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ある夏休みの日、今日は、午前中から午後まで授業があった。
チャイムが鳴った瞬間、ももはイスから立ち上がった。
「ナオトー!!カレーうどん行こ!カレーうどん!今すぐカレーうどんの気分なんだよ!」
「おい、まだ掃除番だろお前…..」
「え!?今日って金曜日!?…..じゃあ無理じゃん!!」
「いや、自分の番ぐらい覚えてるよ…….」
ももは顔面を覆って、床に崩れ落ちた。
「この放課後にカレーうどん食べるっていう情熱を、なぜ私は..なぜ…..!」
「まあ俺、待っててやるよ。さっさと掃除終わ
らせな?」
「…..ほんと!?ナオト天使!?神!?ナポレオン!?忘れないから!」
「なんでナポレオン……」
掃除中も、ももは終始”カレーうどんの幻”を追いかけながら箒を滑らせ続けた。
「ズズ……!」という妄想のすする音を口に出すたび、隣のクラスの担任に睨まれるのもお構いなし。
ようやく掃除が終わり、直人と駅前のうどん屋に入ったとき、ももはもうほとんどゾンビのような歩き方だった。
「……ついに…..来た……カレーうどん…..」
「お前、映画のラストバトルみたいな顔してるぞ…….」
席に座るやいなや、ももは迷いなくメニューを指差す。
「カレーうどんください!あとライスもください!あとお水も4杯ください!」
「いや、水4杯ってどういう……」
数分後、湯気を立てたカレーうどんが目の前に運ばれてくる。
ももは目を輝かせた。
「これが……私の求めていた…..黄金のスー。……!」
ズズッ!!
勢いよくすすると、案の定、カレー汁が制服の袖に飛ぶ。
「うわっ、やっちまった……」
「いや、もはや様式美だな」
「でもこのカレーの飛び散りこそが……青春って感じする!」
「そうか?洗濯代って感じしかしないけど…..」ふたりは笑いながら、カレーうどんをすすった。
夏休みの終わりが見えてきても、こんな放課後があるなら、ちょっとは楽しい。
……ナオト、また来ようね」
「うん。今度は水2杯でいいぞ」
「やだ、4杯がいい!」
……てか、どんな話だよ、……
店を出ると、空はすっかり夕方のに染まっていた。
オレンジと紫が混じった空の下、ふたりは並んで歩いていた。
「ねえ、ナオト、今日のカレーうどん、人生ベスト3には入ったよね」
「知らねーよ、ももの人生のランキングは」
「いや、入ったの。あのカレーのとろみ、ちょっとヤバかった…..。とろっとしてて、でもスパイスも効いてて、あれはもう……芸術!!」「お前がカレーうどんの評論家になったら、日本終わるな…….」
ももはフンっと鼻を鳴らし、リュックを背負い直した。
「ナオト、なんかさー、こうやってくだらないことで笑ってるときって、忘れちゃうよね」
「何を?」
「夏休みの宿題が終わってないこととか」
「お前、終わってないの?」
「たり前じゃん!まだドリルの表紙しか開けてないよ?なんかあれ、にらめっこしてる気分になるの!」
「それ、お前が勝手ににらんでるだけだよ…..」
ふたりは駅へと続く坂道を登っていく。蝉の声は、まだ夏が終わらないことを告げている。
「でも……さ」
ももがぽつりと呟いた。
「このままさ、ずっとこうだったらいいのにね。
毎日、カレーうどん食べて、くだらない話してさ。学校とか、テストとか、大人とか、どうでもよくなるくらい」
直人は少し黙ったまま空を見上げて、それから静かに言った。
「そういうの、たまにならいいけど、ずっとだと太るぞ?」
「そこかよっ!」
思い切りツッコミを入れたももの声が、坂道に響く。
でも、その笑い声は、どこかちょっと嬉しそうだった。
「じゃあさ、ナオト。来週もまた、放課後にうどん行こうよ。今度は……カレーうどんじゃなくて、天ぷらうどん!」
「えっ、変わらねえじゃん。うどんのまんま
じゃん」
「いいじゃん!うどんは世界を救う!」
「そのうち”うどん研究部”でも作れよ……」
そんなふたりの会話をのせて、坂道は夕焼けに染まっていく。
夕暮れとカレーの余韻の中で、ふたりの夏は、まだもう少しだけ続く。
その帰り道。坂の途中にある公園の前で、ももが急に足を止めた。
「ねえ、ちょっと寄ってこ!」
「え、何すんの?」
「別に〜。ちょっと、ブランコに乗って夏っぽいことするだけ!」
「それ、夏っぽいか…..?」
直人が呆れたように言いながらも、公園の入り口をくぐる。夕暮れの光が、遊具の影を長く伸ばしていた。
ももはリュックを芝生に置いて、すぐにブランコに飛び乗った。
「うおおおおおおお~~~つ!!夏っぽいーーーーっ!」
「…..叫ぶな、近所迷惑」
ももは立ち漕ぎをして、どんどん高くなっていく。
「ナオトも乗りなよ!」
「いいよ……俺はここで見てるから」
「へえ〜?まさかブランコ酔いするタイプ?」
「ちげーよ……」
少し照れたようにそっぽを向く直人に、ももは二ヤニヤと笑みを浮かべる。
「ほら、ナオトってさ、何でもクールに見えて、ちょっとヘタレなとこあるよね〜」
「言いすぎだバカ。……じゃなかった、バカじゃないんだっけ?」
「うんっ、バカじゃない!」
ももは満面の笑みで返したあと、少しだけ勢いをゆるめて、ブランコを止めた。
「…..ねえ、ナオト。夏休み、あとどれくらいだっけ?」
「もう10日もないよ」
「うわぁ~、なんか、さみしいね」
「……まあな」
ふたりのあいだに、ちょっとだけ静けさが流れる。遠くで誰かの家から、夕飯の匂いが漂ってきた。
「でもまあ、さみしくても、お腹は空くんだよね~。明日はそばにしようかな!」
「また麺かよ」
「だって、ももだもん!」
「あー、はいはい」
ブランコの音と、ももの笑い声。ふたりの放課後は、今日も笑って終わっていくのだった。