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あぁ、怒ってる。
「ごめんなさい。ちょっとバタバタしてて」
お皿を置き、孝介と向き合う。
身体が硬直する。この空気が嫌だ。
「お前。今日、休みのはずだったよな?だけど、ずっと家に居なかったって美和さんから連絡が来たぞ。何をしてたんだ?」
ゾクっと背筋が凍った。
急いでいて、細かいところまで考えていなかった。
どうして私のスケジュール、知ってるの?
興味なんかないと思っていたのに。美和さんに一言伝えておけば良かった。
仕事になったって嘘をつけば良かったの?
でももし嘘がバレたら……。
まさか本当のことなど言えるはずがない。
「急に仕事になったの。伝えるのが遅くなってすみません」
他に言い訳が考えられなかった。
「ふーん」
鼻で返事をされたけど、まだ孝介は疑っている。
その場から立ち去ろうとしなかった。
「お前、財布見せてみろ」
財布?
「どうして?」
「仕事始めたからって、《《どこかに隠しておいた金》》で余計な買い物とかしてるんじゃないだろうな。俺が養ってやってる分際で」
どこかに隠しておいた金?
もしかしてあの貯金のこと、バレてるの?
今財布の中を見られたらヤバい。
バッグにはまだ隠している通帳とか入っているし、財布にも下ろしたお金が残ってる。
「どこかに隠しておいたお金って、そんなお金があるわけないじゃない。全てあなたが管理しているんだもの」
落ち着け、孝介には私の過去の貯金、バレてないはず。
もしバレてたらとっくに取り上げられている。
「じゃあ、いいだろ。財布、出せよ?」
どうしよう。
出さなくても怪しまれるし、中身を見られても問い詰められる。
その時――。
<プルルルル……。プルルルル……>
孝介の携帯が鳴っている。
彼はポケットから取り出し
「もしもし?」
すぐに反応をした。
「ああ、父さん?今?大丈夫だけど……」
お義父さんからの電話?
「えっ?そうなの。うん。わかった。それは良かった。美月《こんなやつ》でも役に立って。また何かあったら教えて」
お義父さんが何て話してるのかわからないけど、悪い知らせではないみたい。
電話が終わり
「お前、今日本当に仕事になったんだって?わざわざ予定を変えてもらってすみませんでしたって佐伯さんから連絡が来てたらしい。佐伯さんもどうして俺じゃなくて、父さんにお礼を伝えてほしいなんて言ったんだろうな。ま、いいや。お前のこと、向こうの会社が褒めてたらしいし。父さんも喜んでたから」
亜蘭さんが気を遣ってくれたんだ。
きっと孝介に直接連絡しなかったのは、上に話を通しておいた方が良いと思ったから?かな。
何にしても、そこまで考えてくれて助かった。
孝介は
「飯より先に風呂入るから。準備しとけよ」
そう言って自室に向かった。
はぁと溜め込んだ空気を外に出したくなった。が、いけない。
機嫌が良いうちに、お風呂と夕ご飯の準備しなきゃ。
次の日――。
孝介は仕事に出かけた。
「今日から出張だから、数日帰って来ない」
その一言だけ伝え、パタンと扉が閉まった。
ビジネスバッグ《《一つだけ》》持って数日も出張とか、私って本当にバカにされてる。
どうせ美和さんのところにでも泊まるのだろう。
今日は私もお休みだった。
昨日できなかったカフェメニューについてのメモをまとめて、それから――。
どうしても確かめておきたいことがあった。
加賀宮さんが私を助けてくれた迅くんかどうか。
もしも迅くんだったら、謝りたい。
ケガまでして私を助けてくれたのに、私はショックからかその部分だけ記憶を無くしてしまって。
当時の彼はどんなことを思ったんだろう。
加賀宮さんが迅くんだったら、大人になっても私のことを覚えててくれたってこと?BARで会った時、Love Potionなんてお酒を飲ませたのは、あの時の復讐?
いや、私の知っている迅くんだったら、そんなことするわけない。
やらなければならないことを終わらせた後、私は携帯を取り出し、緊張しながらも加賀宮さんに電話をかけた。
<プルルル……。プルルル……。プルルル……>
なかなか出ない。
まさか、もう仕事に復帰したとか?
彼ならやりかねない。
<もしもし?>
あっ、出てくれた。
「もしもし。今、大丈夫?」
<大丈夫。昨日はありがとな。おかげで元気になったよ>
声音は元気そうだ。
「まさかもう仕事してるわけじゃないよね?」
<いや。まぁ、熱も下がったっぽいし、出社したら、亜蘭に強制的に止められた。今日は休めって。特別俺が対応しなきゃいけない案件はないし、今から帰るところだけど>
どうしよう。会いたい。少しだけなら負担にならないかな。
会いたいって人に伝えるの、こんなに緊張したっけ?
すぅと深呼吸し
「ちょっとだけでも良いから会えないかな」
<どうした?何かあったのか?>
「あの……。ただ、加賀宮さんに会いたいだけ」
彼の言葉が止まった。
<美月から会いたいって珍しいな。俺のこと、心配してくれてんの?だったらずっと風邪ひいてた方が良いな>
あぁ、いつもの彼のペースだ。
「心配はしてるよ」
素直に気持ちを伝えた。
<わかった。じゃあ、今から迎えに行くから。どっか飯でも食べに行く?昨日のお礼もしたいし……>
ご飯食べてる余裕ないかも。
「ううん。話があるの。あなたのアパートに行きたい」
<……。わかった。じゃあ、着いたらまた連絡する>
彼との電話が終わり、ソファーに座り込む。
私が<昔の名字教えて>って言ったら、教えてくれるかな。
いや、加賀宮だって言われたらそこで終わりだし。
私の知ってる迅くんじゃないかもしれないし。
ただ名前が一緒なだけの可能性も。
あっ。
もし、本当の<迅くん>だったら、私のこと守ってくれた時に噛まれた傷があるかも。
腰に傷があったら確証できる。
でもどうやって腰なんて見るの?
まさか急に<脱いで?>とも言えない……。
そんなことを考えていると、彼から連絡があった。
「ありがとう」
迎えに来てくれた彼に挨拶をしながら車に乗る。
「いえ。お嬢様。これからどちらに?ていうか、話ってなに?」
元気そうで良かった。
私は彼の額に手のひらを当てる。そんなに熱くない。
一日で本当に回復したんだ。
「美月。手、冷たい」
彼が眉をひそめる。
「俺の家で良いの?」
「うん」
そのまま彼のアパートへ向かった。