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私が普通の道路を走らせていたら、電信柱の隅に花束が置かれていた。もしかしたら誰かが交通事故で亡くなったのかもしれない。
近くの道路の隅に車を停めて、車の扉を開けてその花束に向かって手を合わせた。
「あの、すみません」
突然声をかけられて振り向くと、そこには黒いワンピースを纏った女の人が立っていた。どうやら彼女もお見舞いに来たらしい。
「私が一番知っている人でした。本当に残念です」
そう言って女の人は目から涙を流し啜り泣きをする。その様子を見て、こちらも心が抉れてしまう。よほど仲が良かったのだろう。背中をさすることしかできない。
「大丈夫。彼女も天国へ行きますから」
そう言って励ますと、彼女も手を合わせてその場から足音を立てて離れていく。
それからというもの、私が住んでいるマンションの上から足音が聞こえるようになった。確か上には「小町さん」という人が住んでいる。その人が足音を鳴らしているのだ。
最初はそんなに気にならなかったのだが、ずっと寝ている時に足音がしたので睡眠不足になってしまう。たとえ眠れたとしても交通事故に自分が遭う悪夢ばかり見る。もう我慢できなかった。
上に上がって、「402号室」の扉を叩く。
「あの、すみません」
チャイムを鳴らしてみても出る予感がしない。留守だろうか。仕方ないので、諦めて自分の部屋に戻る。しかし足音は止まらず、鳴り響くのみ。
こうなったら大家さんに頼んでみようと考えた。そうすれば解決するかもしれない。
大家さんに電話をかけて、「402号室」について尋ねてみた。すると、彼女は眉を寄せてこんなことを言う。
「その部屋はね、誰も住んでないのよ」
そんなとんでもないことを言う。目を見開き、私は反発する。
「そんなわけないですよね。誰かいるはずです」
「いいえ。本当にいないわ。引っ越されましたよ」
そう言われたため、携帯を思わず落としてしまった。彼女の声も聞こえなくなる。
それからと言うもの、足音は段々大きくなっていった。睡眠不足は加速するばかり。こうなったのもあの花束が飾られている電信柱に手を合わせてからだ。もしかしたらそこにもう一度行けば何かわかるかもしれない。
そう思い立ち、私はその場所へ車で向かう。
場所はこのマンションから遠くはない。十五分くらいで着く。信号を何個も越えていき、カーブの近くにある電信柱付近に車を停める。そこにはあったはずの花束がなくなっていた。
「誰かが回収したのかな?」
疑問に思っていると、また声をかけられる。今度は男の人と女の人だ。両方ともカラフルな色の花束を持っていて、その場に添えた。
「あの、どちら様ですか?」
そう話しかけると、男の人の方が話しだす。
「亡くなった娘の父親です。本当は亡くなった日に来たかったのですが、二日も経っていました」
「二日前ですか?」
私がここに来たのは一週間前だ。それなのに花束が添えてあったのはなぜだろうか。それについて尋ねてみる。
「一週間前に誰かが花束を置かれていたみたいですが……」
「もしかしたら友達かもしれませんね」
どうやらここのカーブでトラックと衝突し、彼氏と二人で亡くなったという。その友達なら詳しいことを知っているのかもしれない。
「その友達の電話番号を知っていますか?」
そう尋ねると、母親の方が話を綴る。
「申し訳ありません。電話番号は知らないです」
「そうですか……」
「その……他に誰かが来ませんでしたか?」
「そういえば黒いワンピースを来た女の人が来ていましたね。黒髪のロングヘアで、口の左下にホクロがついていました」
別にまじまじみていたわけではないが、何だか特徴的な顔つきだったので覚えていた。それを聞いた二人は一瞬目を見開いたが、涙を流すばかりで何も教えてはくれなかった。
二人が花束をお供えして、また二度目のお辞儀をすると一週間前にも現れた色白の女の人がいた。
「また、会いましたね」
「はい、そうですね」
振り変えると、色とりどりの花束を持っていた。
「この前忘れてしまったので、お供えしようと思いました」
「そうなんですね」
彼女はそう言って電信柱にお供えをすると、足音を鳴らしてその場から離れていく。その足音に聞き覚えがあった。上から聞こえてくる音にそっくりな気がした。思わず尋ねてしまう。
「上に住んでいる人ですか?」
「いいえ、違います」
背中を向けたまま一言つぶやくと、その場から去ってしまう。
それから図書館へ行ってあの交通事故は確か新聞に載っていたことを思い出し、ページをめくって探す。二日ほど前の新聞に載っていた。
そこには写真が貼ってあり、先ほどの女の人と同一人物だった。