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第一章:魔女の森と、ふたりの暮らし
この森には、魔女が住んでいる──
それは、どこかの村でささやかれる、ありふれた怪談話だった。
けれど、それはただの噂ではない。
本当に魔女はいる。
そして、彼女と一緒に暮らすひとりの少年も。
深い森の奥。太陽の届かないほど生い茂った古木の間に、ぽつんと一軒の家が建っている。
苔むした屋根に、蔦の絡まる小さな扉。煙突からは白い煙が静かに昇り、風に溶けていった。
「ヒイロー! 水だしっぱなしだったでしょ!」
森の静けさを破る、少女の元気な声が響く。
家の中では、魔法使いの少女──ルナがふくれっ面でキッチンに立っていた。
彼女の金色の髪は、ほんのり光を帯びて揺れ、怒っているはずなのにどこか楽しそうだった。
「わ、わっ、ご、ごめん……!」
慌てて飛び込んできたのは、黒髪の少年、ヒイロ。
小柄でおどおどした雰囲気の彼は、この家の空気に完全には馴染みきれていないような、どこか遠慮がちな気配をまとっていた。
「ほんっとにもー。ヒイロはすぐボーッとするんだから」
ルナはそう言いながらため息をついた。
けれどその目には、ほんの少しだけ笑みが浮かんでいる。
「……ご、ごめん。ちゃんと蛇口しめたと思ったんだけどなぁ…」
「ふふっ。ヒイロらしー」
ルナがクスクス笑う。
ヒイロは恥ずかしそうに目を伏せた。
こんなふうにして、ふたりはいつも静かに、平穏な毎日を過ごしていた。
──本来、相容れるはずのない存在である“魔女”と“人間”が。
*
その日の夕暮れ。
ふたりは、森の外れにある小さな丘にいた。
そこからは、遠くに連なる山々や、雲の間から射す夕陽が見える。
この場所は、ルナのお気に入りだった。
「ねえ、ヒイロ。ヒイロってさ、どうしてボクと一緒にいるの?」
突然、ルナがそんなことを言い出した。
ヒイロは、少し驚いた顔をしてから、ゆっくりと言葉を選ぶ。
「……えっと……僕、ひとりだったから……かな。
森の中で迷って、動けなくなって……。それで……ルナが、助けてくれたんだよね。
あの時……すごく、怖かったから……」
ルナは仰向けに寝転びながら空を見上げる。
「ふーん? まあ、ボクもヒイロいないと退屈だから、ちょうどいいんだよね!」
「そ、そっか……。なら……よかった」
ヒイロは少し照れたように、目をそらした。
そんなとき、彼らの背後から──
コツ、コツ……と、杖の音が近づいてくる。
「ふふ……ふたりとも、いい子にしていたかい?」
そう言って現れたのは、深紅のローブをまとった老女。
魔女トール──ルナの祖母であり、この森の主でもある存在。
「おばあちゃん! 今日ね、ヒイロがぼーっとしててさー」
「わ、ちょ、ルナ……いま言わなくても……」
トールは目を細めて笑った。
「ふふ、ヒイロはね、“必要なとき”には、ちゃんと力を発揮できるよ」
「え? なにそれ?」
「さあねぇ。さて、ルナ。そろそろお前も“その時”だよ」
「え?」
トールが杖を突き、空を見上げる。
どこか遠く、空に浮かぶ黒い影──それは、塔のような形をしていた。
「ルナ。十五になったお前には、“魔女試験”を受けてもらう」
「……ま、魔女試験……?」
ルナはきょとんとした顔をして、それから目を輝かせた。
「それって! 強い魔法とか使って、悪い魔物を倒したりするやつ!?」
「ふふ……まあ、そんなようなものさ。試験は簡単、三つの塔を壊してくること」
「塔……を?」
「そう。そしてね、その試験には“補佐役”が必要なんだよ。」
その言葉に、ルナはすぐにヒイロの方を向く。
「じゃあ、ヒイロと一緒に!?」
「えっ、ぼ、僕も……!?」
突然の話に、ヒイロは明らかに動揺した。
けれど、ルナはうれしそうに頷いた。
「やったー! じゃあヒイロも一緒に冒険できるんだねっ!」
トールの瞳が、一瞬だけ光を帯びる。
それに気づいた者はいなかった。
「さあ、準備をするんだよ。お前たちが壊すべき“塔”は、遠くにある。旅は長くなるよ──」
こうして。
ふたりの“試験”が、始まった。