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1 - 第一章:魔女の森と、ふたりの暮らし

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2025年08月06日

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第一章:魔女の森と、ふたりの暮らし

この森には、魔女が住んでいる──

それは、どこかの村でささやかれる、ありふれた怪談話だった。


けれど、それはただの噂ではない。

本当に魔女はいる。

そして、彼女と一緒に暮らすひとりの少年も。


深い森の奥。太陽の届かないほど生い茂った古木の間に、ぽつんと一軒の家が建っている。

苔むした屋根に、蔦の絡まる小さな扉。煙突からは白い煙が静かに昇り、風に溶けていった。


「ヒイロー! 水だしっぱなしだったでしょ!」


森の静けさを破る、少女の元気な声が響く。


家の中では、魔法使いの少女──ルナがふくれっ面でキッチンに立っていた。

彼女の金色の髪は、ほんのり光を帯びて揺れ、怒っているはずなのにどこか楽しそうだった。


「わ、わっ、ご、ごめん……!」


慌てて飛び込んできたのは、黒髪の少年、ヒイロ。

小柄でおどおどした雰囲気の彼は、この家の空気に完全には馴染みきれていないような、どこか遠慮がちな気配をまとっていた。


「ほんっとにもー。ヒイロはすぐボーッとするんだから」


ルナはそう言いながらため息をついた。

けれどその目には、ほんの少しだけ笑みが浮かんでいる。


「……ご、ごめん。ちゃんと蛇口しめたと思ったんだけどなぁ…」


「ふふっ。ヒイロらしー」


ルナがクスクス笑う。

ヒイロは恥ずかしそうに目を伏せた。


こんなふうにして、ふたりはいつも静かに、平穏な毎日を過ごしていた。


──本来、相容れるはずのない存在である“魔女”と“人間”が。



その日の夕暮れ。

ふたりは、森の外れにある小さな丘にいた。


そこからは、遠くに連なる山々や、雲の間から射す夕陽が見える。

この場所は、ルナのお気に入りだった。


「ねえ、ヒイロ。ヒイロってさ、どうしてボクと一緒にいるの?」


突然、ルナがそんなことを言い出した。

ヒイロは、少し驚いた顔をしてから、ゆっくりと言葉を選ぶ。


「……えっと……僕、ひとりだったから……かな。

森の中で迷って、動けなくなって……。それで……ルナが、助けてくれたんだよね。

あの時……すごく、怖かったから……」


ルナは仰向けに寝転びながら空を見上げる。


「ふーん? まあ、ボクもヒイロいないと退屈だから、ちょうどいいんだよね!」


「そ、そっか……。なら……よかった」


ヒイロは少し照れたように、目をそらした。


そんなとき、彼らの背後から──


コツ、コツ……と、杖の音が近づいてくる。


「ふふ……ふたりとも、いい子にしていたかい?」


そう言って現れたのは、深紅のローブをまとった老女。

魔女トール──ルナの祖母であり、この森の主でもある存在。


「おばあちゃん! 今日ね、ヒイロがぼーっとしててさー」


「わ、ちょ、ルナ……いま言わなくても……」


トールは目を細めて笑った。


「ふふ、ヒイロはね、“必要なとき”には、ちゃんと力を発揮できるよ」


「え? なにそれ?」


「さあねぇ。さて、ルナ。そろそろお前も“その時”だよ」


「え?」


トールが杖を突き、空を見上げる。

どこか遠く、空に浮かぶ黒い影──それは、塔のような形をしていた。


「ルナ。十五になったお前には、“魔女試験”を受けてもらう」


「……ま、魔女試験……?」


ルナはきょとんとした顔をして、それから目を輝かせた。


「それって! 強い魔法とか使って、悪い魔物を倒したりするやつ!?」


「ふふ……まあ、そんなようなものさ。試験は簡単、三つの塔を壊してくること」


「塔……を?」


「そう。そしてね、その試験には“補佐役”が必要なんだよ。」


その言葉に、ルナはすぐにヒイロの方を向く。


「じゃあ、ヒイロと一緒に!?」


「えっ、ぼ、僕も……!?」


突然の話に、ヒイロは明らかに動揺した。

けれど、ルナはうれしそうに頷いた。


「やったー! じゃあヒイロも一緒に冒険できるんだねっ!」


トールの瞳が、一瞬だけ光を帯びる。

それに気づいた者はいなかった。


「さあ、準備をするんだよ。お前たちが壊すべき“塔”は、遠くにある。旅は長くなるよ──」


こうして。

ふたりの“試験”が、始まった。

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