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翌日、遥に押し切られる形で病院へ寄ってから出勤した萌夏。
頭痛はあるものの、熱も下がったし食事もとれるようになった。
もう一日くらいすればきっと全快するはずだからと随分説得したけれど、遥は聞いてくれなかった。
「おはようございます」
10時過ぎて出勤した萌夏が挨拶をしてオフィスに入る。
あれ?
いつもより、静かな室内。
心なしか残っている人も少ない。
「遅くなってすみません」
近くにいた先輩に声をかけデスクに向かう。
「ねえ小川さん」
向かいのデスクから呼ばれた。
「はい」
「次長や主任に金曜日の飲み会のことで何か言ったの?」
「え?」
意味が分からず足を止めて身を乗り出す。
金曜の飲み会のことで・・・
「何かあったんですか?」
「朝一で主任が金曜日のメンバーを呼び出して、注意したらしいわ」
「えええ」
何でそんなこと。
いや、待って、それってきっと遥の仕業。
「それで、どうなったんですか?」
聞くのも恐ろしい気がするけれど、聞かないわけにはいかない。
「一緒に行った女子社員は注意だけで終わったらしいけれど、男性たちが・・・」
「どうなったんですか?」
「新規のプロジェクトにかかわっていた人がメンバーから外されるって噂」
「ウソ・・・」
そんな馬鹿な。
***
しばらく放心状態のまま、萌夏は立ち尽くした。
「萌夏ちゃん」
ちょうどその時、礼さんが戻ってきた。
「礼さん、あの・・・」
聞きたいことはたくさんあるのに、すぐに言葉にならない。
「ちょっと出ようか」
今戻ってきたばかりの礼さんはもう一度オフィスを出ていき、萌夏もそれに続いた。
「驚いたでしょ?」
廊下の先の休憩スペースまで来て、自販機のコーヒーを2つ買った礼さんが1つを萌夏に差し出す。
「驚きました。一体何があったんですか?」
「朝来たら、金曜の飲み会に参加したメンバーが雪丸に呼ばれたの。とはいえ、そうさせたのは遥だと思うけれどね」
礼さんはなんだか楽しそうに、萌夏を見ている。
「私が、原因ですか?」
「まあ、そうなるかな」
やっぱり。
「でも、雪丸が言うこともあながち間違いではないと思うのよ。入ったばかりの子は先輩たちに誘われれば断りにくいだろうし、多少体調が悪くても無理するじゃない。私だって萌夏ちゃんが調子悪そうなのは知っていたし、一次会で連れて帰ってあげるべきだったと後悔しているわ」
「そんなあ」
社会人である以上体調管理は自己責任。萌夏自身が帰ると言えばそれで済む話だった。
「すみません」
「いいのよ。私は、いいんだけれどね」
私はいいのってことは・・・
「やっぱり高野さんたちが?」
「うん」
礼さんの困った顔。
***
初めに先輩から聞いた話通り金曜日の飲み会に行った女子には注意だけで終わったが、男性たちには処分が下されるらしい。
「おかしいですよそんなの」
萌夏が自分の意志で飲みに行ったのに、そのことが原因で処分なんて間違っている。
「仕方ないわ。萌夏ちゃん体調を悪化させて寝込んだんでしょ?」
「寝込むって・・・」
確かに風邪を悪化させたし熱も出たけれど、高野さんたちの責任ではない。
「まあ処分ってはっきり決まったわけではないし、プロジェクトもまだ動き出す前のものだから実害はないのと同じよ」
大丈夫よと礼さんは言ってくれるけれど、きっと違う。
少なくとも新人の高野さんが新規プロジェクトのメンバーになるためには相当の努力をしてきたはずだし、飲み会の席でもそのことを喜んでいた。
この処分は絶対におかしい。
「私、遥に話してきます」
どんなことをしても撤回させる。
「萌夏ちゃん、やめなさい」
すぐにでも行こうとした萌夏の腕を礼さんにつかまれた。
「どうしてですか?間違っていますよ」
「そうね、そうかもしれない。でも、遥も雪丸も上司として注意したんだし、一旦口から出た言葉は元には戻らないわ」
「だから?」
それで納得するのはおかしい。黙っているわけにはいかない。
萌夏は止められた腕を振り切り次長室へと向かった。
***
トントン。
「はい」
次長室のドアを開けると、部屋の中には遥がひとりでいた。
まっすぐに遥のもとへ歩み寄り、デスクの前で足を止めた。
「なんで?」
「何が?」
わかっているくせに冷たく萌夏を見返す遥。
「金曜日のことで高野さん達を処分するんでしょ?」
「はあ?」
「なんでそんなことをするの?」
「間違った行動だと思ったから注意したまでだ」
「何が、どう間違ってるって言うのよ。私は自分の意思で行ったの。強制されたわけでも無理矢理連れていかれたわけでもない。それなのに処分って、絶対に間違ってる」
叫ぶように言い、本気で遥を睨み付けた。
普段から遥の事を意地悪な王子様だと思っている。言い出したら聞かないし、気に入らなければ口も利かない。それでも間違ったことはしないし、基本的なところで優しい。本気で嫌いだなんて1度も思った事はなかったのに・・・
「お願い、処分なんて言わないで」
そうでないと、高野さんに申し訳がない。
「ダメだ」
「どうして?」
なんでそんな意地悪を言うの。
「営業なんて仕事は相手に対してどれだけ気遣いができるかが勝負だ。それなのに、一緒に働く仲間の体調さえ気遣うことができない奴らが取引先への配慮なんてできるわけないだろ」
「そんなぁ」
遥の言い分は一見正しいようにも聞こえる。
でも、根本的なところで間違いがある。
今回の遥の行動は、外野から見れば嫉妬にしか見えない。
「もういいから、仕事に戻れ」
話は終わったとばかり、遥は手元の書類に視線を落とす。
萌夏は動くことができないまま、遥を見ていた。
***
「遥は、私のことが好きなの?」
部屋に2人きりなのをいいことに、萌夏はストレートに聞いてみた。
「フッ、バカなことを」
意地悪く口元を緩める。
もしかして怒りだすかなって思ったのに、遥は馬鹿にしたように笑って見せた。
「じゃあ、私に干渉しないで。いちいち監視されたんでは一緒に暮らせない」
「お前・・・」
うわ、すごく怖い顔。
「あの場に遥がいたら、きっと同じ行動をとったと思うわよ。たまたま私が同居人で、遥が上司で、八つ当たりのように文句を言ってているだけじゃない」
あなたは御曹司だから新入社員のくせにお偉い役職があって、それを立てに怒っているだけよと含みを持たせた。
「とにかく、仕事に戻れ」
家では聞かない冷たい声。
「嫌です」
「上司命令だ」
「上司らしい行動をとらない遥の言うことは聞かない」
「萌夏っ」
遥の怒鳴り声。
それでも、萌夏は動かなかった。
***
「小川、仕事に戻れ」
遥の声を聞きつけた雪丸さんが入ってきた。
「・・・」
「・・・」
萌夏も遥もにらみ合ったまま動く気配がない。
「ここは職場だぞ」
萌夏の方に一歩近づいた雪丸さんの厳しい表情。
そんなことはわかっている。非常識な行動だって自覚もある。
でも、
「それを言うなら、遥だって」
「小川っ」
初めて雪丸さんに怒鳴られた。
今までだって、好かれていないのはわかっていた。
それでも最近は挨拶もしてくれるようになって、普通に話せるようになっていたのに。
「自分の立場を自覚しろ。これ以上公私混同するなら、」
そこまで言って、萌夏を見た雪丸さん。
公私混同するならなんだって言うんだろう。
「お前には辞めてもらうことになる」
「そんなあ・・・」
言われてみれば、萌夏はただのパート従業員。
萌夏の首を切ることなんてたやすいことだろう。
「雪丸、そこまで言わなくても」
泣きそうになった萌夏をかばうように遥が口をはさんだ。
「当たり前のことを言っているだけです」
何か間違っていますかと、雪丸さんが遥を振り返る。
しばらく沈黙の後、
「わかった、俺が短慮だった。すまない」
雪丸さんの怒りを治めるためか、遥の方が謝った。
「私こそ、仕事中になれなれしい態度をとってすみません」
遥と雪丸に向かって萌夏も頭を下げる。
「わかってもらえれば結構です。2度と痴話げんかで仕事を止めるような真似はしないでください」
きっとこれは遥に向けての言葉だろう。
結果的に、今回の件で誰も処分されることはなかった。
遥も文句を言いたかっただけで、具体的な処分までは考えていなかったらしい。
どうやら礼さんに少し話を盛られたみたい。
礼さんは、萌夏と遥の関係を面白がっているんだと後で気づいた。
***
金曜の飲み会から1週間、当然のように萌夏の風邪は全快した。
飲み会がきっかけで礼さんや高野さんは雪丸さんに叱られ、『部署内の飲み会についてもハラスメントにつながる可能性があるから注意するように』との通達が会社から出たけれど、みんなそのことを忘れかけている。
「萌夏ちゃん、すまなかったね」
それなのに、高野さんは昼食で一緒になるたびに謝ってくれる。
「もう、やめてください。原因は私にあるんですし、迷惑をかけたのは私の方ですから」
謝りたいのは萌夏の方。
「しかし、萌夏ちゃんが寝込むなんて」
「ですから、あれは遥が大げさに言っているだけで」
「次長ね」
「あぁ、はい。すみません」
もちろん萌夏だって、仕事の時には遥のことを次長と呼ぶ。
仕事の場で直接話す機会は多くないけれど、そのくらいの常識は持っているつもりだ。
でも今は休憩時間で、高野さんと2人だからといつもの呼び方になってしまった。
***
「気を付けないと、いつかぼろが出るよ」
「ええ、そうですね。気を付けます」
もし遥と同居しているなんて事が社内に知れれば、大騒ぎになる。
萌夏だってこの会社には居づらくなるだろう。
「有名人の彼氏も大変だね」
「え、違いますって」
いくら遥はただの同居人だと説明しても、高野さんは理解してくれない。
まあ、口の堅い高野さんのことだからと半分放置している萌夏にも問題はあるんだけれど。
「それとさあ、そろそろ敬語を辞めない?」
「ああぁ」
同い年なんだからと何度か言われているけれど、つい癖で。
「遥が呼び捨てで俺が高野さんっておかしいでしょう?」
「まあ、そうですね。気を付けます」
高野さんは今年の新卒で、遥や萌夏とも同い年。
でもなんだろう、全然新人ぽくない。
仕事はできるし、会社のこともよく分かっているし、雪丸さんの片腕のような存在になっている。
「高野さんは一般入社なんですよね?」
「え?」
ポカンと口を開け、高野さんのランチを食べる手が止まった。
***
平石建設は財閥系の会社。一流上場企業ではあるけれど、縁故入社で入ってくる社員だっている。
実際遥だって、礼さんだって、萌夏自身も縁故入社だ。
縁故入社だからどれだけ優遇されるってわけではないけれど、入社試験にそういう枠があるのは暗黙の了解。
だからこそ、遥には入社1年目から営業本部次長なんて立派な肩書がついている。
「深い意味はないんです。高野さんて新人にしては仕事ができるし、素人っぽくないから」
言い訳のようにつけたした。
「うぅっ」
高野さんのうなるような声で、また会話が止まる。
どうやら聞いてはいけないことを口にしてしまったらしいと、萌夏は気づいた。
でも今更どうすることもできない。
高野さんは優しくて陽気でいつも面白いことを言っていて遥とは正反対なのに、同じオーラを感じる。
不思議な人だな。
「萌夏ちゃんて意外なところで鋭いよね」
再びランチに手を伸ばしながら、高野さんが口を開いた。
「そうですか?」
それを言うなら高野さんだって。
遥や雪丸さんのキャラが強烈でつい隠れがちだけれど、高野さんはすっごいイケメン。
その上トークもういまいし、知識も豊富で営業のために生まれてきたような人。
ちょっと裏がありそうだけれど、その仕事ぶりはとても新人とは思えない
「萌夏ちゃん」
なんだか含みのある笑顔で高野さんが萌夏を呼んだ。
***
「僕のこと、どこかの御曹子だと思ってる?」
「違うんですか?」
実は、隠れ御曹子じゃないかと思っていた。
本人は気づいていないかもしれないけれど、萌夏や礼さんと話すときに時々「遥」と呼ぶことがある。
人には「気を付けないとぼろが出るよ」なんて言いながら、高野さん自身が隠しきれていない。
それに、スーツも靴も時計もかなりの高級品。
きっといいところの坊ちゃんで、遥とも知り合いじゃないかと萌夏はにらんでいる。
「ハハハ。萌夏ちゃんにはかなわないなあ」
呆れたように天を仰ぎ、
「実は俺を育ててくれた人が会社の経営者でね。だから、次長とも面識があるんだ」
と、高野さんは話してくれた。
「やっぱり」
ん?
萌夏は、高野さんの言葉にひっかかりを感じた。
でも、聞けない。
「今は上司と部下。それだけの関係だよ」
「そう、ですか」
気になることはたくさんある。
だけど、今は聞かないでおこう。
時期が来れば高野さんの方から話してくれるかもしれないから。
「萌夏ちゃーん」
社員食堂の入り口から礼さんの声がした。
「はい」
立ち上がり手を振ってみる。
礼さんはまっすぐに萌夏のもとに駆け寄った。
***
「礼さん、どうしたんですか?」
この慌てよう、ただ事でないのは萌夏にもわかる。
「うん、それが・・・」
普段は何でもはっきり言う礼さんが言葉を濁す。
「何かあったんですか?」
ただならぬ空気を感じた高野さんも立ち上がった。
この時まで萌夏の中で遥は完ぺきな王子様で、どんなことが起きようとも動じることない人だと思っていた。
苦手も弱点もなくて、完璧主義の有言実行。
普段から遥がどれだけ努力しているかを知っているからこそ、遥がピンチになるなんて想像もしていなかった。
「萌夏ちゃん、大丈夫?」
話を聞いているうちに黙り込んでしまった萌夏を、心配そうにのぞき込む礼さん。
「え、ええ」
大丈夫ではないけれど、聞こえている。
礼さんの話によると、今営業部で手掛けている都庁の建て替えプロジェクトについて談合疑惑があるらしい。
発端は今日の午前中、関係者を名乗る人物からの内部告発文書がネット上に上がったこと。
「それで、次長は?」
3人のうちで唯一冷静な高野さん。
「うん。さっき社長に呼ばれて行ったわ」
「そうですか」
なんとも言えない表情の高野さんが肩を落とす。
社長が出てきたとなると、いたずらレベルではないってこと。
本当に談合があったとは思わないけれど、調査して何か出てくればプロジェクトのリーダーとして遥の責任問題になるだろう。
「とにかく、戻ろう」
やはり高野さんの声で、私たちはやっと動き出した。
***
オフィスに戻ると何人かが固まり話し込んでいる。
いつもよりも静かな室内に外線電話の音だけが鳴り響いていた。
「取材に関しては現在調査中で統一してくれ。顧客からの問い合わせについては各担当につなぐか折り返しの対応を頼む」
普段はあまり顔を出さない部長が指示を出している。
部屋の隅の雪丸さんのデスク周辺には課長や専務まで集まって何やら話し合いをしている。
どうやらこの件は遥が当事者ということらしい。
「小川」
雪丸さんが手招きしながら萌夏を呼んだ。
「はい」
「すまないが遥の着替えを何日か分用意してもらえないだろうか?」
「え?」
それって・・・
「報道陣も詰め掛けているようだし、しばらくマンションには帰らない方がいいだろう」
目の前でなり続ける電話とひっきりなしに入る携帯の着信をチラチラ見ながら話す雪丸さん。
「遥は、いえ、次長は大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ。お前は心配するな。マンションもお前が一人で出入りするには問題ないだろうと思うが、一応気を付けてくれ」
「はい」
遥は『次世代の経済界を担うプリンス』としてしばしば雑誌やテレビに取り上げられることもあるから、もし私と同居しているなんてことがばれれば騒ぎになるはず。
しばらくは用心した方がよさそうだ。
***
「礼さんすみません」
遥の着替えを用意するよう雪丸さんに言われ、早退して会社を出た萌夏に礼さんがついてきてくれた。
「いいのよ。雪丸からも着いていくようにって指示だし、案外報道陣に囲まれるかもしれないものね」
「それは、大丈夫だと思いますが・・・」
どこからどう見ても遥の相手には見えないだろうし、かえって礼さんの方がそれらしく見えるくらい。
「へえー、きれいなマンションね?」
「億ションらしいですから」
はっきりとした値段までは知らないが、遥のお父様の所有しているものらしい。
「そういう意味ではなくて、キレイに片付けているなと思って。やっぱり家事代行が入っているの?」
リビングからキッチンまでをキョロキョロと見て回りながら、礼さんが興味ありそうに聞いてくる。
「いいえ。私が来るまでは週2で頼んでいたらしいですけれど、今は私が家事をしています」
こんないいマンションに住まわせてもらうんだからそのくらいはと、萌夏の方から申し出た。
「萌夏ちゃんいい奥さんになるわね」
「やだ礼さん、やめてください」
子供の頃からお客さんの多い家だったから、『いつ誰に見られてもいいようにしておきなさい』っておばあちゃんの言葉が身についてしまっただけで、決してきれい好きってわけはない。
「ああーこのミートソース」
キッチンから礼さんの声が聞こえ萌夏も駆け付けた。
「どうかしました?」
「これって琴子おばさまのミートソースでしょ?」
「え、」
それは、先週お母様が置いていったもので・・・
ああ、なるほど。琴子おばさまって、お母様のことね。
「そうです。よくわかりましたね?」
「もちろん、大好物だもの。ミートソースのくせに野菜がたっぷりで胃にもたれないし、何に付けてもおいしいのよね」
「ええ。今朝もピザトーストにしました」
「うわー、美味しそう」
よかったら作りましょうかって言ってしまいたくなるほどの勢いで、礼さんがミートソースを見ている。
***
「あの礼さん。こんなこと聞いていいのかわかりませんが」
2人分のコーヒーを入れて向かい合い、どうしても気になることを思い切って聞いてみることにした。
「遥とは以前からの知り合いなんですよね?」
「ええ、昔から知っているわ」
「お母さまとも?」
「琴子おばさまにはすごくお世話になったの。10代の頃にはしばらく平石家に居候していたこともあるのよ」
「へえー」
これには驚いた。
どんな事情があってと聞きたいのに、怖くて聞けない。
昔、遥と礼さんは恋人同士で、だからこそ礼さんは遥に何でも言える。それが女子社員の間で伝説になっているから。
「遥の元カノですかって、聞かないの?」
「え?」
ズバリ直球、いかにも礼さんらしい。
「残念ながら純粋に友人よ。返しきれないくらいの恩があるのは事実だけれど、さすがに4つも年下の男の子に恋はしないわ」
あっさりさっぱりした口調は嘘ではないみたい。
それでも気になった礼さんの言葉。
今の萌夏の生活も『返しきれないくらいの恩』ってことだろうか。
「ほら、荷物はこれでいいの?」
すっかり手の止まった萌夏に礼さんがパンと手を打った。
「ああ、はい。これが4日分の着替えです。足りなくなったらまた持っていきますから」
「そうね」
いつまで続くかわからない今回の騒動。
早く終わって欲しいとは思うけれど、まだ全容が見えない。
「遥はホテルに泊まるんですか?」
「一応ホテルをとるって言っていたけれど、しばらくは会社から出られないのかもね」
「そうですか」
礼さんや高野さんに聞いて、萌夏も問題の投稿を見てみた。
いかにも内部告発らしく、社内事情を匂わせながら遥の指示で談合が行われていたとの内容。
知らない人が見れば騒動の首謀者が遥に見えることだろう。
「大丈夫よ、今みんなで調べているから」
「・・・はい」
今萌夏にできるのは遥の足を引っ張らないこと。
遥を信じて待つしかない。
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