コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
◻︎香織の話⑶
『もしもし?木崎智之君のお母様の携帯でよろしいでしょうか?』
「はい、そうです、木崎です」
『私は智之君の担任の鈴木といいます』
「いつもお世話になっております、あの、智之がなにか?」
『実はですね、下校の時に、階段で転んだらしくて、ちょっと怪我をしたんです。降りる時にあと2段くらいのところで足を踏み外したらしくて。鼻血と、膝に少しすり傷ができてしまいました。保健室で応急処置はしましたが、ご心配ならばお迎えに来ていただき病院へ行っていただきたいのですが…』
___え?智之が怪我?
スッと背中に汗が流れた。
「あのすみません、本人とかわってもらえませんか?」
『…もしもし?お母さん?』
「智之?どこか痛いとこある?お母さん、今から行くから待てる?」
『うん、大丈夫。保健室で待ってるから』
「わかった、すぐに行くから、鈴木先生にそう言っておいて。電話切るね」
『うん』
私はバッグに財布とスマホ、保険証を入れて車に乗った。
ぴこん🎶
聡からのLINE。
『さっきは、どうも。またしようね、非日常❤️』
___こんな時にっ!
イラッとした。
思わず持っていたスマホを放り出した。
駐車場に車をとめ、身分証を提示して保健室を目指す。
これから下校する子どもがまだチラホラいた。
廊下ですれ違う子どもたちに何か言われたような気がしたけど、今はそれどころじゃない、急がないと。
[保健室]あった。
「失礼します、木崎智之の母です」
そっと、引き戸を開けた。
そこにはベッドに腰掛けた智之と、横に友達らしい男の子、それから保健の女の先生がいた。
「よかったね、智之君、お母さんが来てくれたよ」
「お母さん!」
「どう?痛いところはない?」
「うん、もう大丈夫だよ」
私にしがみついて、顔をこすりつけている。まるで保育園児がするような仕草だ。
「智之のお友達?」
「はい、翔太です」
「あ、キミが翔太君?ありがとう、智之と待っててくれたの?」
「うん、とも君階段から落ちたから心配だったから」
「落ちた…って、あと少しで下に着くときに2段くらいからでしょ?」
「ううん、違うよ、上からだよ、ゴロンゴロンって下まで転がって落ちたよ」
「えっ?智之、そうなの?上から落ちたの?」
顔は上げず、ううんと首を振る。
「どっちが本当なの?」
「下から落ちた…」
「ウソだよ、とも君なんでそんなこと言うの?僕見てたよ、うわーって言いながら落ちてきたでしょ?」
「翔太くん、それ、本当?見てたの?」
「うん、僕、下にいて、とも君の声が聞こえたから階段を見たら上から落ちてきたよ」
「落ちてない!」
智之は強く否定する。
「翔太君は上からだって言うんですけどね、本人が下から2段くらいのとこだと言ってまして…。なのでこれはお母さんに判断していただいて、必要ならば病院でレントゲンなどを撮っていただいてほうがいいかと」
ため息混じりに保健の先生が言った。
「ホントに病院に行かなくてもいいの?」
「うん、どこも痛いとこないよ」
「そうか、智之は強い子だね」
車に向かって歩きながら、我が子の頭を撫でた。
少し照れ臭そうにしている智之の顔が、大人びて見えた。
いつのまにこんなに成長したんだろ、なんて感慨にふける。
「あっ!魔女だ!悪魔の子だ!」
「逃げろっ!呪われるぞー」
「わーーーっ!」
すぐ前を歩いていた男の子のグループが、私と智之を見て、走って逃げた。
「何?いまの…悪魔って…。智之、今の知ってる子たち?どういうこと?」
隣を歩く智之は、ずっとうつむいている。
「ねぇ、智之!」
「いいから、早く帰ろっ!」
私を置いて走り出した。
___悪魔の子って失礼な!可愛いうちの智之にっ。………あれ?
考えながら違和感があった。
息子は可愛い、当たり前だ。
でもそうじゃなくて、何か…。
家に帰ると、なにもかもが中途半端だった。
情事のあとの玄関も、マットやスリッパが乱れたままだし、沢山の洗濯物も取り込んでなければ、片付けはブログ用に一部分しかやってない。
___あーっ、もうっ!なにやってるんだろ、私は…
あれもこれもしたいし、しなくちゃいけないと思っているのに、なにもかもが中途半端で焦りのようなモノしか湧き上がってこない。
スリッパを並べる自分の右手を見たら、ネイルが剥がれたままだったことを思い出した。
___イライラする、それもこれもみんな夫のせいだ。
一年ほど前から、月に一、二度しか帰って来なくなった夫、修二。
そのもっと前から…多分、智之が生まれたくらいから、女の影はあった。
それでも、結婚してやっと授かった智之がいるから、夫は必ず戻ってくると信じていたのだけれど…。
「…ふーーっ…」
「お母さん、どこか痛いの?」
洗濯物を片付けながら、イライラの原因を考えていたらため息ばかり出ていたようだ。
「ごめん、ごめん、なんでもないよ、ちょっと疲れちゃっただけ。そうだ、晩ご飯は何にする?」
「しいたけ!」
「え?なんで?」
「美味しかったから、ひまわり食堂の」
カチン!
[ひまわり食堂]、その言葉が私の中の何かに刺さった。
「そんなものより、もっと美味しいものにしましょ。そうね、ピザとかどう?」
「…ん…」
「智之の好きな照り焼きのピザにしようか?アイスとコーラもね」
「うん!やったー」
デリバリーで届いたピザを食べながら、キッチンを見た。
___仕方ない、ブログは明日にしよう。
その[明日]にまさかあんなことが起こるとは、その時は思ってもいなかった。