんだ」
モヤモヤが一気に晴れた。
迅くんって、もしかして加賀宮さん?同じ人?
だから、私のことを知っているの?
私はバッグから携帯を取り出し、母に電話をかけた。
<もしもし?>
「ねぇ、お母さん!聞きたいことがあるの!」
<どうしたの?そんなに慌てて>
「私が小さい頃、犬に噛まれそうになった時に助けてくれた男の子、なんて名前だったか覚えてる?」
<いきなり……。そんな昔のこと。どうしたの?>
必死だった。
あの時の迅くんが加賀宮さんだったら。全て繋がる。
<名前……ね。えっと。名字は一ノ瀬……。だったかしら?下の名前までは覚えてないわ>
名字が違う。
加賀宮 迅《かがみや じん》、じゃないの?
加賀宮は本当の名字。彼の会社のホームページ、契約書にもちゃんと載ってたし。
「どうしてずっと嘘をついてたの?助けてくれたのは近所の大人だって……」
<そんな昔の話、どうでも良いじゃない。今更、どうしたの?その子のお父さん、悪い噂で近所じゃ有名で。あなたと仲良くしてほしくなかったのよ。何かあったら怖いじゃない。それより、孝介さんとは……>
孝介さんとはどう?って聞きたいんでしょ。
「もういい。ありがとう」
私は一方的に電話を切った。
マンションに帰り、落ち着いて考える。
加賀宮さんは事情がある人だ。
当時の名字と違っていたっておかしくはない。
そんなことばかり考えていた。
あっ、カフェ《ベガ》のこともちゃんと考えなきゃ。
ノートの内容、まとめなきゃいけない。
加賀宮さんが私を助けてくれた《《迅くん》》であるか、確かめたい。
けれど、思い出したと言って彼は素直に答えてくれるだろうか。
今日みたいな加賀宮さんだったら教えてくれそうな気がするけど。
何から手をつけようか悩んでいた時、玄関が開く音がした。
もうそんな時間?孝介、帰って来たの?
夕ご飯、準備しなきゃ。
お皿を取り出していた時だった――。
「お前、自分が仕事らしいこと始めたからって、夫が帰って来ても出迎えもないのか?」